ウィキペディアによると、日本の三大桜名所は、青森県弘前市の弘前公園、長野県伊那市の高遠城址公園、奈良県吉野郡吉野山となっています。4月中旬にあるテレビ番組で伊那市高遠城址公園からの中継があり、「来週あたりから見頃になります」とのことでした。
僕は、お花見や紅葉狩りなど名所と言われているところには行ったことがありません。理由は簡単、クルマの渋滞がイヤなのです。僕の地元では、桜なら岡崎市岡崎公園、紅葉なら豊田市足助の香嵐渓が名所なのですが、その季節にはわざわざ岡崎や足助を避けて通るようにしているくらいです。
日本三大桜名所となれば、高遠の桜はそれはそれは見事なのでしょう。一度はナマで観てみたいものだと、日帰りバスツアーをチェックしたりしていました。
そうだ、夜のうちに高遠の駐車場に行き、そこで朝の開門を待てばいいのだと気づいたのが、4月18日の仕事帰りのクルマの中でした。そこで登場し、活躍するのがVOXYです。
<4月21日>
4月の新学期が始まってからほとんど休日なしで過ごしてきたため、体はヘロヘロになっていました。18日からは、チオビタ・ゴールドに頼りながらなんとか3週間を乗り切りました。
この日は、とにかく体力を回復させる日ということで、僕の係の仕事の2階の掃除さえサボり、ひたすらダラダラと過ごしました。そして、夕方になり、VOXYのシートを車中泊用にフルフラットにし、必要な物を積み込みました。これらの準備は、「カテゴリー」の「車中泊の部屋」のとおりです。
家で晩ご飯を食べ、7時40分に豊田の自宅を出ました。そして、東海環状道・豊田松平ICから高速に入ると、ただただひたすら中央道・伊那ICを目指しました。途中の屏風山PAのコンビニで朝食のおにぎりと菓子パンと飲み物、そして桜を見ながら食べようということで大福餅も買いました。それでも、妻と2人分で1000円札でおつりがくる程度の買い物です。
10時半くらいに伊那ICを出ました。ここまで、東海環状道も中央道もすいすいと快適に走
り続けることができました。
伊那から高遠に向かうR361は、対向車線だけは交通量が多かったです。おそらく、夜桜見物の帰りなのでしょう。逆に、夜遅く高遠に向かうクルマはほとんどありません。11時前には高遠城址公園に着きました。ところが、公園近くの駐車場にクルマを入れようとしても、出口と入り口が同じなので、出ようとするクルマと向き合って止まってしまうことになってしまいました。入ろうとするのは僕1台だけで、相手側にはどんどん後ろにつながってきました。ほとんど、僕は交通の流れをを邪魔する悪者状態です。駐車場の出口を塞いでいるのですから。とりあえずバックで出て、別の駐車場に停めることにしました。実は、これは想定内のことで、あらかじめ高遠湖付近の「ほりでいドーム」駐車場をチェックしておいたのです。城址公園まで歩いて15分ほどの無料臨時駐車場で、桜祭り期間中は仮設トイレも設置してありました。
駐車場には2台、僕たちと同じように車中泊をしていると思われるクルマがいました。僕は、まだカーテンに灯りが映っている軽1BOX車の近くにVOXYを停め、エアマットと敷き、トイレを済ませ、フルフラット・シートに横になりました。3月中旬の気候ということだったので、シュラフと羽毛布団を用意していったのですが、思ったより寒くなく、布団1枚で十分でした。
わずかな段差は案外気になるもので、なんだか寝付きが悪く、「なかなか寝れないなあ。もう一度、トイレに行こう」と外に出たら、時計は2時を回っていました。「寝れないなあ」と思いながら実は寝ていたのです。
さすがに、深夜の駐車場を横切るのは怖いものです。何かの鳴き声にビクッしながら用を
足し、クルマに戻ってからはすぐに眠りに就きました。
<4月22日>
5時にアラームをセットしておいたのですが、いつものように「もうちょっと寝たい」と思い、妻と「5時半にしよう」と言って、もうちょっとだけ寝ました。こういう二度寝というのは気持ちのいいものです。
夏場なら外に折り畳み椅子を出して、朝の空気を吸いながらの朝食ですが、まだまだ信州の朝は寒く、クルマの中で朝食のおにぎりと菓子パンを食べ、食後のコーヒーを楽しみました。車中泊の朝というのは、これがまたいい気持ちなのです。
そして、ちょっと寒いなあと思いながら、トイレの洗面で歯を磨き、顔を洗ってシャキッとし、久しぶりに厚めのフリースのパーカーを着て、城址公園に向かいました。
ダム湖畔を歩くコースで、湖畔の桜も、湖畔に映る桜も、とてもきれいでした。これだけでも、十分「お花見」と言える景色です。
公園を下から眺めるようにして城址公園の南門に近づいて行きます。満開の桜が建物を包んでいるように見えました。
6時開門ですが、僕たちが行ったのは6時半頃です。開門を待つ列もなくなり、一人500
円の入場料を払って公園に入りましたが、すでに大勢の人で賑わっていました。
中に入ると、とにかく桜、さくら、サクラ・・・で、城址公園全体が美しい淡いピンク色に染まったエリアと化していました。薄ピンクに包まれた櫓、薄ピンクに包まれた橋、薄ピンクに包まれた碑、薄ピンクに包まれた門、どこを見ても見事としか言いようのない景色なのです。南門と北門の間を行ったり来たりし、二の丸のあっ
た広場のベンチであらかじめ用意しておいた大福餅を頬張りました。美しい桜の下では、花見だんごでなくても、十分いい感じでいられるのです。
