この先も猛暑は続きそうだが、確実に夏は終わりに近づいている。そこで、8月最後の休 日をソロツーリングで締めくくることにした。このところ、ソロと言えば信州白樺湖を目的地にしていたが、今年は何度も行っているので、最近ずっと行っていない飛騨高山に行くことにした。金曜日に休みをとることができたので、すいていそうな金土の2日間を使って出かけた。
<8月27日>
今年の夏は暑い。天気予報では、今日も最高気温が35℃だ。リアシートのネットにカワサキのタオルを挟み込み、豊田松平ICに入った。今日のコースは、中津川からR19で木曽福島に行き、R361で開田高原を抜けて山の中を走って高山を目指すつもりだった。ところが、東海環状道を走っていると、「工事渋滞・瑞浪5㎞・中津川6㎞」と表示されていた。この暑さで長い渋滞はたまらないと思い、遠回りだが美濃加茂ICまで走って、飛騨川沿いのR41で高山を目指すことに変更した。一人というのはいいものだ。どこかでバイクを止めて相談したり、伝えたりする必要がない。自分で決めて、自分で走ればいいのだから。その判断を誤っても、責任を感じることもない。
美濃加茂SAでバイクを止め、スポーツ飲料で水分を補給しながら地図を確認する。そして、すぐにICを出て、R41方面へと向かった。
平日のR41は大型トレーラーが多い。荒々しい岩の間を流れる飛騨川を横目に走るすてきなワインディングロードだが、ペースは遅い。遅い分だけ、飛騨川の絶景を楽しむことができる。ただ、おもしろくはない。時々、追い越し禁止が解除されるので、対向車の列とうまくタイミングが合えば一気に追い越しをかけ、しばらくの間は気持ちよく走ることができる。
R41を走るのは久しぶりだ。今までの印象よりもずっと景色も道もよかった。真っ青な空に深い緑の山々、そして岩の間を流れる飛騨川。調子よく走っている時は、暑ささえ忘れられる。
道の駅「ロックガーデンひちそう」でスタンプをゲットし、またまた富山ナンバーの大型トレ ーラーの後をノロノロ走った。道の駅にいたトレーラーで、ドライバーは女性だ。僕も大型免許はあるが、とても牽引免許には手が出せなかった。それだけに、僕の中ではトレーラーのドライバーは尊敬に値するのだ。追禁解除で「お先に失礼」の意味で左手を上げて前に出る。そして、再び快走。
下呂市旧金山町に入り、中山七里を呼ばれる飛騨川沿いのR41をロー・ペースになったりハイ・ペースになったりして走り、コンビニでバイクを止めた。おにぎりでも買って、どこか景色のいい所でお昼ご飯にしようと思った。
おにぎりを買って外に出ると、ちょうど日陰に古びた木のベンチが置いてあった。景色はよくないが、暑すぎるような気温だし、お腹もすいていたので、そのベンチに座っておにぎりを食べることにした。食べていると、目の前をタンデムのゼファーが通り過ぎて行った。道の駅「ロックガーデンひちそう」に置いてあったバイクだ。ここまでライダーとほとんど出会ってないので、はっきりと覚えていたのだ。
お昼ご飯を食べたら、次は今夜の宿の確保だ。あらかじめインターネットでいくつかの宿をチェックしておいたが、その第1候補のホテル・フォーシーズンに電話を入れてみた。楽天トラベルでは満室になっていたので、期待薄のままの電話だが、うれしいことに、
「お一人様ですね。喫煙のお部屋ならご用意できます。」
とのこと。
「2食付きでお願いしたいんですが。」
「はい。お食事は朴葉味噌のコースと、飛騨牛のコースがありますが。」
「安い方でいいです。」
「朴葉味噌のコースが9000円で、飛騨牛が9500円です。」
「えっ、500円の差で飛騨牛ですか。」
「はい。」
これで、今夜は宮川の近くの温泉大浴場のあるホテルでおいしい飛騨牛で決まりだ。
人はお腹がいっぱいになると眠くなるものだ。旧金山町を過ぎると、日本三名泉の一つの下呂温泉だ。日帰り温泉でも探して、眠け覚ましにひとっ風呂浴びていこうと思った。そして、R41を離れ、温泉街へと向かった。ところが、きっと日帰り温泉もやっている旅館もあるはずなのだが、それを示す看板が見当たらない。その看板を探しながら狭い所でバイクの向き変えたり、Uターンしたりしているうちに、だんだんここで温泉に入ることなどどうでもいいような気になってきた。宿に着けば、高山温泉に入れるのだから。
