マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

新型コロナウイルス対策に臨時休館していたニコンプラザ大阪

2021年12月01日 10時19分10秒 | しゃしん
第2回フォトサークルDAN10人展を拝見したく自宅を出た。

目的地は、大阪梅田のニコンプラザ大阪・フォトスクエア。

珍しく電車利用でなく自家用車でやってきた。

以前も停めたことがある駐車場は、ニコンプラザ大阪から歩いてすぐのところにあるハービスOSAKA駐車場。

駐車した時間は午後2時6分。

予定通りに着い地上に出る。

人通りがいやに少ないと往路のときはあまり感じてなかった。

空を見上げたビルに変化はない。

ないが、入っていった展示会場があるビル。

エレベーターに乗って会場フロアに・・・・・。

目が点になった瞬間だ。

灯りのない会場。

当然、人はいないが警備員らしき人がガラス扉の向こう側に、そのシルエット姿を見た。

なにやら立札がある。

これまで何度も訪れた会場に立札があるなんて、どういうことになってんだ。

より、近づいてみた立札の文字。



「新型コロナウイルス感染症拡大防止のためニコンプラザ臨時休業のお知らせ」だ。

「3月2日から当面の間、臨時休館・・・・当初は、3月15日までを臨時休館期間としていましたが、状況を鑑み期間延長・・・再開については決定次第ホームページにてご案内・・・」とある。

あれまぁ、である。

フォトサークルDANの代表からは、特に連絡がなかったものだから、ひょいひょいやってきたが・・・。

予想していなかったシナリオにぶち当たった。

唖然と立ち尽くしていても埒あかん。

用がなくなった会場から脱出、いや違った。



退館して再び地上に見た光景は、新型コロナウイルス感染症拡大事態に、何も感じなかったように歩いている二人がいた。

駐車場を出た時間は午後2時40分。

300円の現金払い駐車場だった。

さっさと自宅に戻ってネットをみた。

事例は、大阪・富士フィルムフォトサロン。

令和2年2月28日からの展示以降、すべてが開催中止

3カ月後の6月12日の展示から再開催していた。

ちなみにニコンプラザ大阪もほぼ同じように6月15日より写真展を再開していた。

(R2. 3.23 SB805SH撮影)