8時近くになり、少しの休憩を除けば1時間以上も歩き続けていたことになります。北門近くの売店でコーヒー・タイムをとり、再び満開の桜の下を歩きました。ふと、まだ仕事の始業時間前の時間帯ということに気づきました。朝の
始業前の早い時間だったから、曇り空でも爽やかで、適度な賑わいで、いい雰囲気が味わえたのだろうと感じました。
もっとも美しいと思えたのは、空堀から桜雲橋と問屋門を見上げた景色です。南信州の歴
史までも感じられるのです。次に素敵だったのが太鼓櫓です。いかにも日本風の景色でした。
日本三大桜名所の一つ高遠城址公園の桜にもっともっと触れていたい気持ちもありま
したが、かれこれ2時間近くも歩き続けたことになります。8時半を過ぎ、後ろ髪を引かれる気持ちで、南門を出ました。
それでも、もっと高遠の桜を楽しみたいという気持ちもあり、高遠湖を眺める見晴らしのよい高台から、手作りフランクを食べながらしばらく所々ピンクに染まる景色を眺めました。
駐車場に戻って城址公園を後にしました。道の駅「南アルプスむら長谷」に寄ってお土産を買ったのですが、道の駅というのは地元産のおいしそうなものがいっぱいあります。普段は買わないような漬物やジャムなどまで買ってしまいました。
城址公園と道の駅との間に、美和ダムがありました。予定には入れてなかったのですが、
堤に沿って咲いている桜がとてもきれいで、つい寄り道をしてみました。今にも雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空のため、南アルプスの景色は見られませんでした。もし天気がよかったら、ダム湖の青と新緑の南アルプスと青い空と淡いピンクが重なり合って最高の景色になっていたでしょう。ちょっと惜しい気もしましたが、それでも十分満足できる景色でした。
さて、信州と言えば温泉です。伊那市街の西の伊那羽広温泉「みはらしの湯」の開く時間が10時です。美和ダムを出たのが10時10分前でした。R361は、高遠に向かう対向車線は当然混んでいましたが、西に向かうクルマはほとんどありません。
途中の案内看板に「本日の桜情報・5分咲き」と表示されていました。そういえば、花びらは全然落ちていませんでした。
「あれで、5分咲きなの。」
「満開かと思ったら、あれでまだ半分だったんだ。」
満開の高遠城址公園は、想像を絶するくらいの花、花、花になるのでしょう。今日の咲き具合でも、満開と思えるほど見事な景色だったのですから。
インター近くのスタンドで給油し、公園からわずか20分ほどで「みはらしの湯」に着きました。給油中にトヨタ86を見かけました。そのかっこよかったこと。ナマで見るのは初めてで、
思わず「でらカッコイイじゃん」と声が出てしまいました。でも、86では車中泊はできません。
「みはらしの湯」は、その名のとおり南アルプスが展望できる絶景の露天風呂・・・のはずでしたが、あいにく天気が悪く、すてきな景色は望めません。高遠からも、R361からも、山は霞んでしまっていて、信州の山の景色は見られなかったのです。でも、お湯はなかなかのもの。やや熱めのお湯で、ちょうどいいぬるぬる感。入った瞬間から「気持ちいい~」と思えるお湯でした。「見晴らし」は期待できないものの、露天風呂にも入ってみました。少し狭い岩風呂で、僕の好きなややぬるめのお湯。高台から見る伊那の街もなかなかいい感じでした。ただ、囲いが少し高いので、お湯につかりながら街を見下ろすことはできません。もちろん、南アルプスの山々を見るには高い囲いでも大丈夫なはずです。この日は、残念ながら囲いの上はすべて灰色がかった白一色でした。景色はともかく、「い~い気持ちだなあ~」とのんびりとお湯に浸かっていたら、元気なお年寄りがいっぱい入ってきました。あまりにも賑やかなので、お湯から上がることにしました。脱衣場にはシニア野球軍団が押し寄せていました。
お風呂上がりはもちろん牛乳です。先に上がった妻がロビーでパック牛乳を飲んでいました。僕もすぐに自販機に走り、妻と同じ牛乳を選んだのですが、受け取り口に出てくるまでのしばらくの間に「瓶牛乳は売店にあります」の張り紙を見つけました。先に気づいていれば、瓶牛乳を選んでいたのに・・・。
「みはらしの湯」を出たのが、11時20分。朝食が5時半で、しかも2時間くらい歩きづめ。まだお昼には早いけど、お昼ご飯を食べることにしました。妻は伊那に入ってからずっと至る
所に見られる「伊那名物ローメン」の幟(のぼり)が気になっていたようで、
「ローメンって、何。」
「焼きそばのヘンなの。」
「ヘンなのじゃ、分からない。」
「だって、僕が前に食べたのは、本当に焼きそばのヘンなのだったもん。まずくはなかったけど。」
「それ、食べたい。」
そんなやりとりをしながら「ローメン」の幟を探しました。
ところが、いざ「ローメン」の店を探すと、なかなか見当たらないものです。結局、伊那インターを通り越し、市街地に近い所の昔ながらの焼肉屋さんの前で「ローメン」の幟を見つけました。
「これ、うまいじゃん。」
妻はローメンが気に入ったようです。僕は、なんだかなつかしくて、
「そうそう、この味、この味。」
しゃびしゃびなソースに浸かった太くて柔らかい麺のローメンは、僕の好みの味とは言えませんが、やっぱり伊那に来たらローメンを食べなくちゃという気分にはなります。
