<8月28日>
前日の仕事が遅かったため、10時くらいから準備をして10時半くらいに家を出る遅めの出 発を予定していた。それが、バイクに荷物をくくりつけている時に父が話しかけてきて、久しぶりに旅の雑談をしているうちに11時近くになり、さらに遅いスタートになってしまった。
最後の夏をどのように過ごそうかと思っていた数日前、テレビの旅番組「いい旅夢気分」でモト冬樹 や朝丘雪路らが木曽、伊那を旅していた。木曽では、奈良井宿でおやきを食べ、開田高原で木曽馬とふれあい、木曽福島の温泉に入るというコースだった。それを見てひらめいた。
「そうだ、木曽路を走ろう。」
東海環状道豊田松平ICから一気に中央道中津川ICへと走った。木曽川に沿って走る中山道R19は僕の大好きな道だ。道の駅「賤母」で昼食をとり、北に向かった。
馬籠宿、妻後宿の案内標識を横目に、どんどん北に行く。
南木曽町に入ると、三留野宿がある。ここは木曽川に架かる大きな木の橋が素敵だ。通るたびに感動する。これまでに何度も橋の手前でバイクを止めて眺めている。
須原宿を過ぎると、ゆったりとした木曽川が大きな岩に囲まれた荒々しい木曽川へと姿を変える。道の端に降り注ぐ小野の滝を右手に見て坂を登りきると寝覚ノ床。この辺りは行き交うライダーとピースサインを交わしながら走ることができる。
1時50分、木曽福島宿に着いた。駅前の観光案内所で宿を確保しようとしたら、紹介だけ しかできないとのこと。渡されたパンフレットを見ながら、一人旅なので安い宿でいいと思い、 一泊7300円の「さらしなや」旅館を予約した。安いことと、旧中山道の街道沿いの宿ということが「さらしなや」に決めた理由だ。駅のトイレの前の小さな駐車場にバイクを止めて電話をしていたが、なんとも風情のあるお洒落な建物のトイレだったので、写真に収めておいた。
再びR19に戻り、奈良井宿を目指した。木曽町から20㎞足らずの距離だ。
ひっそりとした宿場町の旧街道をバイクで走るのは気が引けたので、手前のパーキングにバイクを止め、駐車料金200円を払って宿場町を歩いた。
ここ奈良井宿は、江戸時代の街道の面影を90%くらい残して保存している宿場町だ。舗装 された道路以外はそのままの状態で時代劇のロケに使えそうなほどで、しかもその背景が山また山で、これほどまでに江戸情緒を味わえる宿場町は他にはないと思えるほどだ。
しばらくぶらぶら歩いて、奈良井宿の町並みを散策するという1つ目の目的を達成した。それから、小さな店で野沢菜のおやきを買うという2つ目の目的達成。そして、景色のいい開田高原で御嶽山をバックに、このおやきを食べようと思った。それから、特産の漆塗りの汁碗を一つ。これは、妻へのお土産だ。妻がひびの入ったお椀を使っているので、奈良井に来たら必ず買おうと思っていた。
休憩もとらずに奈良井まで来たので、喫茶店に寄ってコーヒーを飲んだ。喫茶店というより、「茶店」と呼んだ方がいいような店だった。地図を見て開田高原までの距離をチェックしたり、おやきや汁碗をタンクバッグにしまったり、木曽福島でいただいたパンフレットを見たりしながら、おいしいコーヒーを飲んだ。年に一度のソロツーリングだが、こういうひとときもなかなかいいものだと思った。
江戸情緒あふれる街道をぶらぶらと歩いて線路脇の駐車場に戻った。タンクバッグをバイクに取り付けていると、特急「しなの」が来たので、思わず写真を撮ってしまった。きっと、ソロでなければこんなことはしないと思う。
R19を木曽福島方面に戻り、木曽福島からR361に入った。次の目的は、開田高原で木曽馬に会うことだ。
地蔵峠のトンネルを抜けると、コスモスと白樺に囲まれたまっすぐな道。この景色をいつものツーリング・パートナ-の妻に見せたいと思った。一人で楽しんではもったいないくらい素敵な景色だった。
開田高原に入って「木曽馬の里」の案内標示に従ってバイクを走らせた。
柵の内側に大小様々の木曽馬がいっぱいいた。木曽馬は、日本古来の馬で、足が短いため背が低く、足も遅い。しかし、背が低くトルクが大きいため、農耕や運搬にはとても適した馬で、機械が発達するまではすごく貴重な馬だったと言われている。なんとも愛嬌のあるスタイ ルだ。西洋の馬と同じように目は愛くるしくて、思わず頭をいい子いい子したくなる。これで3つ目の目的も達成でき、少し開田高原の道路を走って崇高な御嶽山を眺めようと思った。ところが、バイクに戻ったその時、急に雨が降り出した。大急ぎでタンクバッグとリアシートバッグにレイン・カバーを被せ、合羽を持って東屋風の休憩所に走った。そして、高原道路を走り回るのをやめて、おとなしく木曽福島の宿に向かうことにした。
