旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

蓮長寺

2020年11月30日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市油阪町に蓮長寺(れんちょうじ)があります。
 光映山蓮長寺は日蓮宗のお寺です。開創年代は不明ですが、奈良時代の末頃といわれています。応仁2年(1468)に住持だった即俊が日蓮を霊夢に見て日蓮宗に改宗し、本圀寺11世の大聖院日尭を開山にして寺号を喜見院と改めました。文明元年(1469)本堂、番神堂を建立しましたが、元亀・天正の頃の火災で灰燼に帰しました。
  本国寺執事の喜見院日便らの力で承応2年(1653)本堂を移築し、庫裡、山門などを再建し、寺号も日蓮出家の時の名の「蓮長」を付けて光映山蓮長寺と改めました。本堂は大和郡山城主豊臣秀長が建立した「西岸寺」の本堂を移築したと伝えられていて、国の重要文化財に指定されています。

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旧奈良女子高等師範学校奉安殿

2020年11月29日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市北魚屋西町に奈良女子大学(旧奈良女子高等師範学校)があります。
 旧奈良女子高等師範学校の奉安殿は創立25周年を記念して昭和9年(1934)に建てられたものです。天皇・皇后の写真(御真影)や教育勅語を納めていた建物です。第二次大戦後GHQなどからの指令で全国のほとんどの奉安殿は解体されました。遺伝研究用のショウジョバエの飼育室として許可をもらい解体を免れたそうです。

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旧奈良女子高等師範学校正門

2020年11月28日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市北魚屋西町に奈良女子大学(旧奈良女子高等師範学校)があります。
 旧奈良女子高等師範学校の正門は中央の両開扉と両脇の片開扉で構成されています。門柱や上部の照明器具の意匠に配慮が払われています。旧本館の附(つけたり)指定で平成6年(1994)に国の重要文化財に指定されています。

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旧奈良女子高等師範学校守衛室

2020年11月27日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市北魚屋西町に奈良女子大学(旧奈良女子高等師範学校)があります。
 旧奈良女子高等師範学校からの守衛室は現在も使われています。木造、十字形平面の鉄板葺きで、建築面積は20平方mと小さな建物です。屋根の棟飾りや窓廻りを旧本館と同じような意匠でまとめています。旧本館と同じく平成6年(1994)に国の重要文化財に指定されています。

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旧奈良女子高等師範学校本館

2020年11月26日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市北魚屋西町に奈良女子大学(旧奈良女子高等師範学校)があります。
 旧奈良女子高等師範学校の本館は2階建て、桟瓦葺きの建物で、建築面積は495平方mの大きな校舎です。明治42年(1909)に建てられています。屋根の中央に塔屋があり、正背面に各2カ所、両側面に各1カ所、ドーマー窓が設けられています。外壁の一部をハーフテンバー形式にし、正面中央に玄関ポーチを配しています。
 1階には校長室、応接室などがあり、2階は、全体が講堂になっているようです。奈良女子高等師範学校時代から受け継がれてきた貴重な資料が保管され、「奈良まちかど博物館」に指定されています。厳粛でモダンな設計は文部省の山本冶兵衛が中心に行ったそうです。平成6年(1994)に国の重要文化財に指定されています。

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奈良女子大学(旧奈良女子高等師範学校)

2020年11月25日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市北魚屋西町に奈良女子大学(旧奈良女子高等師範学校)があります。
 奈良女子大学は、明治41年(1908)に女子教員の養成を目的として設置された奈良女子高等師範学校をその前身としています。明治44年(1911)には附属小学校と附属高等女学校が開校され、翌年には附属幼稚園が保育を開始しました。
 昭和24年(1949)、国立学校設置法の公布により、奈良女子大学になり、現在は文学部、理学部、生活環境学部(旧家政学部)があります。現在の奈良女子大記念館は旧本館であった建物で明治42年(1909)に建てられた校舎です。守衛室、正門とともに国の重要文化財に指定されています。