あとは、夕方の混み合う前に帰るだけです。
中央道伊那ICから入ったところで、すぐに睡魔に襲われてしまいました。朝早くからたく
さん歩いて、気持ちのいい温泉に入って、ローメンを食べてお腹もいっぱいになり、眠くなる条件がすべて整っています。インターから入ってすぐの駒ヶ岳SAにクルマを停め、車中泊仕様になったリアシートにウォークスル-で移動すると、カーテンを閉じ、布団にくるまって横になりました。まだお昼少し過ぎたばかりだというのに、思いっきり満足感に満たされた気分を味わっているところで、すっかり記憶が消えていました。
目が覚めたのが2時半。自販機でコーヒーを買って飲み、あとはただただひたすら豊田松平ICを目指しました。土岐あたりで5㎞ほどの事故渋滞に遭いましたが、あとはスムーズに走ることができ、5時前には家に着きました。
普通に日帰りで高遠まで行けば、大渋滞と大混雑に見舞われてしまうことでしょう。車中泊なら、渋滞しない時間帯に移動し、混雑する前に見事な桜を見ることができます。しかも、費用は休日割引で半額の通行量、食事も2食で一人1000円足らず、あとは日帰り温泉の600円とお土産代だけで、ほとんどお金がかかっていません。
ますます安価でたっぷり楽しめる車中泊の魅力にはまってしまいます。
僕のVOXYは、インチアップしたPIAAのホイールにミシュランの扁平タイヤを装着してドレスアップしていますが、ほぼノーマル状態です。大きな変更点としては、30㎜のローダウン・サスにしている点で、1BOX車特有のふわふわサスを前車のオペル・ザフィーラのしっかりとした足回りに近づけました。特に、インターチェンジでの弧を描いたようなカーブでその効果がしっかりと感じられます。あわせて、ほんのちょっとかっこよくなりましたし、予想外の効果として、3㎝低くなったことで乗り降りしやすくなりました。
車中泊仕様としては、オプションでカーテンを装着しただけで、その他は普通のVOXYで
す。
まずは、すべてのシートを畳んだ状態です。これはこれで、荷物を運んだり、着替えをしたりするのに重宝しています。スノーモービルが趣味だったので、よくこの状態にして、カーテンを閉めて着替えていました。3列のシートを全部畳むのに2~3分もあれば十分です。腕力も必要なく、とても簡単なの
です。
次は、3列目だけを出した状態です。ほとんどリムジン・シートとなり、足を投げ出して座ったり、スペースに弁当を広げて車内で食べたり、かなりのリラックス空間になります。目的地に早く着きすぎた時などに重宝します。
その3列目シートの背もたれを倒し、2列目シートを立てて背もたれを3列
目の座面と水平にします。これで、車中泊仕様のシートになります。これも、わずか数分でできます。背もたれと座面に段差はできるものの大人2人が寝るのに必要なスペースの出来上がりです。後ろからの写真で見ると、楽々睡眠モードであることが分かります。横からの写真では、段差があることが分
かります。3列目の段差はちょうど枕のようになるのですが、2列目の段差は気になります。何らかの工夫が必要ですが、寝てしまえばどうってことはありません。
必需品の筆頭としては、折りたたみ椅子が挙げられます。僕が使っているのはスポーツ「ヒマラヤ」で1つ977円で買ったアルミ製のものです。このタ
イプは2脚を畳んでディバッグに入れられます。軽いので、クルマを置いて近くを散策する時には背負って歩きます。
次に、サンダル、ランタン、コーヒーカップ類を籠に入れます。時には、洗
面器も用意します。こうして1か所に入れておけば、探す手間が省けます。さらに、缶コーヒーも持って行きます。これは運転席のすぐ近くに置いておきます。
宿泊するのにあった方がいいものとして、エア・マット、シュラフ、毛布や布
団類が挙げられます。エア・マットは自動空気注入式のものを使っていますが、せいぜい2㎝程度の厚さにしかなりませんで。それでも、段差のあるシートには、あるとないとでは大違いなのです。シュラフは、バイク・ツーリングで使っているものをそのまま車中泊でも使っています。コンパクト
に畳める良さがありますが、別にコンパクトでなくてもかまいません。ただ、わざわざ買うのがもったいないだけのことで、流用できるものは流用すればよいのです。夏以外は、このほかにも毛布か、春先などは布団も持って行きます。
天井には、ネットを張っています。これも、バイク・ツーリングで使っているものの流用です。2列目と3列目のアシスト・グリップに掛け、寝る時に着替えなどをネットの
上に載せています。
そのほかに、あると便利なものが水用のポリ・タンクです。5Lの小さいポリ・タンクには水を入れて行きます。実際に使ったことはありませんが、水場のない所での車中泊になった場合に、顔を洗ったりするのにあった方がいいと
思っています。そして、空っぽの20Lの大きいポリ・タンクも持って行きます。案外、おいしい湧き水のある場所を通ることがあるのです。そんな時、このポリ・タンクに入れて帰り、しばらくの間はおいしい水でコーヒーを煎れて飲むことができます。
まだ、シートの下は空いたスペースがいっぱいです。着替えなどを入れておいたバッグや、温泉セット(タオルが袋に入ってるだけのもの)、一眼レフカメラ等々、寝る時に不要なものをシート下に置いておき、それでもまだまだお土産などを入れるスペースがあり