第2回フォトクラブ矢野写真展から民俗談話に拡がる

2021年11月05日 10時46分03秒 | しゃしん
今年が最後になった写真展。

奈良県文化会館で4日間開催の第2回フォトクラブ矢野写真展を拝見する。

しごく感動した大きな写真は東吉子さんの「不思議な映像の竹取物語」。

その他にもあるある大型写真は感動もん。

佐々木哲哉さんの「行列」、佐野守正さんの「夕暮れ」、西川眞人さんの「杜の静観」、南田祐子さんの「安らぎ」、山内豊さんの「梅匂う」、油谷洋子さんの「黎明」。

時間たっぷりかけて観ていた。

ふと目を落としたテーブルに置いてあった豪華本。

昭和43年3月1日、三彩社刊の「お水取り」は入江泰吉作品集。頁を捲ったなかに書いてあった、笹谷良蔵筆の「12本の棒」。

旧暦閏年の場合は13本、と記載していた。

これもまた民俗なり。

旧暦閏年の月数である。

江戸時代までは旧暦。

大の月がある閏年なら13の月数。

で、なければ12の月数。

現在は新暦だから、毎年が同じの12の月数。

“13”の数があれば、間違いなく江戸時代以前を推定できる。

今も続く村行事にも、旧暦大の月数が“13”にさまざまな形態で表現されている。

その形態事例はあまりにも多いので、ここでは述べないが・・・。

笹谷良蔵筆の「12本の棒」は、毎年行われている東大寺二月堂の修二会。

そう人々が、その炎が上がってくる松明に歓声をあげる。

ぐるっと廻したときも大歓声

現在は、10本(※3月12日に限り11本)の松明に歓声を挙げるのだが、旧暦の年であれば松明は13本であった。

また、上堂する練行衆もまた同じように、例年は12人(※現在は11人)で旧暦閏年は13人だった江戸時代の記憶(記録)は、観客たちに伝わっていない。

旧暦閏年に没頭していた会場にさよなら、を伝えて出ようとしたら、お声がかかった。

時間あるなら、ちょっとの20分にコーヒーのお誘い。

お声をかけてくださったのは、大迫力の写真を展示していた西川眞人さん。

積もる話があったのだろう。



コーヒーも、自家製ワンコインランチ弁当も飲食できる場は、文化会館館内の交流サロン。

実は、2月9日に、私も参加している”~大和の民俗を撮る写真の会~”が展示する写真展に行ってきた、という。

今回の展示で9回目。

8回目までの展示会場は県立民俗博物館内の玄関ロビーだった。

耐震工事の関係もあり、今回は初の民俗博物館施設の古民家利用。

茅葺き古民家での展示は、私どもみなが感動した会場。

素晴らしい展示会場に相応しい民俗写真に感銘を受けた、と西川さんが伝えてくれた。

ありがたいお言葉である。

当日は、会場に詰めておられた写真家さんに図録をいただいたそうだ。

浦聡さんがとらえた旧西吉野村永谷の“ハデカケ”は和歌山放送のテレビを見て出かけたことがあるという。

西川さんが、6年前に訪れた永谷は、私も訪れ、“ハデカケ”を取材していた。

最奥に住むおじいさん、おばあさんがハデカケしているところを撮らせてもらった。

おじいさんは、ハデに上がって、足をこう組んで落ちないように構えていた。

おばあさんが下から投げる刈り取った稲束は手を伸ばして空中で受け、すぐさま架ける。

その最奥から向こうは、野迫川村に行きつく道がある。

また、大塔阪本に抜ける街道の途中にある富貴地区もまた同じ構造物があり、稲掛けをして干していた、という。

えっ、である。なんと、富貴地区もまた同じ構造物があり、ハデカケをしていた、というからには、早いうちに訪れて調査しなければならない。

西川さんが、四国の香川に出かけた農村。

道なき道を走ったその場は田園が拡がっていた。

そこにポツンと立つ石柱があった。

その景観が素晴らしく写真に収めていた地はすぐ近くに高知県があった。

県境にある村のようだが地名は知らない。

話してくださる、その石柱は“田の神さん”かも・・、と思った次第。

度々出かける鳥取の地に大とんどがある。

集落は近くにあり、とんど焼きの前日に地区の子供たちがパンツいっちょうの裸姿でとんど周りを一周してから集落を巡って祝儀もらい。

そして、とんど周りを歩いて再び集落で祝儀もらい。

これを3周繰り返す話題に奈良県内の聞き取り事例に山へ行って雑木を集めてとんどを組んでいた子どもたちのことを思い出した。

また、明日香村にすごく近い桜井市・山田のカンピョウ干しも話題にあがった。

そのカンピョウ干しをしていた高齢者が気になっている。

昨年も訪れたが干している気配はなかったので心配していると話した。

そのカンピョウで思い出された西川さんが子供のころの話し。

住んでいた家でカンピョウ干しをして筒井駅前の市場に出して売っていた、と・・・。

西川さんが、16歳からトヨタに勤務する24歳までのころである。

家族総出で作って売っていたカンピョウ。

栽培していたゆうがおの実は夕方までに収穫、作業場に運んだ。

晩食を食べ終わってから皮むき作業をする。

板間に半床に土間。

土間は筵を敷いて皮むきをし、朝になれば滑車のある竿に干していた。

竿は展示写真と同じ形式。

竿は麦わらを巻き、干したカンピョウがくっつかないようにしていた。

当時のお家はどこであるのか。

聞いてみたら、なんと大和郡山の筒井町。

当家は松田家を名乗る武家であった。

それも筒井家の家臣団に属していた松田家。

筒井に住んでおられたなら大晦日に砂を撒いたことはあるのでは、と尋ねたら、まさにドンピシャ。

砂を撒いて家に入って砂の道。

家の外の道にも撒いていた東垣内の八幡神社(※現オークワ筒井北店)に参ってから北垣内に鎮座する菅田比売神社に参っていた。

菩提寺は筒井順慶を祭る光専寺。

筒井町で唯一、今でも砂の道をされているお家を取材したことがある。

そのお家は元酒販店と云えば、即答された“M家”。

実はM家から嫁入りされた。

その人は、当時当主だったMさん。

だから近い親戚になる。

Mさんは写真家井上博道さんとは大いに関係ある従弟さんにあたる、という。

私が砂の道を取材させていただいたのは息子さんのMさん。

父親がしてきた砂の道は2人の孫さんも手伝い、今後も継承されていくことだろう。

話題にあがったカンピョウ干しから砂の道。

西川さんとは、また、深いご縁繋がりに感動した日だった。

ちなみに余談なことだか・・
「奈良県産は市場にでることのない家庭に食されるのがほとんど。稀に道の駅に見たことありますがごく少量。スーパーにあるのは間違いなく中国産。日本産の多くは栃木県産ですが生産者の高齢化により、年々生産量は減少傾向。この先、日本産は消滅に向かっているのです。」