再びR41で高山に向かった。高山は下呂から50㎞ほどの距離だ。市街地に入る手前の豪快な宮峠を下り、街の中に入ったが、まだ時間は4時前だ。宿に入るには少し早い。そこで、もう少し北まで行って、飛騨古川を超えて数河高原に行くことにした。
数河高原は、冬になるとスノーモービルに乗りに来る高原だ。閉鎖したスキー場がスノー モービル場になり、レンタル・マシンも用意してある。真っ白な景色の中で乗るスノーモービルは実に気持ちがいい。元ゲレンデなので高度なテクニックも必要なく、未熟な僕はただただ広い斜面を登ったり下りたりしているだけなのだが、それだけで十分おもしろい。係の人からは「そろそろ林道ツーリングはどうですか」を言われるが、正直言って怖い。広いゲレンデを走るだけで僕は十分満足しているのだ。
飛騨古川を過ぎると、高山の南の宮峠に劣らないこれまた豪快な数河峠に向かう。ヘアピン・カーブの登り車線の色つき舗装がなんとなく滑りそうな気がして緊張する。冬にVOXYの4WDで走ったことしかない峠道だが、真夏にバイクで走ると「ええっ。こんなふうになってたの?」と思うことが多かった。真っ白だった所が草地だったり急斜面だったり、小川だったり。天気がいいだけに、夏の高原風景というのは妙に気持ちよく感じられる。
スノーモービル場の駐車場の事務所の建物で日陰になっている場所にバイクを止めた。駐車場には、キャンピングカーが1台、湧水を汲むことのできる場所の脇に止まっていて、家族団らんを楽しんでいた。そして、当たり前だが、スノーモービルのコースは雑草の生い茂ったただの草地になっていた。僕は、最近取り付けたトップ・ケース(リアの荷物BOX)から折りたたみ椅子を出し、日陰に座ってケータイで妻にメールを送った。それから、空になりそうなペットボトルのスポーツ飲料を飲み干し、湧水を汲みに行った。数河高原の湧水はとてもおいしく、冬にスノーモービルを楽しみに訪れた時には、必ずポリタンクに湧水を汲んで帰り、しばらくの間はその水でコーヒーを沸かすようにしている。今回はバイクなので、500㏄だけを持ち帰り、家で妻といっしょによく冷やして飲もうと思った。
時計も4時半を回ったので、再び峠を下りて高山に向かった。高山には30分ほどで着い たが、市街地に入って一方通行やら古い小径やら道に迷ってしまい、結局ホテルに着いたのは5時半を過ぎてしまっていた。ただ、特にやることもないので、実際には何時に着いても構わなかった。駐車場にバイクを止め、トップ・ケースから1泊分のお泊まりセットが入ったツーリング・バッグを取り出し、シート下からETCカードを抜き取り、ただそれだけでホテルのカウンターに行くことができた。ブルゾンや合羽はトップ・ケースに放り込んでおくことができ、身軽なままホテルに入ることができた。これまでカッコ悪いと思って付けなかったトップ・ケースがものすごく便利なものだと痛感した。
晩ご飯を7時にお願いし、すぐに温泉に入った。猛暑で汗をいっぱいかいたので、少しぬるめのお湯がすごく気持ちよかった。浸かっていると、肌はつるつるして、いつもより長めに入っていた。
晩ご飯の飛騨牛陶板焼きは、2㎝角以上に切られた牛肉が10数切れもあり、厚みがあ るのでレアに近い状態で食べることになる。おそらく、生でも食べられるのではないかと思えるくらい口当たりがよく、普段あまり高級な肉を食べることのない僕は、ほっぺが落ちそうなくらいおいしく感じた。市の中心地の宮川に近くて、気持ちのいい温泉に柔らかい飛騨牛。これで9500円だから、ホテル・フォーシーズンを選んだのは大正解だったと思った。
部屋でドラマを観ながらのんびりし、もう一度温泉に入り、今日一日の疲れを癒して眠りに就いた。
*本日の走行 251㎞
<8月28日>
目を覚まし、窓を開けると、朝から強い日差しが差し込んできた。朝食はバイキングだったが、もちろん僕は朴葉味噌でご飯を食べた。高山と言えば、朴葉味噌と赤かぶとさるぼぼだが、赤かぶはすっぱいし、さるぼぼはいまいちかわいくないし・・・。ということで、僕にとって高山と言えば朴葉味噌だ。これがまたうまい。何種類かのおかずも選んだが、朴葉味噌だけでもご飯は食べられる。
