旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

吉野ヶ里遺跡

2010年11月30日 | 旅 歴史
 佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手にある吉野ヶ里遺跡です。
 吉野ヶ里遺跡は、佐賀県神埼郡の神埼(かんざき)町・三田川(みたがわ)町・東脊振(ひがしせふり)村の3つの町村にまたがった我が国最大の弥生時代の環壕集落遺跡です。 
 この遺跡は(1986)からの発掘調査によって発見され、現在は国営吉野ヶ里歴史公園として一部を国が管理する公園となっています。
 物見やぐらや二重の環濠など敵からの侵入を防ぐ工夫がなされていて日本の城郭の始まりとも推察されています。平成18年(2006)、日本百名城にも選ばれています。
 環濠の内部からは千戸以上の竪穴住居跡や、物見やぐらとみられる数ヵ所の建物跡、高床倉庫と推定される堀立柱建物群が見つかっています。また、有柄銅剣やガラス製管玉などが出土され、国の重要文化財に指定されています。
 また、首長を葬る「墳丘墓」やたくさんの「かめ棺墓地」も見られます。首なし人骨なども含め多数の人骨が発見されています。
 紀元前3世紀から紀元後3世紀までの弥生時代は、日本で稲作の文化が始まり、定住文化が根付いた日本の文化の原点ともいえる時代です。この遺跡は日本の様子を記した最古の記録である魏志倭人伝に出てくる「邪馬台国」に酷似しており国の特別史跡にも指定されています。


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泉福寺仏殿

2010年11月29日 | 旅 歴史
 大分県東国東市国東町横手馬場にある泉福寺仏殿です。
仏殿は大永4年(1524)に建立されました。九州では希な室町時代後期の禅宗様仏殿です。大雄殿とも呼ばれ国の重要文化財に指定されています。


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泉福寺開山堂

2010年11月28日 | 旅 歴史
 大分県東国東市国東町横手馬場にある泉福寺の開山堂です。
 開山堂は応永年間(1394-1427)に開祖無著禅師の墓の覆屋と礼堂を兼ねて造られたもので、墓と木像が安置されています。現存する建物は寛永13年(1636)に古材を用いて再建されたもので国の重要文化財に指定されています。


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泉福寺

2010年11月27日 | 旅 歴史
 大分県東国東市国東町横手馬場にある泉福寺です。
 妙徳山(みょうとくさん)泉福寺(せんぷくじ)は曹洞宗のお寺です。長年全国こども相談室を担当した無着成恭さんが住職を務めています。
 永和元年(1375)、大友氏の一族の田原氏能が、母の発願によって無著妙融(むちゃくみょうゆう)禅師を開山として創建したと伝えられています。
 天正9年(1581)、キリシタン大名である大友宗麟による焼き討ちに遭い、開山堂、仏殿(大雄殿)以外は焼失したそうです。その後、慶長10年(1605)に当時中津藩主であった細川忠興によって再興され、江戸時代には九州曹洞宗の総本山として栄えました。

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文殊仙寺

2010年11月26日 | 旅 歴史
 大分県国東市国東町大恩寺にある文殊仙寺です。
 峨眉山(がびさん)文殊仙寺(もんじゅせんじ)は、天台宗のお寺です。国東半島のほぼ中央に位置する文殊山(617m)の東北側の中腹にあります。
 伊勢の朝熊(あさま)、丹後宮津の智恩寺とともに日本三文殊のひとつに数え上げられ、三人寄れば文殊の知恵の発祥の地とされています。
 大化4年(648)に、中国の五台山から迎えた文殊菩薩を本尊とし、役小角(えんのおずぬ)により創建されたといわれています。平安から鎌倉時代には六郷満山の末山本寺として栄えたそうです。江戸時代には杵築藩主松平公の祈願所でもありました。
 参道の入口の仁王像を通り、長い石段を登ると山門、客殿(不動堂)、鐘楼や、日本一大きいとされる高さ約9mの宝篋印塔があります。奥には本尊の文殊菩薩が安置されている本殿奥の院文殊堂があります。


