熊本地震で被災された方に謹んでお見舞い申し上げます。
私も三年ほど転勤で熊本で暮らした事があります。
とら母や寅次郎も一緒に暮らした地で、知り合いや職場もあり、全く知らない土地では無いだけに余計に気がかりです。
東北の地震がまだ記憶に新しいのに、また大地震が来て、それがなぜ熊本なのかと思ってしまいます。
一日も早く落ち着いた生活に戻られる事を願っています。
こんなときにブログを書くのもどうかと思いましたが、普段と変わらない生活ができているのなら、きちんと書き続けることも大切かと思い、書くことにしました。
今日は娘の事を少し書きます。
遅くに生まれた娘で今3歳8ヶ月になります。
これまで保育所とかに預けずに来ました。
その娘がこの春から幼稚園に通い始めることになりました。

いろんな考えがありますが、自分は幼稚園くらいまではよそに預けず、そばに居る人がいつだって自分達であった方がいいと思う方です。
事情があって預けなければならない家庭があったり、自分達の時間を作るために預けるなど親の考えも人それぞれで、まして人生の善し悪しなんて
その時々の局面で変わるもの。
なので何がいいかは分かりません。
それでも一番手のかかるこの時はやっぱり母親であったり、父親がいつも寄り添ってあげるべきではと思えてなりません。

ずっと家に居たので、友達という友達は数人ほど。
他の子供と遊ぶのが好きで、公園に行くと知らない子でも遊んでいるのを見かけると自分から入って行こうとします。
友達と楽しそうに遊ぶ姿を見ていたら、保育所に預けたらもっと楽しさを満たしてあげれるかもしれないという葛藤を抱えながら今日まできました。

公園では一緒に遊んでくれる子が居る反面、同じくらいの年でも露骨に嫌がる子も居て、今がこんなんだと大人になったらどうなるんだろうかなんて
考えることもよくありました。
10歳くらい、学齢でいうと小学校の4年生くらいの子なら、男の子よりも女の子の方が優しく受け入れてくれるように思えます。
お姉ちゃん達と遊んでいる姿を見ると微笑ましく思え、娘もそんなお姉ちゃんになってくれればと思います。

先日の健診で言葉の理解度が少し低いと言われました。
会話もそうですが、挨拶一つとってもまだ理解していないところもあって、家に帰り着いて『ただいま』と言っても、『ただいま』と返事が返ってきます。

感覚的にはまだ2歳半程度くらいに思えます。
それを危惧しているとかではなく、今の彼女の発育がそこなんだと思って見ています。

私たちの言う事を“おうむ返し”のように言うのもそれはそれで良いもの。
これもまた、今しかないものなのかと思ってしまいます。

入園前のプレ保育や、制服合わせがあって彼女の中に少し幼稚園の存在が大きくなってくる中、入園する一週間くらい前から『幼稚園に行くよ』って
言って聞かせました。
その度に娘は『ようちえん~、ようちえん~』って感じで、分かっているのか分かっていないのか分からない返事でしたが、それでもおぼろげながらに
幼稚園に行くことを楽しみにしているように見えました。


初めての幼稚園。

初めての集団生活。

今何を考えているんだろうか。

変に大人の方が色々と考えてる気がします。

自分がその時どうだったか思い出そうとしても覚えていない。

今までは外からうらやましく、見るしかできなかった園庭のアンパンマンも・・・

今日からはお友達。

44年前・・・・

私もこの幼稚園に入園しました。
年少さんが“まつくみ”で年長さんが“ばらくみ”でした。

自分も遊んだ大きな亀さん。

今度は娘が遊ぶ大きな亀さん。

幼稚園の思い出って・・・
先生がきれいで好きになったことや、毎日帰りがけに肝油を一粒もらって食べたこと。
あとは・・・あまり覚えていない。

昔、知り合いに幼稚園の先生の子がいました。
毎日朝早くから幼稚園に行き、夜遅くまで仕事をしていました。
休みの日も家でしかできないといって持ち帰って仕事をしていました。
毎日が戦争とよく言っていたのを覚えています。