9時少し前にチェックアウトし、バイクをホテルの駐車場に置いたまま宮川朝市に向か った。小京都と言われる高山の朝は風情があっていいものだ。そして、朝市は地元の人と観光客が入り交じってものすごく活気がある。妻から「さるぼぼは買ってこなくていいから」と言われていたので、何を買おうか迷いながらぶらぶらと歩いた。そこで思いついたのが、やっぱり朴葉味噌。人のよさそうなおばちゃんの店の前で朴葉味噌を見ていると、
「こっちの薄い色の方が普通の朴葉味噌で、濃い方が甘い味噌。どっちもうまいよ。私が作ったんだから。」
と、話し始めた。どっちにしようか迷ったが、両方買って、どちらかを両親へのお土産にする ことにした。
「一つずつください。」
「はい、ありがとう。2つで1000円。おまけに、これ(漬け物)をつけたげる(つけてあげる)。」
これで、朝市での買い物も体験したし、雰囲気も味わったし、満足して帰ることができると思った。
10時少し前にホテルの駐車場を出た。どこかで燃料を入れなくてはと思ったが、幹線道路のR41で帰れば、どこででも入れられる。2週間前の北海道ツーリングの時は、早め早めに燃料補給をしたが、その点、東海地方を走っている限り安心できる。高山を出る時は、そう思った。
片側2車線の豪快な峠、宮峠で遅い車列2つを一気に追い越し、先頭に立った。バイクは新車で慣らしが終わったところだ。暑さも忘れ、超気持ちいいと思いながらバイクを走らせた。ただ、なかなかガソリンスタンドがない。やっと見つけたと思ったら「今月の休業日・28日・29日」の看板。燃料系が点滅を始めたのが宮峠を下り始めた辺りだ。ちょっとまずいかも、と思えてきた。だんだん、走りを楽しめる心境ではなくなってきた。下呂まで約50㎞。下呂まで行けばスタンドは必ずある。でも、点滅が始まって30㎞以上走っている。だんだん不安になり、下り坂はクラッチを切る危険な走行まで試みた。エンジンに負荷を与えないためだ。上呂でスタンドを見つけたときのうれしかったこと。
下呂を過ぎたところで、R257に入った。僕は、往復同じ道というのはあまり好きではない。コースを考えるときも、できれば○○一周コースというようにしたいと思いながら地図を眺めている。今回も、R19・R361で高山に行き、R41で帰るというコースを予定していたが、中央道の工事渋滞でいきなり予定を変更してしまったのだった。
なだらかな峠、舞台峠でバイクを止めた。熱中症対策の水分補給休憩だ。自販機を見 ると、なんと瓶のコーラだ。最近は缶かペットボトルばかりで、瓶のコーラがなつかしかった。ベンチに腰掛け、瓶のコーラを飲みながらこの後のおおまかな予定を考えた。昼食は旧付知町の道の駅、中津川ICは混みそうだから県道で恵那峡を通って恵那ICから高速に入る。考えたのは、この程度の予定だ。
峠を越え、ゆるやかに下ると旧付知町だ。付知峡の案内表示を見て、なぜか急に「そうだ、付知峡でアユを食べよう」と思った。渓谷を見ながら狭い道を進むと、不動滝の駐車場で行き止まりになった。駐車場の脇の店に、「流しそうめん」の大きな文字。恐ろしく暑い日だったので、冷たいそうめんもいいなあと思い、店に入った。お昼時なのに、お客は僕だけ。流しそうめんを注文しようとしたら、店のおばさんが、
「お二人様からになります。」
と言う。すかさず、
「一人じゃだめですか。」
と聞くと、
「二人前食べられます?」
と、おばさん。若い時ならそうしたかもしれないが、今はもう無理だ。もともとアユを食べようと付知峡に来たのだから、
「じゃあ、アユ定食を一つ。」
ということにした。
アユの塩焼きを食べるのに、尻尾(尾びれ)を取って、頭から一気に骨を抜くのが通の食 べ方だ。これがうまく決まって、身だけが残るようにできるとすごくいい気分になれる。やってみたら、すぽーんと骨が抜け、見事に決まった。これだけで、いい気分でお昼ご飯を食べることができた。そして、食べ終わった時には、すっかり満席になっていた。
おいしいアユの塩焼きを食べ、付知峡一の見所の不動滝を見に行こうとしたら、入口の看板に「約40分」と書かれていて、おまけに数本の杖まで置いてあった。こういうとき、僕は迷わない。猛暑の中、急な坂道を40分も歩こうとは思えないのだ。この軟弱さが僕の僕らしいところで、しかも、好んで苦労しようとしないこの軟弱な自分が案外好きなのだ。
