旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

長楽寺

2008年11月30日 | 旅 歴史
 今日は群馬県太田市(尾島町)世良田にある長楽寺を紹介いたします。
 長楽寺の開基は新田義重の子である新田義季(よしすえ)です。のちに徳川義季と徳川姓を名乗った人物です。臨済宗の祖である栄西の高弟釈円房栄朝を開山として承久3年(1221)に創建されました。東日本で最初の禅寺です。
 東国の禅文化発祥の寺として創建当時は500人を超える僧が修行に励んんでいたそうです。入宋した僧も多く、日本仏教史に多大な影響を与えたようです。
  慶長8年(1603)征夷大将軍となった家康は、祖先の建立した寺として長楽寺に寺領を寄進しました。天海僧正を住職に任じて寺の復興にあたらせたのです。臨済宗から天台宗の寺にして荒廃した堂塔を修理しました。そして末寺七百余ヶ寺を擁する大寺院となったのです。
 元和2年(1616)家康は駿府で75年の生涯を閉じました。遺体は一旦久能山に葬られ、翌年日光に改葬されました。20年後、三代将軍家光により日光の東照宮が完成しました。
 天海は日光東照宮の輪王寺の住職も兼ねていたことから寛永17年(1640)日光東照宮の旧宮を境内に移築して東照宮を勧請したのでした。寛永21年(1644)遷座式が行なわれましたが天海は前年に没したため立ち会えなかったそうです。
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世良田東照宮

2008年11月29日 | 旅 歴史
 今日は群馬県太田市(尾島町)世良田にある世良田東照宮を紹介します。
 世良田東照宮は長楽寺住職天海僧正の発願により、日光から長楽寺境内に寛永21年(1644)創建されました。この場所は新田氏の開祖新田義重の居館があった所といわれています。
 創建の時、社殿は日光東照宮の奥社の拝殿や宝塔などを移築しました。桃山時代の建築様式をよく遺す入母屋造の拝殿、巣籠もりの鷹が有名な一間社流造の本殿は唐門とともに国の重要文化財に指定されています。
 家康の先祖の新田義季(よしすえ)はここ上野国世良田荘徳川郷(現在の尾島町世良田)に住んでいました。そして徳川義季と改名して徳川姓を名乗ったのです。
 その後、8代目の徳川親氏(ちかうじ)は三河国加茂郡松平郷に移り、郷主であった松平太郎左衛門の娘婿となり松平姓を名乗るようになったそうです。そして家康は、松平氏8代目、岡崎城主広忠の嫡男として生まれたのです。
 世良田東照宮は幕府の手厚い保護を受け、社殿の修復は幕府の財政により行なわれたそうです。「お江戸見たけりゃ世良田へござれ」という歌も残っています。石燈篭は宝暦13年(1763)前橋藩の松平朝矩などが寄進しています。
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大光院

2008年11月17日 | 旅 歴史
 今日は群馬県太田市金山町にある大光院を紹介します。
 大光院は金山南麓にある浄土宗の寺院で、俗に呑竜さまといわれ、安産、育児の願かけに大勢の女性たちが集まります。
 慶長18年(1613)徳川家康が先祖である新田義重の菩提を弔うために建立した寺だそうです。
 初代住職に迎えられた呑龍(どんりゅう)上人は芝増上寺の観智国師の門弟で四哲の一人といわれた名僧です。
 呑龍は当時、多くの子供が間引かれて殺されていた事を憂い、これらの子供を弟子として引き取って養育したのです。このことから子育て呑龍という名で慕われたのです。
 大光院本堂は慶長18年(1613)開創以来の建築です。大正14年(1925)に大改修されました。中央須弥壇上に安阿弥快慶が作製した本尊阿弥陀仏を安置しています。
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旧富沢家住宅

2008年11月10日 | 旅 歴史
 今日は群馬県中之条町大字大道にある旧富沢家住宅を紹介します。
 江戸時代から25代受け継がれた新田村の名主の家です。
 大型養蚕農業の代表的な建物で、国の重要文化財に指定されています。
 茅葺き屋根で重厚な雰囲気がある入母屋造りです。
 1階には広い土間があり、2階は養蚕用の部屋があります。
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日向見薬師堂

2008年11月08日 | 旅 歴史
 今日は中之条町大字四万にある日向見薬師堂を取り上げてみます。
 日向見にある薬師堂は国の重要文化財です。慶長3年(1598)に建立された、室町時代の建築様式を残す建物です。
 美しい茅ぶき屋根の薬師堂は、全国でも珍しい和洋と禅宗様式の折衷建築です。一重の寄せ棟造りで屋根を茅葺きとしています。
 正面、側面ともに三間です。前方二間は外陣、後方一間は内陣として、その境に格子戸をはめこんでいます。
 方一間の鏡天井を支える内部架構の出組や桝の形、木鼻の絵文様、渦巻きの形などが室町時代の特徴を表しています。
 薬師堂の前にあるお籠堂は町指定の重要文化財で慶長19年(1614)に建てられたそうです。湯治客が病気を治すために定められた日数をここで籠もってお祈りなどしたそうです。
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青麻山薬王寺

2008年11月06日 | 旅 歴史
 今日は群馬県中之条町大字四万青麻山薬王寺を紹介します。
 青麻山薬王寺にある諸天善神薬大菩薩は法華の守護で病を治癒してくれる良医として崇められています。
 薬王寺は昔から中風除けの寺としても知られています。境内に引かれた湧水は薬王水とよばれています。
 昔からこの薬王水を飲むことによって中風にならないと信じられていたそうです。
 四万の温泉は胃腸病に効能があり、無病息災を願う人たちが多く訪れているそうです。
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