「平成30年(2018年)の都道府県別のかんぴょうの生産量(出荷量)ランキングを参考に・・・

数日後の20日も訪れたきまぐれやさん。

この日も美味しいスペシャルランチをいただいた。



ゆっくり寛げたきまぐれやさん

気になる品物を求めて2階にあがる。

これこれ、スマートに使える装丁付きノートブック。



デザインがお気に入りの装丁付きノートブックは、主に取材記録ノートに使うポケット版。

難点は、メモった文字は、たぶんに小さくなることだろう。

(R2. 2. 8 SB805SH撮影)
(R2. 2.16 SB805SH撮影)
(R2. 2.20 SB805SH撮影)

壁紙候補地に選んだ奈良県立大和民俗公園内の古民家

2021年08月25日 09時06分03秒 | しゃしん
撮影日、前日に架けてはった正月飾り。

年始早々のイベントも出かけてみたいが、検査日と重なってもた。

イメージは、無地、真っ白、真っ黒、曼荼羅、網目、土壁、板壁に陰影など・・。

モノトーンの被写体は、古民家の壁面。

さまざまなパターンがとらえられるのでは、と思って足を運んだ。

その行動が生まれた背景に、毎年に発行していた図録「私がとらえた大和の民俗」の壁紙に使えるものは、ないだろうかと、さんざん迷った挙句に選んだ無料の壁紙

どれもこれも思うようなイメージではない。

柄、文様、模様などなど、これやっ、という壁紙が、一つも見つからない

行きついた先は、壁紙そのものを専業にされているインテリアなど建築素材を提供するメーカーだった。

テレビで盛んにコマーシャルを流す会社もあるが・・・。

探しても、探しても、思うような壁紙が見つからない。

時間ばかりが、経過する。

もう、無理。

埒が明かない、と決断し、やってきた県立民俗博物館の併設施設。

奈良県立大和民俗公園・古民家入口の扉は木製扉。

開園日に開く木製扉を抜けたそこは、町家集落エリア。

職員さんの仕事納めも終えた本日。

しっとりした風景に、古民家景観は正月迎えのしめ縄も吊っていた。



こういう雰囲気を味わうのは、初めての体験。

自由な目線で探訪する。

県立大和民俗公園内にある民家施設は、旧鹿沼家住宅、旧臼井家住宅、旧吉川家、旧萩原家に旧赤土家の離れ。

ここから、奥にまだまだある古民家建物。

時間と体力の許す限りにやってきた撮影は、ここ国中集落エリアまでだが、収録したかった壁紙の一部が見えてきた。

壁紙だけでなく、茅葺屋根に瓦屋根も視線に選ばれてシャッターを押していた。

帰宅してから撮影画像の検証。

壁紙になりそうな画像を私見レベルで選択、抽出した。

撮ったままの画像では、図録の壁紙になりそうにもないやや誇張された色濃い画像。

これをアドベ・フォトショプで調整する。

調整の方向性は、明度とコントラスト。

それ以外の調整は、元画像の本質を損なう、と考え、数値の微調整で済ます。

作業は、ひとコマずつ。

手作業に微調整は、気にいる、納得のいく限界まで行う。

トーンは薄目。ぼやっとした画像なら、メイン映像の邪魔にならず、逆に主役を浮き彫りにする。

そう判断し、ほわんとするような微調整にした。

1枚目は、旧鹿沼家の板壁模様。



柾目が実に美しい。



明度は60にコントラストは-20に調整し、それぞれ原画像と比較してみる。

2枚目は、同じく旧鹿沼家の板壁。



建物が違えば、板壁も異なり、文様もまったく違う。



これもまた、明度は60にコントラストは-20に調整した。

以下、みな同じ数値で調整した。

3枚目は、旧臼井家の土壁。



家屋の表側に見られた土蔵の崩れ具合に物語を感じる。



4枚目も、旧臼井家の土壁。



土蔵の土模様に意外性を感じて撮った。



5枚目も、また、旧臼井家の土壁。

土蔵の土模様に木造の柱を中央に据えて撮った。



建物の外観だから、細く見える柱。



土壁模様が、まるでダム湖から、流れ落ちるように見えるユニークさを撮った。

6枚目は、旧萩原家。

平成29年、30年、31年に亘った茅葺の葺き替え工事。



完成し、公開されてから数か月も経つと、真新しかった茅もくすんで見える。



道具によって目が詰まった茅に無数の小さな穴、窪みも柄模様になる。

逆に茅と茅の隙間が目立つような仕掛りもある7枚目。