ます。
これが、僕のVOXY車中泊仕様です。普段のVOXYから数分で仕様変更ができます。疲れて帰ってきた金曜日の夜にさっさと仕様変更して出かけられるのです。
<7月15日>
1週間の仕事を終えた金曜日はなんとなく体が重い。しかし、僕は遊んでいるときはいつも絶好調になる。だから、スタートしてしまえば、重く感じる体もきっと軽くなるだろう。
日中の35℃を超える暑さに僕の体は汗でベトベトだ。軽くシャワーを浴び、8時過ぎに妻と2人でVOXYに乗って豊田の家を出た。
5分ほど走って東海環状道豊田松平ICに入り、入ってすぐの鞍ケ池PAのコンビニで晩ご飯と明日の朝食のおにぎりやパン、そしてちょっとしたおかずを買い、さっそくレストランVOXYで晩ご飯だ。
VOXYの後2列をフラットにし、3列目の背もたれをゆるやかに立てれば、足を投げ出すリラックス・モードになる。クルマの中でゆったりとした姿勢でおにぎりをほおばると、コンビニおにぎりも特別においしく感じる。
食事の後にチオビタ・ゴールドで疲れた体に活を入れ、一気に高速を走った。土岐JCから中央道に入ると、思ったよりクルマが多かった。長距離トラックに混じって案外乗用車も多く、行楽地はかなり混雑しそうな予感がした。それでも、昼間ほどの交通量ではないので、常に快適な速度で走り続けることができた。夜の高速道路は他車にペースを乱されなくていい。
駒ヶ岳PAでトイレ休憩をとり、再び快適なペースで長野道松本ICを目指した。
松本ICを11時頃に出ると、市内のコンビニで明日のお昼の弁当を買った。河童橋のたもとで梓川を眺めながら弁当を食べたらきっと気持ちがいいだろうなあと思った。僕が見たインターネットによる情報では、上高地のレストランはカレーやそばなど普通のメニューで、値段は高めの観光地価格、しかも7月のオンシーズンはとても混雑するとのことだった。だから、屋外でコンビニ弁当を食べることに決めたのだ。
松本ICを出てからは、R158を高山方面へ一本道で分かりやすい。市街地を抜けると、タイトなコーナーが続くようになり、そのうちにトンネルだらけになる。深夜のドライブで景色は見えないが、いくつかのダムの横や上を走っているようだった。
11時半頃、上高地行きのシャトルバス発着地の沢渡(さわんど)に着いた。駐車場はたく さんあるが、僕はシャトルバス始発バス停「沢渡大橋」に近い市営梓駐車場を選んだ。
広い駐車場には、10数台ほどの車が止まっていて、そのほとんどが車中泊をしているように見えた。僕が止めた近くのハイエース氏は、クルマの外にビニールシートを敷いて寝ていた。僕が起こしてしまったのか、僕が外に出たらそのおじさんは体を起こした。「こんばんは」のあいさつを交わすと、おじさんはハイエー スの中に入っていった。
市営梓駐車場は、車中泊には適した駐車場だ。もちろん、あらかじめ調べておいたのだが、実際にクルマを止めてみてそれが実感できた。まず、駐車場に傾斜がほとんどない。これは、快適な睡眠につながる。次に、トイレと水場が完備していることが挙げられる。そしてもう一つ、シャトルバスの始発バス停のすぐ近くということは、朝になって観光客で混雑してきても、座って上高地まで行くことができる。
これだけいい条件がそろった駐車場だが、どうも気持ちが高まってしまっているのか、なかなか寝付きが悪い。今回は薄手のエアーマットをフルフラットシートに敷いて、少しはシート の段差を小さくしたが、どうしてもその小さな段差が気になってしまうのだ。12時には夏布団をかぶって寝ようとしたが、なかなか眠られずに、12時40分頃に一度外に出てマルボロを一本。深夜の駐車場は、梓川のせせらぎだけが耳に入ってきて、気温も暑くもなければ寒くもなくてちょうどいい。
今度こそ寝ようと決心してクルマの中に入ると、どうやら妻もなかなか寝付けずにいるようだった。それでも、「眠れない、眠れない」と思っているうちに眠りに就いた。
<7月16日>
海の日を含めた三連休初日の土曜日だ。寒くて5時前に目が覚めたが、シュラフを被ってまた寝た。カーテンをしているが、すでに外が明るくなっていることは分かった。
6時半になり、クルマから外に出ると、駐車場の7割は埋まっていた。その多くが八王子、多摩、横浜などの首都圏ナンバーだった。僕たちはトイレ、歯磨き、洗顔を終え、クルマとクルマの間の日陰で朝食にした。周辺のクルマの人たちはすでにバスに乗って上高地に向かったようで、人の気配があまり感じられなかった。僕たちが朝食を食べていると、すぐ前に止めてあった八王子ナンバーのレガシィのカップルが出かける準備を始めた。登山靴に厚手の 上下の登山用のウェアー。そう言えば、顔を洗っている時に出かけて行った中年夫婦も同じような姿だった。僕たちの服装はと言えば、Tシャツにジーンズにスニーカー。一応長袖シャツも持っているが、着るほどでもない。レガシィのカップルの準備の様子を見ているうちに、だんだん不安になってきてしまった。
「シャトルバスを降りると、そこは秋から冬にかけての気温・・・なんてことだったらどうしよう。」
朝食のパンをかじりながら、妻との会話は山の服装の話題になった。
