昨日は、久しぶりにわが町・高崎の街撮りをしてきた。
街撮りとは、街の観察であって、どこをどう切り取り、どう見せるのかに、料理人の腕がかかっている。情緒的にやるか、即物的にやるか、あるいはフォトジェニックな「見方、見え方」を工夫してチャレンジしてみるか。
あまたの素材(被写体)が、街のなかにはいくらでもころがっている。
おもしろいと思えるものがあるし、そうでないものもある。
撮影時にパッと見て、フレーミングを決め、カメラやレンズ、主要被写体とその背景処理を瞬時に判断する。
現場で液晶をのぞき込み、撮り直ししたり、しなかったりする。
それから家に引き揚げてきて、PCに取り込み、アルバムに残すもの、棄てるものを選び出す。撮影は愉しいが、選び出す作業はむしろ苦痛のほうが大きいかもしれない。(この段階で、わたしの場合は、80%~90%を削除する。)
わたしにかぎらず、皆さん、こんな風にして、アルバムをアップしているのだろう。
以前はよくリサイズしながらレタッチをしたけれど、このところ、カメラの性能があがったので、「撮りっぱなし」がふえてきた(-_-)
さて、さて。
今日は「テクスチャー」ということばにこだわってちょっと書いてみたくなったので、そうする(^^;)
テクスチャーの本来の意味は、質感、材質感のことだろうが、
それが転じて、あるいは拡大解釈されて、いろいろな業界で、いろいろな使われ方をしている。
<テクスチャー>
a)テクスチャーとは、乳液、クリームなどのさわり心地や付け心地のこと。
なめらかさや脂っぽさ(さっぱりしている)とろみがあるなどのを表現するときに使う。
b)織物の織り方。生地。
木・石などの手ざわり・感触、あるいは組織・構造。
c)食品分野では、「口当たり」、「歯ごたえ」、「舌触り」など、感覚的評価の用語として使われており、変形・不均一性等の概念を抱かせる広範囲の意味を有しております。かたさ、粘り、付着等の力学的性質の他に、口中でのざらつき、粒の大小のような形に表れる性質、脂っこい状態を表す性質も含まれます。
テクスチャーは単なる触感だけではなく、視覚、聴覚等も動員した総合的な感覚評価用語として使われているといえます。
・・・こんなぐあいだが、調べればもっと多くの使用例がみつかるだろう。
レントゲン写真だとか、CTスキャンなどを別として、一般的に写真には、
被写体の「表面」しか写らないことはだれでも知っている。
だからテクスチャーなので、写真を見る者は、「何がどう写っているのか」
という興味のつぎに、このテクスチャーをいやおうなしに看取している
・・・というわけである。
ひとつ例をあげる。
これは真ん中がペイントしたトタンの波板、両サイドは塗装がはがれかけた板塀。
5、6枚撮影したが、正面からシュートしたこの何の変哲もない一枚を選んだ。
まるでデザイナーがデザインしたような表面感覚。
つぎは、コレ。
コンクリート、型ガラス、布、ステンレス、無塗装アルミ、木材などが、
ごちゃごちゃと写っている。そのうえ、犬。
それなりによく撮れてはいるけれど、こういったものを見ると、質感表現に関しては、まだフィルムにはかなわないように思われる。(このサイズでは比較のしようがないともいえるが)。
ほんの数回であったが、過去にスタジオで「ブツ撮り」をやった経験がある。
被写体は小さな商品。光(ひかり)ものが多くて、かなり苦心した。
絵画的な用語をつかえば、テクスチャーとは線と面の「面」にあたるのだろう。
その面とは、光のあたり方で、ずいぶん変化する。だから、厳密にいうと、同じ被写体でも、屋外にあるものでは、昨日と今日のテクスチャーは違っている。
街撮りは当然ながら、アベイラブルライト(いま、そこにある光)下の撮影。
被写体に「寄り添う」というのは、そのことである。とはいえ、「光を見極めること」の半分は進化したカメラがやってくれ、われわれの負担はずいぶん軽くなった。しかし、まったくなくなったわけではない。だからやっぱり、失敗もあるし、成功もある・・・ということになるのだろう。