槌を打って詰める箇所ではない屋根部分もまた旧萩原家。



8枚目も旧萩原家。屋内に忍び込んで・・・ではなく、床、座敷にはあがれないが、天井の一部が見える土間から見上げて撮った茅敷きの構造。



現代でいえば断熱材である。



太い竹、細めの竹は真っ黒けの煤まみれ。

9枚目は、場所を換えて撮ったススダケで構築する構造。



囲炉裏や、竈に火を焚いた証が天井にある。

ススダケは、煤竹。



めろう竹が正式名称であるが、薪に火を点けて燃やせば煙がでる。

その煙が天井に届いてめろう竹に煤が付着する。

いつしかそのめろう竹をススダケ(煤竹)と呼ぶようになった。

長年に亘って住んでこられた旧萩原家。

暮らしの証は、このような構造に暮らしの民俗を知る、のである。

10枚目は、屋外に出て直後に振り返ってみた茅葺屋根が軒下に下がった構造。



民俗的構造の建物を観ているだけで時間を忘れてしまう。



十分に愉しませてもらった旧萩原家から離れ、隣家の旧吉川家。

経年劣化、著しく葺いた茅葺屋根は崩れる一方。



苔も蔓延りそうな雰囲気に愛しさを感じてシャッターを切った瓦屋根と茅葺のある二重構造の屋根。

全体像は痛々しく、断片的な部分を抽出して撮っていた。



ラストに立ち寄った旧鹿沼家の内部構造。



代々が米屋を営んでいた、と伝えられる旧鹿沼家。

展示上、同寸の米俵を据えているが、内部に米は入れていない。

米俵で締めた壁紙候補撮影。



米俵といえば、ねずみ。

♪ ちゅう ♪ ちゅう たわらのねずみが こめ食って ♪ ちゅう ♪・・・

来年の令和2年はねずみ年。

特に庚子(※かのえのね)の年。

60年に一度の廻りに庚子の年は、古来より不吉の年といわれてきた。

歴史的な混乱、大規模にわたる騒乱が発生する激動の年になるとか・・。

当たってほしくない不吉。



どうか、佳き年を迎えられますように・・・・。

(R1.12.26 EOS7D撮影)

関西文化の日に写真展からスタートする入江泰吉関連散歩

2021年07月31日 09時32分16秒 | しゃしん
捗らない作業に気分転換を。

そろーり、そろり、歩きの関西文化の日。

無料で拝見できる施設は写真展をしていた入江泰吉記念奈良市写真美術館。

観たかった写真展は入江泰吉作品の「道」展

在りし奈良大和路の「道」をテーマに選んだ作品展。

たかだか4、50年前の大和路風景を観たくて訪れた。

一目でわかる写真もあれば、ここはどこだろうか、と思う土地もある。

せめて撮影地は掲示してほしいものだが・・厳しい日射に照らさるような映像はなかった。

民俗観点からこれは、という写真はごくわずか。

参考になるのは、昔はこうであった、だけの印象である。

「道」展会場よりももっと多く、というか広い場で展示していたのは百々新(どどあらた)氏作品展。

題して「WHITE MAP -On the Silk Road-」展。

海外もんはまったく興味はわかないが、幼少期を奈良で過ごしたという、百々新氏。

第38回木村伊兵衛賞受賞作品の「対岸」に日本写真協会新人賞受賞「上海の流儀」。

また、京都をテーマに「鬼にも福にも―もうひとつの京都」や幼少期を過ごした奈良をテーマにとらえた「大和」も拝見したが、たくさんの写真にこれは、と思うのはごく僅かの印象でしかない。

写真美術館の入館は度々ある。

友人、知人らが発表する写真展会場はいつでも無料で入室できる一般展示室であるが、本日の展示はなく扉は締まっていた。

その代わりではないが、正門の1階である。



自動扉が開いて入館したとたんに寄ってきた学生さん。

今、エントランスホールで写真展をしています、是非観てくださいに誘って拝見する写真展は「第34回奈良県高等学校総合文化祭」の写真部門プログラム作品展。

これは、と思う作品の方に刺激をもらった。

作品数は、122点。参加高等学校は、奈良県立朱雀高等学校、奈良県立西の京高等学校、奈良県立平城高等学校、奈良県立登美ヶ丘高等学校、奈良県立高田高等学校、奈良県立添上高等学校、奈良県立畝傍高等学校、奈良県立五條高等学校、奈良県立奈良北高等学校、奈良県立榛生昇陽高等学校、奈良県立大淀高等学校、奈良県立一条高等学校、東大寺学園高等学校、智辯学園高等学校の14校。