食事を終え、駐車場のすぐ前のバス停に行って安心した。僕たちと同じ軽装の人の方が多い。重装備の人たちは、これから登山を楽しもうという人たちだった。切符売り場で、往復2000円の切符を2枚買って停留所の列に並ぶと、すぐに低公害バスと書かれたアルピコ・バスが来た。周りを見ると、松本電鉄グループのアルピコ・バスとアルピコ・タクシーだらけだ。
始発の「沢渡大橋」バス停でほぼ1/3の席が埋まった。オンシーズンの7月はおよそ10分間隔で出ているそうだ。次の「沢渡中」は大きな駐車場がたくさんある地域だ。そこで、あっと言う間にほぼ満席になってしまい、次の「沢渡上」で補助席さえも埋まってしまった。その先のバス停で待っていた人たちは10分後の次のバスを待つことになるが、次のバスだって「沢渡上」で満席になってしまうかもしれない。やっぱり、始発バス停付近の駐車場を使ったのは正解だった。
バスはトンネルだらけの狭い道をくねくねと登っていった。30分ほどで、上高地最初のバス停「大正池」に着いた。僕たちは終点まで行かずに、その「大正池」バス停で降りた。僕は、大正池をスタート地点とし、そこから梓川に沿って河童橋までのんびりと散策するコースを 歩こうと決めていた。終点の河童橋に近いバスターミナルで降りて逆コースを歩くと、帰りは「大正池」バス停で乗ることになり、ひょっとしたら満員で乗れないかもしれないと考えたのだ。
大正池は、信州観光のポスターでよく使われる美しい写真で見るとおりの美しさだった。水面から出ている枯れ木、向こうに見える焼岳、空の青さと澄んだ水。いきなり最高の景色を見てしまったような気がした。妻 が、
「ねえねえ、噴煙が見える。」
と言うので、焼岳山頂に目をやるが、見えなかった。
「たまに、ふわーっと出てるよ。」
と言うので、じっと見ていると真っ青な空にうっすらと白い煙がゆれているのが見えた。
しばら く大正池に沿って歩くと、まるで砂浜のようなさらさらの砂の上を歩いたかと思うと、次はごつごつした岩を砕いたような石の上を歩いたりして、それだけでもおもしろかった。7月 とは思えないさわやかな空気を感じながら、大正池上流の梓川にさしかかった。
途中の川べりで腰を下ろし、おいしい空気を吸いながら焼岳と梓川を眺めた。カモが河原を歩いたり、川辺を泳いだり、時には川の中ほどまで行って川の流れに乗って遊んだり、なんとものどかに動き回っていた。
そしてまた散策路を歩くと、三つ又になった所に「右・田代池100m」の看板があった。急ぐわけでもないので、行ってみることにした。
田代池は、池というよりちょっとした沢のような所だった。沢の中に手を入れてみると、そ れはそれは冷たい水で、長くは手を入れていられないほどだった。その冷たい水はすごく澄んでいて、小さな魚たちが気持ちよさそうに泳いでいるのが見えた。そして、沢の中ほどには20㎝くらいの魚も見えた。
元の三叉路に戻ると、所々に雪が残る穂高連峰が美しく見えた。再び、散策路を歩くと、すぐに田代橋に着いた。橋から見る穂高連峰も美し い。
僕たちは、橋を渡り、対岸のコースを選んだ。散策路はよく整備されていて、気持ちよく歩くことができる。
ウエストン卿のレリーフのある沢で、森林浴を楽しむことにした。背中に背負っていた折り畳み椅子を出し、沢の横の木陰に腰を下ろし、マイナスイオンを思いっきり吸った。このままずっとここにいたい気がした。ペットボトルのコーヒーを口にし、まったりとしたひとときを過ごす。まさに至福の時を感じ た。思いきって上高地に来てよかったとつくづく思えた。
20分ほど木陰で過ごし、再び散策路を歩いた。咲き終わりに近い濃い黄色のユリに似た花や、白い細かいふわふわした感じの花が所々に咲いて いた。植物に詳しくない自分が少しくやしかった。
「あっ、サルがいる。」
突然、妻が声を上げた。河原にサルの親子がいた。野生のサルに出会うなんて、なんて運がいいんだろう。しかも、親ザルにしがみついて甘える子ザルのかわいいこと。と、思ったら、いるわいるわ、林の中から次から次へとサルたちが河原に出てきた。3人(3匹?)兄弟と思われるサルは、3匹でじゃれ合いながら 走っている。赤ちゃんザルを連れて歩く母ザル。しばらくの間、散策路から河原のサルたちを見つづけた。
再び散策路を歩くと、今度は前から普通にサルが歩いてくる。サルに出会ったら目を合わさないようにということを聞いていたので、サルの少し横を見ながらすれちがった。なんとも不思議な気分だ。道路を歩いていてサルと 普通にすれちがうのだから。
また1匹、サルが歩いてきた。今度は写真に収めてやろうと、カメラをサルの方に向けて、目だけは横向き。そして、すれ違いざまにシャッターを押す。ところが、デジカメっていうヤツは微妙にタイム・ラグがあって、写っているのを確認したらサルの後ろ半分だけでふわふわの毛のかたまりのような写真になっていた。それがまた笑える写真で、家に帰ってからプリントアウトした ら、サルのケツの毛のふわふわのかたまりだけが強調されたばかばかしいほどおもしろい写真になっていた。
こうして、その後も何度も何度も休憩がてら立ち止まっては上高地の雰囲気を味わいあがら散策を続けた。風は涼しく、さわやかな高原の風だ。 結局、僕たちはさっさと歩くのがもったいなくて、1時間コースを3時間かけて歩いた。
河童橋にはお昼少し前に着いた。十分に上高地の雰囲気を味わったつもりだったが、河童橋から見る雪の残る穂高連峰は、空の青さとのマッチングがすばらしく、またまたしばらくの間、見とれてしまった。