走り始めると、雨は小降りになってきた。地蔵峠のトンネルの手前でバイクを止め、コスモス と白樺のベストマッチをカメラに収めた。来る時に「この風景は、絶対に写真に撮っておかなくちゃ」と思ったことを思い出したからだ。トンネルを抜けると、開田高原の雨がうそのように晴れ渡っていた。確かに、山には雲がかかっていて御嶽山は見えないが、R361のワインディングには完全なドライ・コンディションで雨が降った形跡さえなかった。山の向こう側とこちら側では、ずいぶん天気も違うものだ。
木曽福島宿の旧街道に入り、予約しておいた「さらしなや」を探した。なるほど、昔風情の趣のある外観だ。バイクを止めると、宿の人が出てみえて、「明日、天気が悪そうだから」と言って、屋根のある所にバイクを置かせてくれた。
2階の部屋に入ると、いかにも昔の旅籠という情緒が感じられたが、別の言い方をすれば古くさい部屋とも言える。しかし、一人旅にはこういう昔風の部屋もいいものだ。一人だけなのだから、なにもゴージャスな部屋を選ぶ理由がない。それどころか、窓を開ければ真下が旧街道というのがいい。ただ、トイレが1階にしかないのは不便ではある。
地元の食材を使った料理を一人テレビを観ながら黙々と食べた。泊まり客は他に、仕事で来ていると思われる3人組がいただけで、席も離れていて食事中に言葉を交わすこともない。
食事を終え、お風呂に入って、あとは何もすることがない。横になってテレビを観ているうちに眠ってしまった。目が覚めると9時頃になっていて、妻に電話をし、友達にメールを送り、またテレビを観ていた。エアコンがなく、窓を開けて扇風機というのも、なんだかいい感じがした。夏の木曽の夜は、寝苦しいほど暑くはならない。ただ、クルマの音が通り全体に共鳴するのか、異様にやかましかった。
「報道ステーション」を見て、そのまま眠りに就いた。
*本日の走行距離 219㎞
*本日のピースサイイン 11発
<8月29日>
6時に目が覚め、トイレにいくと、すでに3人組は歯を磨いたり顔を洗ったりしていた。僕はというと、まだ起きる気もなく、トイレをすませるとまた布団の中に入った。それでも、7時前には完全に目が覚めてしまい、用意しておいた缶コーヒーを飲んで、歯を磨いたり顔を洗ったり、そして荷物を整理したりして過ごしていた。
7時30分に朝食。そして、8時には部屋に戻り、地図を見ながら今日のコースを考えた。長 野県南部の今日の天気は曇りのち雨。自宅のある愛知県西部は曇り。ということは、お昼頃に長野県を脱出すれば、雨にたたられることもなくツーリングを楽しめるということになる。そこで、10時に木曽福島の温泉「せせらぎの四季(とき)」がオープンするので、それまで御嶽山周辺を走り、10時に温泉に入り、11時頃に帰路につけば大丈夫ということになる。
チェックアウトを済ませ、バイクを道路に出して荷物をくくりつけた。ところが、意外にももう雨が降り出してしまった。急いで荷物にレインカバーを被せ、合羽を着た。一瞬、御嶽に行く意味があるのかと迷ったが、温泉のオープンが10時だから、まだ1時間以上も時間がある。とにかく行ってみようということにして、8時40分に宿を出た。
再び地蔵峠に向かったが、路面が濡れていて気持ちよくコーナーを駆け抜けるというわけにはいかない。やや慎重ぎみにバイクを走らせていたら、峠のトンネルを抜けた所から路面がドライになっていた。雨が降った形跡がなく、それどころか真上や西の空には薄日も射していた。昨日の夕方の天気とはまったく逆だ。開田高原に賑やかな通りを過ぎて森に入ると、目の前に御嶽山の雄姿が目に飛び込んでくるはずだ。ところが、空の低い所は雲に覆われ ていて、その姿を見ることはできなかった。森の中のパーキングにバイクを止め、合羽を脱ぎ、御嶽山のあるはずの方向をバックに写真を撮った。もちろん、木々の向こうに見えるのは御嶽ではなく白い雲。
R361を木曽福島方面に戻る途中に温泉「せせらぎの四季」はある。雨も上がり、いい気持ちでワインディングを駆け抜け、峠のトンネルにさしかかった。「ひょっとして、トンネルの向こうは雨」と思いながら走り抜けたら、すでに雨も上がっていて、路面も乾きはじめていた。
旧開田村から旧木曽福島町(三岳村とともに合併して現在は木曽町)に入った辺りに「せせらぎの四季」はある。国道沿いの新しい建物で、すぐに分かる。去年の12月にオープンし、まだ半年余りしか経っていない新しい温泉施設だ。しかし、隣の温泉スタンドは古くからあり、温泉そのものが新しいわけではない。