将来が楽しみな作品もある。

私が選んだ作品は、選1等に県立王寺工業高校1年山本修平さんの”LIFE×LIE養鶏場”。

選2等が県立畝傍高等学校2年中西花恋さんの”いざ、物語の中へ!”。

選3等は県立五條高等学校2年西垣七海さんの”未だかつて触れられざる大阪城”。

選特別賞に県立高田高等学校2年後藤碧雄さんの”狙われない街(野神御供)”。

惜しくも佳作選になった県立畝傍高等学校2年田中希美さんの”異世界”も素晴らしい。

若いみなさんの作品を拝見して元気がほんまに出た。

時間的にはまだまだ余裕がある。

そう思って足を伸ばした施設は、入江泰吉旧居・・・。

車で移動する。

旧居がある地により近い駐車場に停めて歩く。



その前に通りをとろとろ走行して観光客の状況を認識しておいた。

まず外国の人ばかりが目立つ観光地。

隙間に多少のこの国住まいの家族連れやカップル・・。

犬の散歩もしている人には呆れるが・・。

ここは観光地であり、ちょっと移動すれば寺地になるってことを存じていないのだろう。

さて、入江泰吉旧居である。



憧れるカメラマンどころか、ここもまた観光客でごったがえし。

玄関口で履物を脱いで上がらせてもらう。

間取りがとても素敵な旧居。



廊下の状態に、またそこから見る景観が素晴らしい。

人、人、人でいっぱいだから落ち着けない。



得るものといえば、門扉から上り口までの通路にあった石臼である。



再利用された時代はいつだろうか。

入江さんが生前にそうされたのか、それとも後年、それもつい近年になってからのように思えるが・・。

居住地を出てしばらくの散策。



ここ東大寺の西側はとても落ち着く。



往来する外国の人も多かったが、時刻は午後4時近くになれば、盛りは過ぎて気持ちの良い状況になっていく。



斜光が美しく照らしてくれると、路傍の石仏も喜んでいるかも・・。

(R1.11.16 SB805SH撮影)

AFが怪しくなったCanonEFS-85ISUSMはAF駆動ユニット交換対応

2021年04月18日 09時44分02秒 | しゃしん
7月28日は滋賀県の野洲行畑一式つくりもの愛宕地蔵まつり撮影取材。

祭りのあり方のほぼほぼを撮影し終えた。

戻り行程に撮るべきものは多々ある。

町内の人たちが参拝される愛宕神社。浴衣を着た子どもたちの姿をとらえる後ろ姿にピントがピタッと決まらない。

あれこれ調整しながら広角、ロングであってもピントが定まらずブルブル震えるCanonEFS-85ISUSM。

以前もあったCanonEFS-85ISUSMの障害は広角側にあった「Err-01」であるが、今回はどことなく症状が異なる。

前回の障害はセンサー部の接触不良。

今回は、たいそうことになりそうだが、修理はやむを得ない。

翌日の29日に訪れたカメラ店は、カメラのキタムラ大和郡山店。

ナカ修平店長に診てもらったら、広角側AFに障害があると判断された。



修理については専門メーカー送りになるという。

メーカーは大阪市西区にある日研テクノ

カメラのキタムラの指定修理会社である。

ついでにこの際しておきたいレンズ内に付着していると考えられるゴミの除去。

予算もあまりないが、ゴミが映るレンズでは支障がありすぎくんだ。

受け取ったカメラのキタムラ店は預かり書を発行する。

症状を書いて送れば、後日に届く日研テクノの見積書。

費用によっては返却を求める人もあるらしい。

その場合や、修理不能で返される場合も、修理取次手数料の1080円は返金される。

届いた通知葉書に所定の欄を埋めて返送するか、日研テクノに電話をかけて、修理依頼有無を伝えることになる。

併せて、フィルム撮り映像のプリント依頼。

2年ぶりになるプリント依頼の再開は以前同様のフルLL仕様の“原版忠実プリント指示”。

このことを書かずにいたら、とんでもないプリントが返される。

修理期間は2週間ほど。

場合にとればお盆を過ぎになる可能性もある、という。

8月13日はお盆のオショウライサン迎えの取材が入っている。

それまでに修理が終わって戻ってくれば間に合うのだが、お盆過ぎの対応にまたまた中古レンズの選択肢も考えておかなくちゃ。

ネットで探してみた中古レンズ探し。

アマゾンどっとコムにあったレンズに良品少なく、レンズ曇りやゴミ有りレンズ。

説明文に「レンズ表面はスレも認めずコーティングもとても綺麗です。レンズ内もクモリやカビ、バルサム認めず撮影に影響のある要素は御座いません。実写確認行っておりますが評判通り綺麗な写真が撮れました」とある。

また、「レンズ表面も拭きスレも皆無で非常にクリアです。レンズ内は極薄クモリがございますが、撮影に影響するものではございません」というのもある。

このとき探した最低金額8000円前後。

予備としての購入にもってこいだが・・。

ショッピングカートに入れたものの、もうちょっと待て、にした。

修理依頼をしてから一週間後の8月5日。

日研テクノより修理見積通知葉書が届いた。

見積金額は22000円。

税込み金額が23760円。

レンズを買った日は平成28年の7月2日

中国製中古レンズのCanonEFS-85 IS USMは税込み16980円だった。

中古現品限りで購入した金額よりも修理代が多い。

その差額は6780円だった。

葉書にあった日研テクノの連絡方法。

電話若しくは葉書に加えてインターネットもある。

ネットであれば、受付番号やお客様電話番号入力すれば依頼の修理または未修理返却有無および進捗確認できるとあったが指定の http://www.ntweb.jp では「サイトで古いか安全でないTLSセキュリテイ設定が使用されている可能性があり安全に接続できない」と拒否された。