お昼になり、河童橋のたもとの木陰に腰を下ろし、河童橋を行き交う人々 や、水面が太陽の光でキラキラ光る梓川を眺めながら2人でおにぎりを食べた。心の底から、超気持ちいい~って感じがした。
お弁当を食べ終わると、バス・ターミナルに行ってシャトルバスに乗って 沢渡に戻った。歩き疲れたのか、「大正池」バス停からは記憶がない。気づいたら「沢渡中」バス停だった。フルフラットにしたVOXYの後席では寝付きが悪かったのに、路線バスの狭い客席の椅子の方がよく眠れるのだから不思議なものだ。次の終点「沢渡大橋」でバスを降り、駐車場に向かった。
沢渡にはいくつかの日帰り温泉がある。「沢渡大橋」バス停前にも2つの日帰り温泉があった。僕たちは、市営沢渡梓駐車場からも「沢渡大橋」バス停からもすぐ近くの「梓湖畔の湯」に入った。受付には優しそうなお兄さんが一人。料金は700円だったが、JAF会員割引で500円。2人で400円引きだが、これが案外お得で、風呂上がりの牛乳代を払ってもおつりがくるほどの値引きだ。
2時頃という微妙な時間だったからか、男湯には誰もいなくて内湯も露天風呂も僕一人 で独占状態。露天風呂で山の緑と空の青さを独り占めして思いっきり手足を伸ばしてお湯に浸かった。お湯は、温泉独特のヌルヌル感はなく、肌をさわるとキュッキュッという感じで、さっぱりしたいい感じのお湯だった。そろそろ出ようかと思ったところで、おじさんが1人入ってきた。
お湯から上がり、例によってコーヒー牛乳を一気飲みをすると、心も体もリフレッシュできたような気がした。和室で妻とごろごろしていたら、若い女性従業員の方が扇風機を僕たちの方に向けてくれた。受付の若者と言い、若い女性従業員の方と言い、ここのスタッフはとても感じのいい方たちだった。なんとなく恋人同士?と思わせる温かさが感じられたが、どうなのだろう。そして、すっかり体が乾いたら、なんだかさ皮膚全体がらさらした感 じになっていた。
素敵な景色を見て、おいしい空気を吸って、気持ちのいい温泉に入って、心から満足した気分で帰途に就いた。R158を松本に向かって走ると、往路では夜だったので気づかなかったのだが、バイクで走ると気持ちのよさそうなワインディング・ロードだった。道の駅「風穴の里」で両親へのおみやげのお漬物を買い、松本市内に向かった。
まだ道路が混む前の3時には松本ICに入り、一気に豊田を目指したのだが、中央道で睡魔に襲われそうになってきた。こういう時は迷わず眠ればいいのだ。駒ヶ岳SAで30分ほどフラットにしたままの後二列のシートで横になり、しっかりと眠気を覚ましてから再び中央道を走った。
東海環状道豊田松平ICを出て、家に着いたのが7時前。三連休初日にもかかわらず、一度も渋滞に遭うことなく家に着くことができた。
上高地は避暑地として有名な所だが、確かに有名なだけのことはある。豊田の7月はジメ ジメしたイヤな季節だが、上高地は全然気候が違っていた。涼しくて、からっとしていて、景色も空気もさわやかで、とても素敵なドライブになった。
先月、ぶらっとキャンピング・カーの展示会に行ってからというもの、車中泊にすごく興味がわいてしまいました。それから、3月だったかTV番組の「いい旅夢気分」で見た富山の城端や五箇山に行ってみたいと思っていました。城端を「じょうはな」と読むことも、越中の小京都ということも、それどころか城端という街があることさえ僕は知りませんでした。五箇山は合掌造りの集落で、世界遺産として有名です。飛騨の白川郷には行ったことがありますが、五箇山には行ったことがありません。僕のなかでは、富山は遠いというイメージがあるのです。
ところが、車中泊をすれば、遠いと思っていた富山県にも土曜日だけで十分行くことができるのです。
手帳を見ると、6月の土日はほとんど予定が詰まっていました。
「やるなら今週しかない。」
そう思った僕は、さっそく妻を誘って、初めての車中泊に挑戦し、城端と五箇山に行くことに決めました。
それ以来、自分なりにこつこつと準備を進めました。愛車VOXYには小型の電池式ランタンなどバイクでのキャンプ・ツーリングの用具を流用した車中泊グッズを、フル・フラットにしたシートの下にうまく収納し、木曜日までに準備をしておきました。
<6月3日>
金曜日、仕事が終わって帰ったのが7時半頃でした。週の最後の金曜日に親子勤労活 動で側溝の掃除をしたり、PTA常任委員会を仕切ったりして、どっと疲れが出ていましたが、天気も良かったので車中泊ドライブ決行しました。
1時間ほど、体を休めたり、着替えを用意したりした後、疲れた体にムチ打って8時半には妻といっしょにVOXYで豊田の自宅を出ました。家で食事をして、お風呂に入って、などと思いましたが、ここでのんびりしてしまっては、「まあ、いいか」ということになり、出かけられなくなりそうな気がしました。
今回の目的は、車中泊の初体験と、富山県南栃市城端と合掌造り集落の五箇山の散策、そして温泉です。
家の近くのコンビニでおにぎりやサンドウィッチを買い、東海環状道・豊田松平ICから高速に入りました。しかし、お腹がすいていたので、インターに入ってすぐの鞍ケ池PAにVOXYを止め、フル・フラットにしてあるリアシートに座り、カーテンを閉めて、思いっきり足を伸ばして晩ご飯です。今夜は初の車中泊を予定しています。チェックインの時間などありません。時間はたっぷりあるので、缶コーヒーを飲んで外でラークを一服。1週間の仕事の疲れが吹き飛ぶくらいいい気持ちでした。
