(カバーの傷みが気になるレベルだったので、右の本を買いなおした)
■吉村昭「破獄」新潮文庫(昭和61年刊) 原本は昭和58年1983年岩波書店から刊行
新潮文庫 37作品
文春文庫 30作品
講談社文庫 10作品
2021年現在で、吉村さんの著作はこれだけが現行版である。
合計77本は、松本清張、司馬遼太郎と肩をならべる大作家であることを語っている。
一時期たくさんの作品が網羅されていたとしても、下克上が激しいためいつのまにかラインナップから消えてしまうことが多い中にあって、77作がいまだ現行本であることは大作家のあかしであろう。
たとえば一世を風靡した観のある、渡辺淳一や五木寛之。
消えてゆく、消えてゆく。死後10年もしたら、代表作と目されるもの数編が残ればいい、としなければならない。
ところが、吉村昭はこの77作品のほかに、中公文庫やちくま文庫でも読めるから、最終的に何本の著作が生き残っているものやらわからない(´・ω・)?
エンターテインメントは寿命が限られてしまうものが多々あり、そういうものもいくつかお書きになっているらしいが、ほとんどは現在でも、淘汰されることなく、営々として読まれつづけている。
恋愛ものを描いている男性作家、女性作家は掃いて捨てるほどいる。しかし、記録文学、ノンフィクション・ノベルのジャンルでは、吉村昭に比肩しうる作家は、城山三郎さんをのぞき、いまだ登場してはいないのではあるまいか?
さて、本書もあらすじをたどるのは面倒なので、件のごとくBOOKデータベースより、内容紹介を引用しておこう。
《昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和23年札幌刑務所脱獄。犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。その緻密な計画と大胆な行動力、超人的ともいえる手口を、戦中・戦後の混乱した時代背景に重ねて入念に追跡し、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰る闘いを描破した力編。読売文学賞受賞作。》
激動の昭和史。
時代背景を、必要に応じしっかりと書き込んでいるので、その裏面史として読むことができる。
「赤い人」が明治だとしたら、こちらはまぎれもなく戦中・戦後の昭和!
ストーリーそのものは時系列に沿って、誇張を排し淡々と叙述されていく。
主人公は異能の天才、佐久間清太郎(仮名)。
“脱獄”が中心テーマで、実在の人物がいるため、本名では書けなかったのだ。
「赤い人」
「破獄」
「仮釈放」
「プリズンの満月」
これらはいずれも、囚人、看守を主役にしている。そういう意味では極限状況を描いた、“男たちの世界”の物語。例によって抑制の効いた文体だが、文末が「・・・いた。」「・・・いた。」とつづくのが、ところどころ気になった。
たとえば、
《夜明けには気温が零下十度近くに低下していたが、陽光は、春のおとずれが近づいていたことをしめすように明るさを増していた。庁舎や獄舎の軒からたれたつららの先端から、水滴がしたたり落ちるようにもなった。根雪の表面が水分をふくんでザラメ状になり、陽光にまばゆく光っていた。》(本書274ページ)
・・・といったような部分。
基本的には刑務所の所長、看守長の立場にある人物から、主人公佐久間を眺めるようになっている。
桜井刑事課長や鈴江刑務所長らの存在は忘れがたい印象をあたえ、まさに吉村ワールド全開である。
作者はあとがきで、
《獄房に閉じこめられたかれと、かれを閉じこめた男たち。その一種の闘いは昭和二十年前後を時代背景としていて、それらの人間関係をえがくことは戦時と敗戦というものを特殊な視点から見ることになり、創作意欲をいだいて筆をとった。》
と、本編の制作意図の一部を述べている。
私小説作家が自分の弁明ばかりであるのと違って、吉村さんは、興味つきない他者を描くことで社会を陰影豊かに刻み込んでいて、その腕はたしかである。
わたしはいつのころからかここぞと思ったページにポストイットを挟む習慣ができているが、本編もポストイットだらけ(;^ω^)
解説で磯田光一さんが書いている。
《作者はこの緊張関係(囚人と看守の緊張関係 ※本注は引用者)を総合的にえがきながら、主人公の孤独な執念と時代の移りゆきとに有機的な関連をあたえている》と(437ページ)。
このあたりが、ジャンル小説のミステリとは一線を画していて、「破獄」の読みどころである。
ことに、府中刑務所に移ってから、鈴江所長とのやりとりを通じ、苦み味を底に沈めながら重厚な味わいを醸し出していてすばらしい(^^♪
本編も静かなラストシーンとなっている。吉村さんは時の流れ、時間の足音に耳を傾けるよう、読者をいざなっているのだ。
極上のワインを飲んだときのように、わたしはしばしば「ごくん!」とのどを鳴らした。
堪能させていただきました・・・ということである。
※制作裏話はつぎのエッセイで詳しく知ることができる。
「脱獄の天才」(「史実を追う旅」文春文庫所収)
※「二草庵摘録」のカテゴリーを編集し、吉村昭のキーワードを新たに追加しました。
評価:☆☆☆☆☆
■吉村昭「破獄」新潮文庫(昭和61年刊) 原本は昭和58年1983年岩波書店から刊行
新潮文庫 37作品
文春文庫 30作品
講談社文庫 10作品
2021年現在で、吉村さんの著作はこれだけが現行版である。
合計77本は、松本清張、司馬遼太郎と肩をならべる大作家であることを語っている。
一時期たくさんの作品が網羅されていたとしても、下克上が激しいためいつのまにかラインナップから消えてしまうことが多い中にあって、77作がいまだ現行本であることは大作家のあかしであろう。
たとえば一世を風靡した観のある、渡辺淳一や五木寛之。
消えてゆく、消えてゆく。死後10年もしたら、代表作と目されるもの数編が残ればいい、としなければならない。
ところが、吉村昭はこの77作品のほかに、中公文庫やちくま文庫でも読めるから、最終的に何本の著作が生き残っているものやらわからない(´・ω・)?