今回の指示は電話である。

直接電話で受付担当者に修理依頼ならびにサイトエラーの件も伝えておいた。

お盆前までの返却は致しかねる、とあるから、そこをなんとか、と尋ねたら今週末の8月9日金曜には修理を終えて出荷できる、という。

これは助かった。カメラのキタムライオンモール大和郡山店には10日に届くという回答に、よろしくお願いします、と伝えた。

7日、である。

この日は激痛の腹痛に救急医療室に居た。

そのときに入った留守電はカメラのキタムライオンモール大和郡山店のKさんから。

連絡も返答もできない救急医療室に居た。

翌日の8日は修理を終えたCanonEFS-85ISUSMの引き取り。

税込み修理代が23760円。



うち1万6千円分のJCBクレジットカードが手元にあるので、支払い補充の足しにする。

不足分の7670円は一般的なクレジットカード払いで済ませた。

受け取った日研テクノの修理「作業報告書(出荷日令和元年/2019.8.6」にAF作動不具合確認しました、とある。



AF駆動モーター不具合のためAF駆動ユニットの交換並びにレンズ汚れはできる限りの清掃を施し、AF精度・絞り精度・レンズピント精度を精度測定器にて点検、IS機構精度も点検し適正だった、とある。

使用部品に「フォーカスUT」「距離目盛シール」とある。

また、万一、修理完成後1年以内に同一箇所の自然故障が生じた場合に限り、修理票(作業報告書のことかな?)添付の上、お申し出くだされば無償で修理しますが、旧製品などの理由により交換部品が無い場合は、再修理をお断りする場合もあります、と記載があった。

さぁ、デジレンズの復活に13日の民俗取材が楽しみ、である。

カメラのキタムラ店の用件はもう一つある。

頼んでいたフィルム原版通りの指示をしたプリントの引き取りである。

店舗で見たプリント。

さすがに奇麗な仕上がりに満足する。

プリントは苗代作業に豊作願いの在り方。

また、高齢の婦人が苗を取る作業。

この日に対応してくださった2人の女店員さん。

映像が奇麗な民俗写真なんてものは見たこともないし、聞いたこともない、という。

この年の3月4日に閉店したカメラのキタムラ奈良南店の女店員さんは見慣れた映像。

長年のお付き合いだっただけに、見慣れた映像に特別な驚きは、今はもうない。

ちなみに閉店した奈良南店で、17年の長きに亘って展示させてもらった民俗写真展。



ブログで思い出すだけだ。

(R1. 7.29 SB805SH撮影)
(R1. 8. 5 SB805SH撮影)
(R1. 8. 8 SB805SH撮影)

驚異の映像に魅せられるHASEO写真展SOLOEXHIBITION100miiion

2021年04月06日 09時29分50秒 | しゃしん
100ミリオン画素が描き出す驚異の映像にどひゃーん、である。

1億200万画素のミラーレスカメラGFX100ってこんなに凄いとは・・・。

作者とはお話できなかったが作品がとにかく凄い。

手持ち3秒で描いた背景の滝の流れが・・・・。

モデルもじっと我慢の3秒。

微動だにせずの静止画像に、なんで?



隅から隅までが極彩色映像。

特に赤い色が強調されている。

すべてが鮮明画像で描写された大判印画紙。

カメラも凄いが、映像化するにあたった衣装も凄い。

布を使用せず、紙で作った衣装が豪華絢爛。

大量に折った折り紙で製作した衣装もまた凄い。

手の込んだつくりこみ。

シアター劇場を演出した舞台装置もまた超一流。



カメラの本体価格は130万円。

ハッセルブラッドはなんと・・・600万円だという。

ハッセルブラッドを高級レースーに例えたらGFX100は普及品の普通車でしょうと展示関係者が話していた。

迫力のある生プリント映像は、4K画面を超えているかも・・。

また、GFX100はレンズを選ばない機種だと話していた。

でっかくてしかも重たいロングレンズ。

小型レンズ、しかも手持ちでとらえられる三脚無用のGFX100が凄い。

重さから解放されるのはとてもいいことだが、本体重量は1.32kg。

EOS7Dの2倍は相当な重さ。

レンズは軽々の超軽量を、と考えるがカメラ保持バランスが崩れそうだ。

富士フィルムフォトサロン展示は、7月18日までが大阪。



8月1日から月末までは東京開催だった写真展。

もう一度お目にかかりたいものだ。

(R1. 7.12 SB805SH撮影)