9時半頃に鞍ケ池PAを出て、東海環状道~東海北陸道を他人にペースを乱されることなく気持ちのいいペースで走りました。夜の東名・名神は大型トラックが多くて走りにくいのですが、地方の高速道路はすいていて実にいい気持ちで走ることができるのでした。
11時少し前に、車中泊初体験の場として決めていたひるがの高原SAに着きました。カーテンを閉じた同類と思われるクルマが数台いたため、なんとなく安心できました。フル・フラットのシートの段差が気になって寝付きはよくなかったのですが、いつの間にか眠ってしまいました。
<6月4日>
高原の朝は寒かったです。4時頃に寒さで目が覚めたものの、次に目覚めたのは6時すぎ。ただ、そんな早い時間なのに駐車場もトイレも大混雑でした。大型車駐車場には観光バスが並び、小型車駐車場では、空いた場所を探すクルマがうろうろしていました。寝間着代わりのジャージにサンダル姿の僕は、かなり浮いた存在だったことでしょう。この状況でのんびりと顔を洗ったり歯を磨いたりしていては迷惑になると思い、眠い目を擦りながらすいてい ると思われる次の飛騨河合PAまでVOXYを走らせました。
トンネルとトンネルの小さな隙間のような場所にある飛騨河合PAは予想どおりすいていました。そこで、やっとトイレや歯磨き、洗顔などを済ませることができました。そして、次は朝ご飯です。PAの売店はまだ開いてなかったので、次の城端SAを目指しました。
8時頃に城端SAに着きました。早朝からかれこれ80㎞くらい走っています。城端SAにはレストランはありませんでしたが、コンビニにはおいしそうな手作りパンが並んでいました。パン好きの妻は喜んでいくつかのパンを選んでいました。さわやかな朝の空気の中、SAの芝生のベンチで食べた手作りパンは想像以上においしいものでした。
こうして、僕の車中泊初体験は、なんとか無事に終えることができました。
宿泊の場所として選んだひるがの高原SAは、周りにも車中泊のクルマがいたので、着い てすぐに不安は消えました。寝床については、フラット・シートの段差が予想以上に気になりました。段差を埋める工夫か、エアマットなどで解決していかなければならないと思いました。暑さ対策については、今回は電池式の扇風機を用意しておいたのですが、逆に「寒い」と感じるくらいだったので問題はありませんでした。一番大きな問題は、SAの朝の混雑でした。今回は周りの迷惑になってはならないと思い、顔も洗わずに逃げるようにして次のPAまで移動して解決しましたが、こればかりは朝になってみないと分かりません。
さて、おいしい朝食を済ませた僕は、うきうき気分でVOXYを走らせ、福光ICで1000円の表示を見て出ました。この安さも魅力的です。
ナビに従って城端方面に向かいました。JR城端駅の交差点で信号待ちをしている時、ふと駅舎に目をやると、昭和初期のような建物でした。すぐにウィンカーを出し、駅の駐車場に クルマを止めて駅に入りました。
「子どもの頃の駅って、こんな感じだった。」
城端の街に入る前から感動です。越中の小京都・城端に、ますます期待が高まりました。
資料館などの開館が9時からということだったので、その時間に合わせて駅を出ました。
城端の市街地に入り、駐車場を探しながら走っていると、がら空き状態の南砺市城端伝統芸能会館「じょうはな座」の駐車場が見えました。いいのか悪いのか分かりませんが、そこにVOXYを止めさせていただき、街並みを散策することにしました。
まずは、すぐ近くの城端曳山会館です。館内には、4台の山車が展示されていました。照明が暗くなると、山車の提灯に灯がともりました。いい感じです。5月5日の曳山祭で市内を曳かれた本物の山車です。ビデオで祭りの様子が映し出されていましたが、壮観で素敵なお 祭りでした。その後、併設されている町史館「蔵回廊」に行きました。中身はどこにでもある歴史資料館のようでしたが、白壁の古い蔵を結ぶ回廊を歩いて 展示物を見るようになっていて、一見の価値はありそうでした。
外に出て、町で一番目立っている善徳寺に行ってみました。室町時代に建立されたという山門を見ただけでも、その古さと壮麗さに圧倒されます。中に入って本堂を見ると、もっともっとびっくりです。歴史的な詳しいことは分かりませんが、柱の端には象が彫られていたりして、古さの中にも不思議さも感じられました。
その後、曳山会館でいただいた街並み散策のパンフレットを見ながら、歩きました。街は 新しい建物も景観に合わせた造りになっていて、確かに小京都を味わうことができました。街の東側に川が流れています。その川に沿った道が「水車 ウォッチング・ロード」と名付けられていました。少し足を伸ばして川に出ると、昭和30年代と思われる古い工場が目に付きました。木造で、屋根のぎざぎざが古さを物語っています。クルマの街豊田で生まれ育った僕は、頭の中で子どもの頃の豊田市の風景と重なり、ノスタルジックな気分になってきました。
パンフレットに示された小径を行くと、田園風景の中にいくつかの小さな水車がありました。そのうちの一つは、実際にそば粉を打つのに使われている「本物」の水車でした。直径は1mあまりですが、生活感が感じられる貴重な水車のように思えました。