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岩戸寺

2010年11月25日 | 旅 歴史
 大分県国東市国東町岩戸寺にある岩戸寺です。
 石立山(いしだてさん)岩戸寺は国東半島の北東部にある天台宗のお寺です。養老2年(718)に仁聞の開基と伝えられている古刹です。
 岩戸寺は六郷満山の末山本寺でした。桜並木の参道の奥に本堂、講堂、鐘堂があります。本堂の西側から奥之院へ登る参道の途中に岩戸寺石塔があります。

岩戸寺石塔P21902361.jpg
 岩戸寺石塔は岩戸寺国東塔とも呼ばれています。弘安6年(1283)納経のために造立したという銘文が刻まれています。国東塔の中では大分県最古の物で国の重要文化財に指定されています。


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両子寺

2010年11月24日 | 旅 歴史
 大分県国東市安岐町両子にある両子寺です。
 足曳山両子寺(ふたごじ)は、両子山中腹にある天台宗のお寺です。養老2年(718)に仁聞(にんもん)の開基と伝えられる六郷満山の中山(なかやま)本寺で、修行の中心地として隆盛を極めました。
 六郷満山は宇佐の八幡神信仰と天台宗修験道が結びつき、複雑な宗教体系のもとに発達したお寺の集団です。学問場の本山(もとやま)、修練場の中山、布教場の末山(すえやま)に分けた独特の組織で平安時代末期に全盛を極めました。
 境内は広く全域が県指定の史跡にされています。護摩堂、書院、稲荷堂、大講堂、奥之院などの建物や国東塔、百体観音、仁王像などが配されています。
 護摩堂は、山岳修行の根本道場です。本尊不動尊をはじめ観音菩薩、阿弥陀如来、毘沙門天、歓喜天などが祀られています。明治2年(1869)焼失後、明治25年(1892)焼失前の堂宇と同じように再建されています。


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鬼会の里歴史資料館

2010年11月23日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市大字長岩屋にある鬼会の里歴史資料館です。
 天念寺耶馬の直下にある鬼会の里歴史資料館は長岩屋の伝統文化の伝習施設です。ここは長岩屋地区住民で構成している天念寺周辺整備開発委員会によって運営されているそうです。
 天念寺周辺の環境整備の促進と修正鬼会(しゅじゅうおにえ)の保存と継承、都市交流を目的にしています。国指定重要文化財の木造阿弥陀如来立像や勢至菩薩、千手観音が展示され、修正鬼会の資料や鬼会のビデオなども観ることができます。
 国東半島の六郷満山に伝わる伝統行事「修正鬼会」は江戸時代までは国東半島の天台宗の各寺で行なわれていました。今では、この天念寺(豊後高田市)と成仏寺(国東市)、岩戸寺(国東市)の3ヶ所で行なわれています。西満山に属している天念寺では毎年行われ、東満山の成仏寺と岩戸寺では隔年交代で行なわれます。五穀豊穣 国家安泰、無病息災、万民快楽を祈願する火祭りの行事で、旧正月に行なわれます。


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川中不動

2010年11月22日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市長岩屋にある川中不動です。
 修正鬼会で有名な天念寺の前に天念寺川が流れています。この川の中に巨岩があり、不動三尊が刻まれています。
 高さ3.23mの不動明王像、高さ2.05mの矜羯羅(こんがら)童子、高さ1.73mの制多迦(せいたか)童子像です。天念寺の水害除けに刻まれた室町時代の作と推定されています。


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天念寺

2010年11月21日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市大字長岩屋にある天念寺です。
 長岩屋山天念寺(てんねんじ)は、天台宗のお寺です。天念寺川の源流部に近い山間にあります。六郷満山中山本寺十か寺の一つです。
 天念寺耶麻とも呼ばれる奇岩を背にして本堂、庫裏、講堂、六所権現社などが建っています。本堂には木彫仏5体があります。県の有形文化財に指定されています。
 六郷満山の開基と伝えられる仁聞が、国家安穏・五穀豊穣・無病息災等の諸願をかけて大法要を行った修正鬼会(しゅじゅうおにえ)が続けられています。以前は六郷満山六十五ヶ寺で実施されていましたが、現在は天念寺と国東町の岩戸寺と成仏寺の3ヶ所のみ伝統を引き継いでいます。これは国の重要無形文化財に指定されています。
 六郷満山は宇佐の八幡神信仰と天台宗修験道が結びつき、複雑な宗教体系のもとに発達したお寺の集団です。学問場の本山(もとやま)、修練場の中山、布教場の末山(すえやま)に分けた独特の組織で平安時代末期に全盛を極めました。