近畿サムライ写真クラブ第2回写真展―税理士たちの思い出―

2021年04月05日 09時25分20秒 | しゃしん
宮崎壽一郎さんが指導・監修している「近畿サムライ写真クラブ」。

今回で2回目になる写真展テーマが“税理士たちの思い出”。

展示写真がどんなものなのか、とても興味を惹かれるテーマ。

税理士さんたちがとらえた写真なのか、税理士さんの活動状況を伝える写真なのか・・・。

届けてくださった案内状に書いてあったお問い合わせ先。

その謎が解けた問い合わせ先は公認会計士。

税理士事務所内と記されているからわかるプロの人たち。

さて、どんな写真に巡り合えるか、楽しみにしていた。

会場に群がる人たち。



関係者の熱視線を感じながらも写真に見入る。

一枚、二枚、三枚・・どれをとってもため息がでてしまうのはなぜか・・。

半分くらいを見てわかったプリントの違い。

光沢紙でなく、もやっとした質感印画紙。

たぶんにマットフォト紙であろう。

よくよく見れば他愛ない写真までも〇にしていたが、撤回する。

師匠の写真も見せていただいて1往復。

プラス1回の往路に3度も見た写真の中で☟したのは、ごく数枚だけ。

手ごたえのある作品のタイトルも拍手したくなる。

これまでの写真展とはどこかが違うタイトル付け。

おそらく、である。

後付けではないのだろうと思った次第。



期待感以上だった作品は「観音浄土からの寄港」、「流れの囁き」、「秋光美麗」、「流麗」、「妍資艶質(けんしえんしつ)」、「沈黙」、「木霊の里」、「クリスマスファンタジー」、「時化(しけ)」、「荘厳」、「CRYSTAL NIGHT」、「Fairy Blue」、「SAKURA KI-RA-ME―I―TE」、「残波華美」。

◎付けしたのは、「妍資艶質(けんしえんしつ)」に「CRYSTAL NIGHT」。

なぜか心がときめいた。

〇印がすごく多いのだが、敢えていちゃもんを・・。

民俗の視点から言えば「観音浄土からの寄港」の船がタイトルと一致しない。

せめてだれ一人いない乗船のない古びた漁船であるなら・・。

第3回目も観たい写真展であるが、印画紙の違いを比べてみたく、是非とも光沢紙でお願いしたいものである。

(R1. 7.12 SB805SH撮影)

みなぎる若い力の映像に見習うべき力

2021年02月26日 09時10分46秒 | しゃしん
設営が終わってから拝見させてもらったハイスクールフオトアワード2019大阪写真月間(6月7日~13日まで)の展示写真。



凄い(※実際の声は、すっ、すげぇ)、としか言いようのない映像テク。

どれもこれも気迫に満ちた青春映像に、もっと勉強せなあかんなと深いため息が出る。

新鮮な気持を蘇らせてくれたダイナミックな映像。



加齢とともに忘れていたチャレンジ心。

ほとばしる情熱、感性でとらえた表現力は見習わねば・・・と、思った。

(R1. 6. 6 SB805SH撮影)

第14回美しい風景写真100人展in富士フイルムフォトサロン大阪

2020年09月30日 09時35分36秒 | しゃしん
フジフイルムスクエアが主催する美しい風景写真100人展に出かけた。

今回で14回目になる写真展。

たかが風景写真と思っていた私はほんまの恥知らずだったと撃沈した作品群。

圧倒される美しさ。

季節折々の情景の素晴らしいことか。

わくわくする映像に魅了するばかり。

応対してくださった二人の写真家。

年から年中、忙しく走り回っているお二人の作品も展示してあった。

応募しなけりゃ選ばれることのない作品のすべてが銀塩フイルムと聞いてなるほど、と思った次第だ。

応募総数は3000点。その中からたったの80人(20人のプロ作家は別建て)。

選ばれた2.6%の美しい日本に見惚れて、一度は腰を据えてとらえてみたくもなる。

また、入口に展示していた学生部門。

選ばれた20人は大学生に高校生。

フイルム作品で構成する優れた映像なかには小学生がとらえた作品も。

これらもすべて銀塩作品。

「写るんです」で撮った小学生作品が素晴らしい。

一部はモノクロもあるが、どれもこれも、変に構えた作品でなく純粋な気持ちでとらえたと思える映像は単に風景でなく情景を表現して感動する。

景色映像でなく営み、生活感も取り入れた風景写真に感動だ。

ただ、いかんせんタイトルが、まだまだの思ったままのストレートタイトル。

ちょっと捻るだけで写真が生きてくるのだが・・・今後に期待されよう。

大人の作品はどれもこれも迫真に迫る映像で雅。美しい日本の四季をあますことなく表現している作品にモチベーションがあがる。

応対してくださった二人に感謝。

おしゃべりも長くなってしまって申しわけない。

立ったまま来客の応対はお疲れさま。

休憩もなく、午後もずっと対応されるのだろう。

(H31. 1.31 SB932SH撮影)