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般若寺石燈籠

2020年11月24日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の本堂前に立つ石燈籠は総高3.14mの花崗岩製で鎌倉時代後期に造られたと考えられています。基台、中台、火袋、宝珠部は当初のもので、豊かな装飾性を持っています。火袋部には鳳凰、獅子、牡丹唐草を浮彫りにしています。古来から「般若寺型」「文殊型」と呼ばれる石燈籠です。

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般若寺笠塔婆2基

2020年11月23日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の笠塔婆2基は十三重石塔を建てた伊行末の息子・伊行吉(いぎょうきち)によって建立されました。花崗岩製で南塔は総高4.46m、北塔は4.76mです。父の一周忌にあたり、一基は父の追善のため、一基は母のため建立したようです。刻まれた梵字漢字は鎌倉時代独特の雄渾な「薬研彫り」の代表例とされ、他の銘文は石造美術の貴重な資料となっています。
 現在、笠塔婆は本堂の手前右側に建てられていますが、もとは寺の南にあった般若野五三昧(平安期、畿内の代表的な五火葬場)南都の惣墓の入口に建てられていたそうです。明治初年(1868)の廃仏毀釈に遭い破壊され、明治25年(1892)にここ般若寺に移されたようです。「考古資料」として国の重要文化財に指定されています。

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般若寺鐘楼

2020年11月22日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の鐘楼は元禄7年(1694)に建てられています。梵鐘は江戸時代初期のもので、西大寺の奥の院から来たといい伝えられています。元禄の工事の時、地中に石室があり、その中から忍性が埋葬した「如意宝珠」が見つかったそうです。現在、宝珠は失われていますが納入箱は現存しているそうです。  正岡子規が 「般若寺の 釣鐘ほそし 秋の風」 と詠んでいます。

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石造十三重塔内納置品

2020年11月21日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 石造十三重塔内納置品は昭和39年(1964)、十三重塔の解体修理の際、各層の中から発見された遺品です。銅造如来立像は創建時に入れられたもので、第五重目軸石上面の納入孔に赤地蓮池水禽文錦の打敷につつんで納置されていたのもので、大造りな目鼻立ちや手足の造作は、奈良時代小金銅仏の貴重な遺品です。水晶五輪塔、宋版細字法華経等の経巻類、仏像など多数にわたっています。これらは昭和42年(1967)に国の重要文化財に指定されました。

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般若寺十三重石塔

2020年11月20日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の十三重石塔は花崗岩製で、総高14.2m、基壇までは12.3mです。建長5年(1253)頃に南宋から来日した石工・伊行末(いぎょうまつ)によって建てられました。初重軸には四面に四方仏が描かれています。東面に薬師、西面に阿弥陀、南面に釈迦、北面に弥勒が刻まれています。日本の代表的な石塔の一つで、明治35年(1902)に国の重要文化財に指定されています。

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般若寺経蔵

2020年11月19日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の経蔵は間口3間、奥行2間、単層、切妻造り、本瓦葺きの建物で鎌倉時代後期の建治から元弘年間(1275-1332)頃に建てられたと思われます。お経の全集である一切経(大蔵経)を収納するためのお堂で、「元版一切経(5500巻)」の800巻余りがこの般若寺に残っています。
 建物は建立当初は経蔵ではなく、床のない全面開放の形式で建てられ、鎌倉時代末期に経蔵に改造されたようです。三方に経棚があり天井は垂木が見える化粧屋根裏となっているそうです。経蔵の本尊は、廃仏毀釈で廃寺となった超昇寺の脇仏で、室町時代に造られた十一面観世音菩薩です。般若寺の経蔵は昭和44年(1969)に国の重要文化財に指定されています。