街撮りとは、街の観察であって、どこをどう切り取り、どう見せるのかに、料理人の腕がかかっている。情緒的にやるか、即物的にやるか、あるいはフォトジェニックな「見方、見え方」を工夫してチャレンジしてみるか。
あまたの素材(被写体)が、街のなかにはいくらでもころがっている。
おもしろいと思えるものがあるし、そうでないものもある。
撮影時にパッと見て、フレーミングを決め、カメラやレンズ、主要被写体とその背景処理を瞬時に判断する。
現場で液晶をのぞき込み、撮り直ししたり、しなかったりする。
それから家に引き揚げてきて、PCに取り込み、アルバムに残すもの、棄てるものを選び出す。撮影は愉しいが、選び出す作業はむしろ苦痛のほうが大きいかもしれない。(この段階で、わたしの場合は、80%~90%を削除する。)
わたしにかぎらず、皆さん、こんな風にして、アルバムをアップしているのだろう。
以前はよくリサイズしながらレタッチをしたけれど、このところ、カメラの性能があがったので、「撮りっぱなし」がふえてきた(-_-)
さて、さて。
今日は「テクスチャー」ということばにこだわってちょっと書いてみたくなったので、そうする(^^;)
テクスチャーの本来の意味は、質感、材質感のことだろうが、
それが転じて、あるいは拡大解釈されて、いろいろな業界で、いろいろな使われ方をしている。
<テクスチャー>
a)テクスチャーとは、乳液、クリームなどのさわり心地や付け心地のこと。
なめらかさや脂っぽさ(さっぱりしている)とろみがあるなどのを表現するときに使う。
b)織物の織り方。生地。
木・石などの手ざわり・感触、あるいは組織・構造。
c)食品分野では、「口当たり」、「歯ごたえ」、「舌触り」など、感覚的評価の用語として使われており、変形・不均一性等の概念を抱かせる広範囲の意味を有しております。かたさ、粘り、付着等の力学的性質の他に、口中でのざらつき、粒の大小のような形に表れる性質、脂っこい状態を表す性質も含まれます。
テクスチャーは単なる触感だけではなく、視覚、聴覚等も動員した総合的な感覚評価用語として使われているといえます。
・・・こんなぐあいだが、調べればもっと多くの使用例がみつかるだろう。
レントゲン写真だとか、CTスキャンなどを別として、一般的に写真には、
被写体の「表面」しか写らないことはだれでも知っている。
だからテクスチャーなので、写真を見る者は、「何がどう写っているのか」
という興味のつぎに、このテクスチャーをいやおうなしに看取している
・・・というわけである。
ひとつ例をあげる。
これは真ん中がペイントしたトタンの波板、両サイドは塗装がはがれかけた板塀。
5、6枚撮影したが、正面からシュートしたこの何の変哲もない一枚を選んだ。
まるでデザイナーがデザインしたような表面感覚。
つぎは、コレ。
コンクリート、型ガラス、布、ステンレス、無塗装アルミ、木材などが、
ごちゃごちゃと写っている。そのうえ、犬。
それなりによく撮れてはいるけれど、こういったものを見ると、質感表現に関しては、まだフィルムにはかなわないように思われる。(このサイズでは比較のしようがないともいえるが)。
ほんの数回であったが、過去にスタジオで「ブツ撮り」をやった経験がある。
被写体は小さな商品。光(ひかり)ものが多くて、かなり苦心した。
絵画的な用語をつかえば、テクスチャーとは線と面の「面」にあたるのだろう。
その面とは、光のあたり方で、ずいぶん変化する。だから、厳密にいうと、同じ被写体でも、屋外にあるものでは、昨日と今日のテクスチャーは違っている。
街撮りは当然ながら、アベイラブルライト(いま、そこにある光)下の撮影。
被写体に「寄り添う」というのは、そのことである。とはいえ、「光を見極めること」の半分は進化したカメラがやってくれ、われわれの負担はずいぶん軽くなった。しかし、まったくなくなったわけではない。だからやっぱり、失敗もあるし、成功もある・・・ということになるのだろう。