南岡誠宏定年記念写真展『ホ!』そして『いってらっしゃーい』inPhotoGallery臺燈舎

2019年12月23日 10時10分59秒 | しゃしん
卒業した高校の7期生卒が彼だった。

その彼も65歳。

今年中に定年を迎える年齢になった。

写真が大好きで若いときから本社日本生命の写真クラブに入って学んでいた。

そのころの私はカメラに興味をもつものの、クラブに入る気は起らなかった。

のめり込むことのない私は4期生卒。

三つ離れているからもうすぐ68歳になるという計算だが、まだまだ。半年以上も経過を要するただいま67歳である。

彼の作風は風景写真。

前回の渋谷良一・南岡誠宏の二人展もベースは風景であった。

映像のとらえ方は、どう変化しているのか、それも見たいが、65歳を迎えた彼の動向を感じたく、大阪・中央区南船場の会場に向かう。

前回は神戸・三ノ宮での展示会であったが、今回は生駒山を越えた大阪市内のど真ん中。

車移動で行くか、電車で行くか。

停める駐車場の料金体系によっては長い滞在時間にぼったくられる。

そう思って、地元利用の駅前駐車場に設定した。

駅は25年間も通勤に利用していた近鉄電車橿原線の九条駅。

半年ほど前にできた地道駐車場がある。

一日24時間停めてもたったの400円。

駅に歩いて1分もかからない地にあるのでずいぶんと助かる。

チケットを購入してフロントに示して置いておく。それだけである。

近鉄九条駅から西大寺駅乗り換えで難波まで。

大阪メトロ地下鉄御堂筋線に乗り換えて心斎橋駅で下車。

パソコンで出力した臺燈舎行きのマップを頼りに歩く。

地下鉄は出た改札口で決まる。

そこがどこであるのかまったくわかっていない。

改札口に居た駅員さんに目印になる建物を告げた。

その建物は東急ハンズ。

あそこならあっちの方角。

そう云われても地下街ではまったくわかっていない方角オンチ。

大丸横の階段を登って地上に出てみればわかるという。

出てみればなるほどである。

そこから御堂筋を北に数百メートル。

長堀通りに出て東へ向かう。立ち止まってはペーパーマップと見比べる。

あと何本かの筋を左折れして北上。



マップに書いてあった1階にあるタイ料理レストランが到着地点。



無事に着いて3階にあがったらそこに臺燈舎があった。



会場には彼の知人が展示写真を見ていた。

男性一人、二人組の女性に撮った写真の解説をしていた。

会話の内容から写真家ではなさそうに思えた。

拝見した写真は北海道の美瑛や福島の景観が多くあるような気がする。



モノクロでとらえた4枚組は私的にはスキな映像。

美瑛も1枚が印象的。

どれも人が、或いは道具があるから惹かれるのだろう。

写真はいずれもコンパクトにまとめた形。

これもまたいいね!である。

久しぶりに話す彼との会話。

そこへ一人男性が汗をかきながらやってきた。

話しの内容からビジネスマン。

それも・・・・まさかの、平成14年10月まで勤めていた会社の社員のSくんだった。

なんでも私もよく存じている6歳下の同僚たちの名前で知ったへぇーそうだったんだ。

彼が去ったあとは同僚だった人たちの話題に写真談義。

気がついてみれば2時間半も滞在していた。

午後3時に着いて場を離れたのは午後5時半。

これだけの時間を駐車していたら目ん玉が飛び出るほどの料金請求が発生する。

電車で来たのは正解だと思ったが、長堀通りにある地下駐車場の平日利用の当日最大料金は1100円。

しかもクレジットカード支払いが可能。

へぇーそうだったんだ。

帰りはここでゆっくりコーヒーを飲んでくださいと云われてもらったドリンクチケット券がある。



240円までのコーヒーを利用できるお店は長堀通りの地下街にあるセルフ制の「KIEFEL COFFEE」長堀店

彼が飛び込んで頼んだ特別に作ってもらったKIEFEL・COFFEEのドリンクチケット券である。

展示に来ていただいたお客さんすべてにお礼のサービスである。

枚数は聞かなかったが相当な枚数。

240円×枚数=すべてを買い取ったのである。

使わなければ彼の厚意を無駄にしてしまう。



帰宅は遅くなるが、優しい気持ちをいただくことにした。

(H30. 7. 3 SB932SH撮影)