
かつては入門書をばかにしていた。
原書をよまずして「***について語られた本」など、
所詮は大学の先生のアルバイトさ、と思っていたのであった。
ところが、さいきんこの手の初心者向け入門書(ビギナーズBOOK)をいくつか読んで、
いやはや、ばかにできないと見直したわけである。
むろん、草分けとなる「岩波新書」には、
名著といってもいいすぐれた著作がかなりある。
すぐに思い出すのは堀田義衛「インドで考えたこと」や丸山真男「日本の思想」である。
十代終わりから、二十代なかばにかけては、誰でもがたぶんいちばん知識欲旺盛な年代であろう。わたしの場合、この二著からは、若き日に多大な恩恵と影響をこうむっている。
このふたつは、むろん、ビギナー向けの「啓蒙の書」ではない。
初学の徒は、関心はあっても、どこからどうよじ登っていいのかわからず、
いきなり原書にかじりついてふりまわされることもある。
ガイド役はどうしても必要だが、生意気をいわせてもらえば、「名ガイド」は案外少ないものだ、と思う。
そういう意味では本書「はじめての構造主義」はなかなかの「名ガイド」ぶり。
おもしろくて、一気読みしてしまった。
本書も文化人類学者のレヴィ・ストロースを軸として展開されている。
マリノフスキーが確立したとされるフィールド・ワークの手法、とりわけ世界を直線的に進化発展する時間軸にそって見ようとするより、その「構造」においてみようとするこういった考え方は、いろいろなジャンルに大きな影響をもたらした。
<社会のいちばん基本的な形は、交換のシステムである。その交換は、利害や必要にもとづくのではなく、純粋な動機(交換のための交換)にもとづくものだ。交換のシステムのなかでは、女性や、財物や、言葉が「価値」あるものになる。>
<構造主義は、真理を「制度」だと考える。制度は人間が勝手にこしらえたものだから、時代や文化によって別のものになるはずだ。つまり「唯一の真理」なんて、どこにもない。>
「交換」とか「制度」とか、構造主義のいわばキーワードが、じつにかわりやすく展開され、わたしにとっては「眼から鱗」の経験となった。
しかし、わたしがもっとも興奮したのは、第三章「構造主義のルーツ」。
そこで橋本さんは、神話と数学の考え方がみごとな照応性を持っていることを証明していく。
<神話と数学。このふたつは、みかけこそ似ていないが、両方とも同じ秩序を隠している、二つの制度なのだ。>
古典的なユークリッド幾何学から、非ユークリッド幾何学への転換、「遠近法と見る主体」論、さらに集合や群理論を、文化系人間にもわかりやすく解説しながら、そこに構造主義のルーツを見ようとしているのは、卓見といっていいのではないか、と思われる。
こういう本にめぐりあえるのは幸せである。
シニカルにいえば「自分の身の丈にあった本」ということになるであろう。知ったかぶりをするより、それでかまわないのではないか。
「はじめての構造主義」橋爪大三郎 講談社現代新書 >☆☆☆☆
原書をよまずして「***について語られた本」など、
所詮は大学の先生のアルバイトさ、と思っていたのであった。
ところが、さいきんこの手の初心者向け入門書(ビギナーズBOOK)をいくつか読んで、
いやはや、ばかにできないと見直したわけである。
むろん、草分けとなる「岩波新書」には、
名著といってもいいすぐれた著作がかなりある。
すぐに思い出すのは堀田義衛「インドで考えたこと」や丸山真男「日本の思想」である。
十代終わりから、二十代なかばにかけては、誰でもがたぶんいちばん知識欲旺盛な年代であろう。わたしの場合、この二著からは、若き日に多大な恩恵と影響をこうむっている。
このふたつは、むろん、ビギナー向けの「啓蒙の書」ではない。
初学の徒は、関心はあっても、どこからどうよじ登っていいのかわからず、
いきなり原書にかじりついてふりまわされることもある。
ガイド役はどうしても必要だが、生意気をいわせてもらえば、「名ガイド」は案外少ないものだ、と思う。
そういう意味では本書「はじめての構造主義」はなかなかの「名ガイド」ぶり。
おもしろくて、一気読みしてしまった。
本書も文化人類学者のレヴィ・ストロースを軸として展開されている。
マリノフスキーが確立したとされるフィールド・ワークの手法、とりわけ世界を直線的に進化発展する時間軸にそって見ようとするより、その「構造」においてみようとするこういった考え方は、いろいろなジャンルに大きな影響をもたらした。
<社会のいちばん基本的な形は、交換のシステムである。その交換は、利害や必要にもとづくのではなく、純粋な動機(交換のための交換)にもとづくものだ。交換のシステムのなかでは、女性や、財物や、言葉が「価値」あるものになる。>
<構造主義は、真理を「制度」だと考える。制度は人間が勝手にこしらえたものだから、時代や文化によって別のものになるはずだ。つまり「唯一の真理」なんて、どこにもない。>
「交換」とか「制度」とか、構造主義のいわばキーワードが、じつにかわりやすく展開され、わたしにとっては「眼から鱗」の経験となった。
しかし、わたしがもっとも興奮したのは、第三章「構造主義のルーツ」。
そこで橋本さんは、神話と数学の考え方がみごとな照応性を持っていることを証明していく。
<神話と数学。このふたつは、みかけこそ似ていないが、両方とも同じ秩序を隠している、二つの制度なのだ。>
古典的なユークリッド幾何学から、非ユークリッド幾何学への転換、「遠近法と見る主体」論、さらに集合や群理論を、文化系人間にもわかりやすく解説しながら、そこに構造主義のルーツを見ようとしているのは、卓見といっていいのではないか、と思われる。
こういう本にめぐりあえるのは幸せである。
シニカルにいえば「自分の身の丈にあった本」ということになるであろう。知ったかぶりをするより、それでかまわないのではないか。
「はじめての構造主義」橋爪大三郎 講談社現代新書 >☆☆☆☆