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般若寺本堂

2020年11月18日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の本堂は2度の兵火で焼失し、上棟の銘から寛文7年(1667)に再建された建物です。奈良県の有形文化財に指定されています。間口5間、奥行4間、入母屋造り、本瓦葺きで、正面に1間の向拝を付けています。本堂には文永4年(1267)に造られた丈六の文殊菩薩が本尊として安置されていました。
 延徳2年(1490)の火災で本尊は焼失し、経蔵の秘仏を本堂に遷し、本尊八字文殊菩薩騎獅像(はちじもんじゅぼさつきしぞう)として安置しました。この像は正中元年(1324)に後醍醐天皇親政を祈願して康俊(こうしゅん)・康成(こうせい)の二人の仏師により造られたもので、国の重要文化財に指定されています。

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般若寺楼門

2020年11月17日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 般若寺の楼門は鎌倉時代前期の文永年間(1264-1274)頃に再建された建物です。入母屋造り、本瓦葺きの一間一戸の楼門で、昭和28年(1953)に国宝に指定されています。京街道に面し、西を正面として建つ伽藍の回廊西門に当たり、正門である南大門や中大門は兵火で焼失しています。
 楼門は下層は1間、上層は3間となっています。長押(なげし)を多用し、和様を基調としていますが、肘木(ひじき)や実肘木(さねひじき)は繰形で大仏様の意匠を多用しています。上層の出組の組物は、外部から見ると複雑な構造に見えますが、内部では柱が直接桁に達する単純な構造で、組物は使われていません。非常に珍しい構造です。

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般若寺

2020年11月16日 | 旅 歴史

 奈良県奈良市般若寺町に般若寺(はんにゃじ)があります。
 法性山般若寺は真言律宗のお寺で、コスモス寺の名で知られています。東大寺の大仏殿の北方、奈良坂と呼ばれる登り坂を登りきった所に建てられています。京街道沿いにあり、大和(奈良県)と山城(京都府)を結ぶ、古代以来重要な場所であったため戦乱の巻き添えになりました。
 寺伝では舒明天皇元年(629)、高句麗の僧・慧灌(えかん)が・文殊菩薩像を安置して一宇を創建したのが起こりで、白雉5年(654)、孝徳天皇の病気平癒祈願のために蘇我日向臣が伽藍を建立、天平7年(735)、聖武天皇の勅により、行基がさらに堂塔を造営し、鬼門鎮護の定額寺に定められたと伝えられています。
 奈良時代には官寺として栄え、般若寺千坊と呼ばれるくらい繁栄しましたが、後に衰退します。寛平7年(895)頃、観賢僧正(かんけんそうじょう)が中興し学問寺の名を高めました。しかし治承4年(1180)、平重衡による南都焼き討ちの際に、東大寺、興福寺などとともに焼け落ちてしまいました。
 鎌倉時代に入り十三重石塔が造営され、さらに西大寺の僧・叡尊(えいぞん)や忍性によって本堂が再建されました。文永4年(1267)には丈六の文殊菩薩像を本尊として安置しました。般若寺と南朝との結び付きは深く、南北朝の争いでは、大塔宮護良(もりよし)親王が唐櫃(からびつ)に身を隠して難を逃れたそうです。
 室町時代に文殊堂、地蔵堂などが焼失し、延徳2年(1490)の火災で丈六の本尊が焼失し、永禄10年(1567)の松永弾正と三好3人衆の争いの兵火で中心伽藍が焼失し衰退しました。明治初期の廃仏毀釈で荒れ果て、無住となり、本山の西大寺が管理しました。第二次大戦後になって諸堂の修理が行われ、境内が整備されました。
 境内には国宝の楼門をはじめ、経蔵、十三重石塔、十三重塔内納置品、笠塔婆2基が国の重要文化財に指定されています。奈良国立博物館に寄託している銅造薬師如来立像、嵯峨天皇の宸筆・木造寺門扁額、厨子入舎利塔のほか木造文殊菩薩騎獅像など国指定重要文化財を所蔵しています。

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