その子に幼稚園と保育園の違いはって聞いたことがありました。
その子はこう言いました。
幼稚園は教育機関だと。
それを誇りに思っているように感じました。

担任の先生がどんな方か詳しくはわかりません。
ただお手紙帳や園日記を読むと、書くだけでも大変なのが伝わってきます。
昔、友達がそんなふうだったように。

娘にとって新しい社会の始まり。

あれから一週間が過ぎ、毎日楽しく幼稚園に行っています。
帰りも30分間だけ解放してくれている園庭で最後まで遊んでいると、とら母が言っていました。
早くに保育所に預ければと迷った事もありましたが、娘もそのときの気持ちがあっての幼稚園の存在だと思うと、間違いでは無かったと思います。
新しい友達が沢山できていっぱい楽しんでくれることを願っています。
いつもながらに親バカな日記で申し訳ありません。
OKUTEC店長
私も三年ほど転勤で熊本で暮らした事があります。
とら母や寅次郎も一緒に暮らした地で、知り合いや職場もあり、全く知らない土地では無いだけに余計に気がかりです。
東北の地震がまだ記憶に新しいのに、また大地震が来て、それがなぜ熊本なのかと思ってしまいます。
一日も早く落ち着いた生活に戻られる事を願っています。
こんなときにブログを書くのもどうかと思いましたが、普段と変わらない生活ができているのなら、きちんと書き続けることも大切かと思い、書くことにしました。
今日は娘の事を少し書きます。
遅くに生まれた娘で今3歳8ヶ月になります。
これまで保育所とかに預けずに来ました。
その娘がこの春から幼稚園に通い始めることになりました。

いろんな考えがありますが、自分は幼稚園くらいまではよそに預けず、そばに居る人がいつだって自分達であった方がいいと思う方です。
事情があって預けなければならない家庭があったり、自分達の時間を作るために預けるなど親の考えも人それぞれで、まして人生の善し悪しなんて
その時々の局面で変わるもの。
なので何がいいかは分かりません。
それでも一番手のかかるこの時はやっぱり母親であったり、父親がいつも寄り添ってあげるべきではと思えてなりません。

ずっと家に居たので、友達という友達は数人ほど。
他の子供と遊ぶのが好きで、公園に行くと知らない子でも遊んでいるのを見かけると自分から入って行こうとします。
友達と楽しそうに遊ぶ姿を見ていたら、保育所に預けたらもっと楽しさを満たしてあげれるかもしれないという葛藤を抱えながら今日まできました。

公園では一緒に遊んでくれる子が居る反面、同じくらいの年でも露骨に嫌がる子も居て、今がこんなんだと大人になったらどうなるんだろうかなんて
考えることもよくありました。
10歳くらい、学齢でいうと小学校の4年生くらいの子なら、男の子よりも女の子の方が優しく受け入れてくれるように思えます。
お姉ちゃん達と遊んでいる姿を見ると微笑ましく思え、娘もそんなお姉ちゃんになってくれればと思います。

先日の健診で言葉の理解度が少し低いと言われました。
会話もそうですが、挨拶一つとってもまだ理解していないところもあって、家に帰り着いて『ただいま』と言っても、『ただいま』と返事が返ってきます。

感覚的にはまだ2歳半程度くらいに思えます。
それを危惧しているとかではなく、今の彼女の発育がそこなんだと思って見ています。

私たちの言う事を“おうむ返し”のように言うのもそれはそれで良いもの。
これもまた、今しかないものなのかと思ってしまいます。

入園前のプレ保育や、制服合わせがあって彼女の中に少し幼稚園の存在が大きくなってくる中、入園する一週間くらい前から『幼稚園に行くよ』って
言って聞かせました。
その度に娘は『ようちえん~、ようちえん~』って感じで、分かっているのか分かっていないのか分からない返事でしたが、それでもおぼろげながらに
幼稚園に行くことを楽しみにしているように見えました。


初めての幼稚園。

初めての集団生活。

今何を考えているんだろうか。

変に大人の方が色々と考えてる気がします。

自分がその時どうだったか思い出そうとしても覚えていない。

今までは外からうらやましく、見るしかできなかった園庭のアンパンマンも・・・

今日からはお友達。

44年前・・・・

私もこの幼稚園に入園しました。
年少さんが“まつくみ”で年長さんが“ばらくみ”でした。

自分も遊んだ大きな亀さん。

今度は娘が遊ぶ大きな亀さん。

幼稚園の思い出って・・・
先生がきれいで好きになったことや、毎日帰りがけに肝油を一粒もらって食べたこと。
あとは・・・あまり覚えていない。

昔、知り合いに幼稚園の先生の子がいました。
毎日朝早くから幼稚園に行き、夜遅くまで仕事をしていました。
休みの日も家でしかできないといって持ち帰って仕事をしていました。
毎日が戦争とよく言っていたのを覚えています。

その子に幼稚園と保育園の違いはって聞いたことがありました。
その子はこう言いました。
幼稚園は教育機関だと。
それを誇りに思っているように感じました。

担任の先生がどんな方か詳しくはわかりません。
ただお手紙帳や園日記を読むと、書くだけでも大変なのが伝わってきます。
昔、友達がそんなふうだったように。

娘にとって新しい社会の始まり。

あれから一週間が過ぎ、毎日楽しく幼稚園に行っています。
帰りも30分間だけ解放してくれている園庭で最後まで遊んでいると、とら母が言っていました。
早くに保育所に預ければと迷った事もありましたが、娘もそのときの気持ちがあっての幼稚園の存在だと思うと、間違いでは無かったと思います。
新しい友達が沢山できていっぱい楽しんでくれることを願っています。
いつもながらに親バカな日記で申し訳ありません。
OKUTEC店長