「不動滝入り口」の写真だけ撮って、すばらしい渓谷美がよく見える所だけ超スローペースで走り、再びR41に入った。
旧福岡町で、予定どおり県道408に入り、恵那に向かった。しばらくすると、「ローソク温泉」の看板を見つけた。聞いたことのある温泉だ。何かで有名な温泉だったような気がしたが、それは思い出せなかった。なんとなく「入ってみたい」と思っていた温泉の一つだ。
クルマがすれ違いのできない狭い山道を下っていくと、ローソク温泉があった。バイクを止め、トップ・ケースから袋に入ったタオルを出した。そして、受付の所へ行くと、
「ここは、湯治温泉で、観光温泉じゃないんですよ。どこか、お悪いところがありますか。」
と、聞かれた。ここで「元気です」などと言ったら追い返されると思い、
「実は、神経を痛めていて、リハビリ中なんです。」
すると、
「神経には、よく効きますよ。初めての方は、隣の部屋に薬剤師さんがいるから、入り方を聞いて入ってください。」
と言われ、料金の1050円を払うと、紙コップをくれた。
薬剤師さんからは、
「まず、弱い方の2のお湯に入ってください。長くても5分ですよ。癌の方は3分までです。」
そうか、癌にも効くんだ。
「次に、強めの1のお湯に入ってください。こっちも長くて5分です。」
「お湯から上がったら、外の湧水をコップに一杯だけ飲んでください。2杯はだめです。逆効果で、体がだるくなったりしますから。朝と夜の薬を、一度に2回分飲まないのと同じことです。」
これはかなり効きそうな気がしてきた。神経を痛めてリハビリ中というのは嘘ではないの で、なんだかいい温泉に来たと思えてきた。
お風呂に入ると、確かに湯船が2つあった。石鹸を使ってはいけないとのことだったので、体に湯をかけ、入ろうとした。ところが、どちらが1の湯で、どちらが2の湯なのか分からない。気持ちよさそうに入っていたおじいさんに聞くと、
「こっちが2。」
と、教えてくれた。狭い湯船で、どこかの高校の陸上部も来ていたので、僕は、
「すいませんねえ。」
と言いながら、太いおじいさんのとなりに体を縮こませて入った。
時計はあったが、メガネを外しているので、針がよく見えない。前から入っていた人がみんな1の湯に行けば、それがだいたい5分くらいだろうと思い、体を縮めたままじっとお湯に浸かっていた。においも無ければ、肌がつるつるするわけでもない。入っている限り、ただのお湯にしか感じられなかった。それでも、体調の悪そうなおじいさんたちや、筋肉を激しく使った高校生たちが入っているということは、やっぱり神経にはよく効くのだろうと思えた。
だいたい5分くらいずつ、1の湯と2の湯に入り、外に出た。そして、薬剤師さんに言われたように、外の湧水を紙コップに一杯だけ飲んだ。
山に囲まれ、昔は電気もなく、ろうそくの光だけが頼りのひなびた温泉だったのだが、それでも体にいいということでよく賑わったそうだ。僕は、医者が少なかった昭和前期にタイムスリップしたような不思議な感覚になっていた。
なんとなく夢の中での出来事だったような気分のまま、恵那峡を越え、中央道・恵那ICに入った。高速道路を走っているとき、ずっとバイクにまたがりっぱなしなのに腰に痛みがないのは、ローソク温泉の効能のおかげかもしれないと思った。北海道では、腰に痛みがないのはノーマル・シートをデイトナのCOZYシートに替えたからだと思っていた。どちらにしても、自分の腰が丈夫になったからとは思えない。
土岐JCから東海環状道に入り、一気に鞍ケ池PAまで走った。家まであと10分ほどのPAだが、なんだかこれで久しぶりのソロツーリングが終わってしまうのが惜しい気がしたのだ。昨日からさっきのローソク温泉までのいろんなことを思い出しながら、ゆっくりと缶コーヒーを飲み、ゆっくりとマルボロを1本吸った。
妻に「もうすぐ帰る」のメールを送り、鞍ケ池PAを出て、豊田松平ICからいつも走るR30 1で家に帰った。
荷物を降ろしているときに、ブルゾンの内側のTシャツがたっぷりの汗で重くなっていたことに気づいた。
*本日の走行 192㎞