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真木大堂

2010年11月20日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市田染真木にある真木大堂です。
 奈良時代末から鎌倉時代にかけて国東半島には「六郷満山」とよばれた65ものお寺がありました。真木大堂は本山本寺の一つとして最大寺院だった伝乗寺の遺跡なのです。
 現存する9体の仏像は七堂伽藍を誇ったかつての栄華を偲ばせるものです。藤原仏傑作で国の重要文化財に指定されています。本尊の木造阿弥陀如来座像は寄木造で2.17mの巨像です。白牛に乗り火焔光背を背負った大威徳明王像は大威徳明王像としてはわが国最大の1.29mです。
 この大堂に隣接して古代文化公園があります。国東塔、五輪塔、など170点余りの石造遺物が集められています。


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元宮磨崖仏

2010年11月19日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市大字真中にある元宮磨崖仏です。
 元宮磨崖仏は、室町時代の磨崖仏です。熊野磨崖仏、鍋山磨崖仏とともに「熊野磨崖仏附元宮磨崖仏及び鍋山磨崖仏」として国の史跡に指定されています。
 2.03mの不動明王を中心に、右に1.2mの矜羯羅(こんから)童子、2.2mの毘沙門天、左に1.88mの持国天、1.22mの地蔵菩薩の5体の尊像が半肉彫りで刻まれています。


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富貴寺

2010年11月18日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市田染真木にある富貴寺です。
 蓮華山富貴寺(ふきじ)は天台宗のお寺で養老2年(718)仁聞(にんもん)の開基と伝えられています。阿弥陀堂でもある国宝の富貴寺大堂(おおどう)は、中尊寺金色堂、平等院鳳凰堂と並ぶ日本三大阿弥陀堂に数え上げられています。
 富貴寺大堂はカヤの木の素木造りで、屋根は宝形造(ほうぎょうづくり)です。瓦の葺き方は、上方がすぼまり、下方が開いた特殊な形の瓦を次々に差し込んでいくもので「行基葺き」と呼ばれる特殊なやり方です。
 正面桁行3間、梁間4間で、正面幅よりも奥行が長く、堂内は中の間の方1間を内陣として、その4隅に円柱を建て、本尊の木造阿弥陀如来座像を安置しています。この本尊も阿弥陀堂と同じ時期に造られたとみられ、国の重要文化財に指定されています。
 小さな堂で、扉など、後世の修理で取りかえられていますが、九州最古の平安木造建造物であり、六郷山の寺院群の最盛期をしのばせる数少ない遺物です。


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熊野磨崖仏

2010年11月17日 | 旅 歴史
 大分県豊後高田市田染平野にある熊野磨崖仏です。
 熊野磨崖仏は今熊野山胎蔵寺(いまくまのさんたいぞうじ)から鬱蒼と生い茂る杉木立の急な石段を300mほど登っていくと左手に現れます。
 この石段は鬼が一夜にして積み上げたという伝説が残っています。磨崖仏は2体刻まれています。高さ8mの不動明王と6.88mの大日如来です。ともに国の史跡と国の重要文化財に指定されています。。
 この磨崖仏はわが国でも屈指の大きさを持っています。2体とも上半身だけ刻まれ、不動明王は微笑をたたえています。大日如来の頭上には種子曼荼羅が彫られています。平安時代末期の造像と推定させています。



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大分県立歴史博物館

2010年11月16日 | 旅 歴史
 大分県宇佐市大字高森字京塚にある大分県立歴史博物館です。
 平成10年(1981)史跡公園「宇佐風土記の丘」にオープンしました。前身は昭和56年(1981)に開設された県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館です。
 富貴寺大堂や臼杵石仏など大分県内の国宝を実物大で復元した展示や、「豊の国・おおいたの歴史と文化」をテーマにした常設展示をしています。
 大分県立歴史博物館がある宇佐風土記の丘は、九州有数の大規模な古墳群である川部・高森古墳群内に位置しています。


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