ラフカジオ・ハーンに『怪談』という短編集がある。ハーンが日本に移住して、大好きだった日本に伝わる怪談・奇談を収集し、自らの筆で表現したものだ。家にいる時間が長くなったこともあり、本棚の奥から取り出して一話ずつ読むようにしている。テレビで見るバラエティーなどは、年齢のせいか、長く見ていられない。ホームステイが求められて、本のなかに珍しい話や怪談などを読むのも面白い。話の原典は、今昔物語集や百物語、馬琴傑作集、仏教百科など日本の庶民の生活のなかで親しまれてきたものだ。
小泉八雲はこれらの話を妻の節子に語らせた。節子は家にあった古本や貸本屋から借りてきてハーンが気に入った話を読み聞かせた。ハーンはそれでは満足せず、「本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」と節子に言った。そのため節子は話を自分の物にして話さなければならず、始終考え、夢に見るまでになったと語っている。
「破られた約束」という話がある。ある武士の家で、病をえて死を目前にした妻が、後添えのことについて聞いた。「なにをいう。わしは後添えなど決して貰わぬ。」という夫の言葉を聞いて喜び、「ならばこの家の庭に墓を作って埋めてください。そして鈴を一緒にいれてください。」といい、そうすれば、時折り夫の声も聞き、庭の花もみることはできると、言って息を引き取った。約束のように葬儀を終え、墓も作った。
一年、二年と過ぎるうちに、周りが放っておかなかった。武士の家に後継ぎがなくてどうする。いい娘がいるから後添えにしろ、さんざん説得されて、死んだ妻との約束もわすれて、若い娘を家に入れた。夫婦は月日とともに馴れて、家のなかには笑い声が絶えない。1、2年は何事もなく過ぎていったが、夫が城に詰めて家を留守にしていた日のこと。若妻は遠くから聞こえる鈴の音に目が覚めた。だんだん、鈴の音が大きくなり、かたく閉ざしたはずの障子が開き、女が入ってきた。
「お前をいさせるものか。この家にいさせるものか。私はまだここの女主人、出ていけ。その理由を誰にも告げるな。もしあの人に言ったら八つ裂きにする。」この女が、夫が城に泊る夜には決まって出てくるようになる。思い余って、夫に離縁をしてくれるようにと頼んだ。何故だ、という夫に敗けて、妻は夜出る幽霊のことを打ち明けた。
夫は屈強の武士を二人、妻の警護に泊らせた。だが、幽霊は、武士たちを気絶させ、若妻を取り殺してしまう。
「とうの昔に埋葬されたはずの女が墓のにゅっと立ち、片手に鈴を握り、もい一方の手に、血のしずくの滴る首を持っていた。三人は痺れたようになって立ちすくんだ。」
これが話のなかにクライマックス。幽霊が立ち現れる場面である。武士が刀で、肉のない女を切るが、ばらばらとくずおれながら、肉のない指は、髪をまさぐり首をつかもうとした。