駐車場にバイクを止め、宿でもらった割引券を持って中に入った。700円の料金が600円になった。朝早いせいか、人もまばらだった。お湯は茶褐色と聞いていたが、絵の具の黄土色に近い色だった。不透明で、入っている人の首から上しか見えない。比較的ぬるめのお湯で、僕にとってはちょうどいい温度だ。しばらく浸かっていたが、外の方が気持ちよさそうに思えて、露天風呂へと向かった。森の緑に包まれ、運のいいことに真上の空だけは青空が覗いていて、いい雰囲気だ。露天風呂には1人しかいなかったが、すぐに出ていったため、僕が広い露天風呂を独り占め。こんなに気分のいいことはない。思わず「極楽、極楽」と、心の中でつぶやいた。夏の最後の休日をこんなにいい気分で過ごせるのだから、まさに極楽である。
湯から出て、まずはコーヒー牛乳を一気飲み。売店をうろうろしてたら、「記念に一本」の張 り紙の下に「せせらぎの四季」の名前が入ったタオルがあった。記念に1本買ったが、汗がいつまで経っても吹き出てくるので、そのタオルを首にかけ、ソファーにもたれて汗を拭き吹き新聞を読んでいた。これで、今回のツーリングの4つの目的のすべてを達成したので、後は雨が降る前に帰るだけだ。
外に出ると、まだ薄日は射していた。頭の汗をぬぐい取り、ヘルメットを被った。先月新調したばかりのヘルメットもすっかり僕の頭になじんできて、国際レース規格の頭部全体を包み込む圧迫感のあるヘルメットだが、重ささえも感じないくらいになった。気を引き締めてアクセルを開いた。
R361からR19中山道に入り、右手に見える木曽川の流れを楽しみながら南に向かってバイクを走らせた。ツーリングの心地よさを十分に感じられるR19をクルマの流れに合わせてのんびりと走る。大小様々な岩の間を流れる荒々しい木曽川が、下流になるに従って穏やかな木曽川へと変わっていく。
お昼過ぎには長野県を抜け、岐阜県中津川市山口に入った。ただ、ここ中津川市山口は数年前まで長野県山口村で、中山道馬籠宿が木曽路の入口だったのが中津川市との合併により美濃路の出口になってしまったのだ。とにかく、雨に降られることなく長野県を抜けることができた。それにしても、暑い。地蔵峠の温度標示は20℃だったのに対し、旧山口村の温度標示は31℃。豊田は34~35℃になっているのではないかと思えてきた。
旧山口村の道の駅「賤母」で昼食をとった。往路と同じチャーシューメンと小さな五平餅を注文した。往路で食べたチャーシューと小さな五平餅がおいしかったのだ。だから、迷わず同じメニューにした。
日陰に入ってブルゾンを着、マルボロを1本吸ってからバイクにまたがった。
混雑した中津川市街地を抜け、中央道中津川ICから高速に入った。思ったよりずっとすいていて、マイペースで走ることができた。土岐JCから東海環状道に入るとさらに道はすいていて、ヘルメットの中では鼻歌が出るくらい気持ちよく走った。そして、最後の休憩場所の瀬戸赤津Pに入った。R19も高速道路もすいすい走ることができ、2時前に瀬戸まで来てしまった。携帯で早い帰宅を妻に告げ、食後の缶コーヒーを飲んでいると、VWポロのドライバーが声をかけてきた。
「これ、ZRX1100ですよね。僕も1100に乗っているんですよ。」
カワサキZRX1100は97年に発売され、00年にはマイナーチャンジで1200になって08年まで生産されていた。つまり、最初の3年間だけが1100㏄で、案外めずらしいかもしれない。僕のは99年モデルで、買ってから10年が経過している。古いバイクになってしまったが、超お気に入りのバイクで手放せなくなってしまっているのだ。
瀬戸赤津Pから豊田松平ICまでは、ものの30分足らずの距離だ。
豊田松平IC出口のETCゲートの料金標示が「1000円」となっていたが、それがいいことなのかそうでないのか複雑な気持ちで通り過ぎた。そして、午後2時30分を少し過ぎた時間に家に着いた。こんなに早く帰るつもりではなかったが、目的はすべて達成してきたし、今は平気でもきっと体は疲れているはずなので、こうした余裕の帰宅もいいものだと思った。何よりも、雨にたたられることなく走り続けることができたのもよかった。
外気温34℃。家に入ってエアコンの効いた部屋で、妻にお土産の奈良井で買った汁碗を渡すとすごく喜んでくれた。そして、短パン1枚になると、たった二日間の思い出話を次から次へとしゃべりまくってしまった。
*本日の走行距離 192㎞
*本日のピースサイン 7発
◇使用車種 カワサキZRX1100
◇総走行距離 411㎞
◇総ピースサイン数 18発