エンターテインメントは寿命が限られてしまうものが多々あり、そういうものもいくつかお書きになっているらしいが、ほとんどは現在でも、淘汰されることなく、営々として読まれつづけている。
恋愛ものを描いている男性作家、女性作家は掃いて捨てるほどいる。しかし、記録文学、ノンフィクション・ノベルのジャンルでは、吉村昭に比肩しうる作家は、城山三郎さんをのぞき、いまだ登場してはいないのではあるまいか?
さて、本書もあらすじをたどるのは面倒なので、件のごとくBOOKデータベースより、内容紹介を引用しておこう。
《昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和23年札幌刑務所脱獄。犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。その緻密な計画と大胆な行動力、超人的ともいえる手口を、戦中・戦後の混乱した時代背景に重ねて入念に追跡し、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰る闘いを描破した力編。読売文学賞受賞作。》
激動の昭和史。
時代背景を、必要に応じしっかりと書き込んでいるので、その裏面史として読むことができる。
「赤い人」が明治だとしたら、こちらはまぎれもなく戦中・戦後の昭和!
ストーリーそのものは時系列に沿って、誇張を排し淡々と叙述されていく。
主人公は異能の天才、佐久間清太郎(仮名)。
“脱獄”が中心テーマで、実在の人物がいるため、本名では書けなかったのだ。
「赤い人」
「破獄」
「仮釈放」
「プリズンの満月」
これらはいずれも、囚人、看守を主役にしている。そういう意味では極限状況を描いた、“男たちの世界”の物語。例によって抑制の効いた文体だが、文末が「・・・いた。」「・・・いた。」とつづくのが、ところどころ気になった。
たとえば、
《夜明けには気温が零下十度近くに低下していたが、陽光は、春のおとずれが近づいていたことをしめすように明るさを増していた。庁舎や獄舎の軒からたれたつららの先端から、水滴がしたたり落ちるようにもなった。根雪の表面が水分をふくんでザラメ状になり、陽光にまばゆく光っていた。》(本書274ページ)
・・・といったような部分。
基本的には刑務所の所長、看守長の立場にある人物から、主人公佐久間を眺めるようになっている。
桜井刑事課長や鈴江刑務所長らの存在は忘れがたい印象をあたえ、まさに吉村ワールド全開である。
作者はあとがきで、
《獄房に閉じこめられたかれと、かれを閉じこめた男たち。その一種の闘いは昭和二十年前後を時代背景としていて、それらの人間関係をえがくことは戦時と敗戦というものを特殊な視点から見ることになり、創作意欲をいだいて筆をとった。》
と、本編の制作意図の一部を述べている。
私小説作家が自分の弁明ばかりであるのと違って、吉村さんは、興味つきない他者を描くことで社会を陰影豊かに刻み込んでいて、その腕はたしかである。
わたしはいつのころからかここぞと思ったページにポストイットを挟む習慣ができているが、本編もポストイットだらけ(;^ω^)
解説で磯田光一さんが書いている。
《作者はこの緊張関係(囚人と看守の緊張関係 ※本注は引用者)を総合的にえがきながら、主人公の孤独な執念と時代の移りゆきとに有機的な関連をあたえている》と(437ページ)。
このあたりが、ジャンル小説のミステリとは一線を画していて、「破獄」の読みどころである。
ことに、府中刑務所に移ってから、鈴江所長とのやりとりを通じ、苦み味を底に沈めながら重厚な味わいを醸し出していてすばらしい(^^♪
本編も静かなラストシーンとなっている。吉村さんは時の流れ、時間の足音に耳を傾けるよう、読者をいざなっているのだ。
極上のワインを飲んだときのように、わたしはしばしば「ごくん!」とのどを鳴らした。
堪能させていただきました・・・ということである。
※制作裏話はつぎのエッセイで詳しく知ることができる。
「脱獄の天才」(「史実を追う旅」文春文庫所収)
※「二草庵摘録」のカテゴリーを編集し、吉村昭のキーワードを新たに追加しました。
評価:☆☆☆☆☆