(ドクダミの群生、なぜか癒されます)
昨日、慧純師(臨済宗僧侶)が作品を出品すると聞いて、出かけてきました。
難波駅から御堂筋、道頓堀川を越えてすぐ。SMBCコンシューマーファイナンスKKが運営する無料イベントスペースで作家18人が作品展示。
こんな場所知らなかった(無料で貸してくれるのですって!)
師の作品は、水墨で古代人が描いた洞窟壁画を模写したというものでした。実は、私の思いはその絵よりも、慧純師御本人にありました。
で、御本人が来られるという初日にお伺いしたわけです。おかげで会場で2時間近くお話を聞かせていただきました。師は地球外生命(エイリアン)に興味を持たれていて、様々な海外情報を分析されている。本気で語られるその心に感銘いたしました。
僧侶仲間でも、まともに向き合ってくれないと笑う師の心に、真摯な何が働いているのか、感じてみたかったのです。
私が真っ先に感じたのは、師の純粋な思いでした。大多数が眉唾ものと敬遠されるようなことに対して、自然体で己の思いを語るということは、そう出来ることではありません。エイリアンにさんを付けて話される師のお話に思わず引き込まれてしまいました。
宇宙を理解しようとする。ただそれだけがあって、他の既成概念にこだわらない。禅の心の実際を見せていただきました。そんな気がしてなりません。
ほとんど私は、自分の思いを話せませんでしたが、とても幸福を感じました。そこには私の心を安らかにさせてくれる気が確かに流れているのです。
これは体験でしか味わえない、まさに気の質といえばいいのでしょうか。
私は、信仰と体験という思いを、少しだけ口にしました。
師は信仰と信心は違う。信心は大切ですと言われた。心を信じる事がなければ、あなたは存在しないという意味なのかもしれません。
病気とは心が信じられない状態をいうのです。
深い言葉だと思いました。
心をのしてんてんと題して、絵を描き続けてきた。それはそれでいいのだよと、言ってくれているような、ありがたい時間を共有させていただきました。
ありがとうございました。
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