再び市街地に戻り、喫茶店を探しました。美しい町並みにおしゃれな喫茶店はつきもの です。ところが、おしゃれはともかく、喫茶店さえ見つけられませんでした。ちょっと残念でしたが、喫茶店を探しながら越中の小京都の町並みを散策できたので、それはそれでよかったと思いました。
10時半頃に城端を出て、西町通りのR304を南に向けて走りました。国道は徐々に上り坂になりました。途中の景色のよさそうなパーキングにVOXYを止め、南栃の風景を見下ろしました。山あいの狭い田園に小さな集落が点在しているのが見えました。それが、この地方の特徴だそうです。
峠を越えて一気に坂を下ると、五箇山・相倉合掌集落がありました。案内標識に従ってVOXYを進めると、合掌集落の駐車場がありました。協力金500円を支払い、バス停の横の喫煙所に向かいました。そして、ラークをくゆらせながらすぐ横の土産物屋に目をやると頭に被る傘が目に止まりました。日差しの強い日になったので、妻は日傘をさしています。
「あの傘、被ったら。」
と妻が言うので、商品の傘を頭に乗せてみました。妻は、
「かさこじぞうみたい。」
と、笑いながら言うのですが、急にまじめな顔になって、
「日差しが強いから、被ったほうがいいよ。」
と言うので、値段を見てみたらたったの900円。こうして帽子の似合わない僕は、「かさこ じぞう」のお地蔵様になったのでした。
相倉の集落は生活の匂いがぷんぷんしていました。下呂や高山の合掌村は、いわばテーマパークのようなもの。使われなくなった合掌造りの家を移築して観光用の村が作られたのです。しかし、ここ五箇山の相倉集落は違います。村人が住んでいるのです。点在する合掌造りの家家の間にある田んぼで働いている人がいます。茅葺き屋根を修理している人がいます。家の前から軽トラで出かけようとしている人がいます。合掌造りの家で、人々が暮らしているのです。
1時間ほどの散策を終え、合掌造りの店でやっとおいしいコーヒーにありつけました。コ ーヒー・カップも和風で、相倉集落の雰囲気に合っていました。
お昼少し前に五箇山相倉集落を出て、R304をさらに南に向けてVOXYを走らせました。途中の高台から合掌集落の上梨集落を見下ろす絶景ポイントのパーキングがありました。谷間に合掌作りの集落が見えました。ただ、高所から見た上梨には相倉集落ほどの生活の匂いは感じられませんでした。しかし、山あいに見える合掌集落はとてもいい雰囲気の景色で、魅力的でした。
五箇山の集落を過ぎると、「五箇山くろば温泉」があります。お昼を過ぎていたので、 ここでお昼ご飯を食べてから温泉に入ることにしました。
僕は五箇山定食を、妻は山かけ蕎麦を注文しました。五箇山の蕎麦はおいしいという話を聞いたことがあります。固くて重い五箇山豆腐も食べてみたいと思っていました。迷った末、蕎麦のおいしい地域はいろいろな所にあるけれど、五箇山豆腐が食べられるのはここだけだと思い、五箇山定食にしました。
五箇山豆腐は、大豆の味が濃く、普通の豆腐が凝縮された感じですごくおいしく感じました。五箇山の蕎麦も食べてみたかったので、妻と、蕎麦一口と豆腐一切れを交換しまし た。蕎麦もすごく腰があってなかなかおいしいものでした。
食事を終えて温泉に入りました。頭と体を洗ってからお湯に足をつけると、
「あつっ。」
ということで、ゆっくりゆっくり体を沈めていきました。慣れればどうってことはないのですが、ぬるめのお湯が好きな僕は、外に出て露天風呂に向かいました。外のお湯は僕にはちょうどいい温度で、しばらくのんびりとお湯に浸かっていました。
お腹もいっぱいになり、気持ちのいいお湯に浸かり、まさに「極楽極楽」です。
お風呂上がりはもちろん瓶の牛乳の一気飲みです。あとは家に帰るだけ。まだ2時を回ったばかりなので、休憩室で少しごろごろしてから「くろば温泉」を出ました。
五箇山ICから入るのが一番近いのですが、岐阜県の道の駅「白川郷」で道の駅スタンプをゲットしたかったので、下道のR156を走りました。そして、道の駅「上平」で最後の買い物をしました。
実は、五箇山豆腐を買って帰りたかったのですが、どれも冷蔵保存の表示があり、残念ながら断念しました。しかし、真空パックの「五箇山豆腐のみそ漬け」があったので、自分たち用と、両親用と、妻の両親用に3パック買いました。家に帰って食べてみたら、「くろば温泉」で食べた五箇山豆腐はおいしかったのに、みそ付けはなんとなく酸っぱさがあって、僕の好みの味ではありませんでした。
R156を走っていておもしろかったのは、何度も何度も「岐阜県」「富山県」「岐阜県」「富山県」と、県境の標識が繰り返し繰り返し出てきたことです。そのたびに、ナビが「岐阜県に入りました」「富山県に入りました」の音声案内を繰り返すのです。どうやら、R156は荘川に沿って走っているのですが、その荘川が山と山の狭い谷間を流れているために大きく蛇行 し ているからだろうと思います。
岐阜県に入りきってしばらく行くと、白川郷IC入り口交差点に道の駅「白川郷」がありました。道の駅スタンプ帳・中部版を取り出し、スタンプを押しました。これで岐阜県の道の駅の8割はゲットしました。そして、眠け覚ましのソフトクリームを食べ、道の駅を出ました。
白川郷ICから東海北陸道に入り、あとは一気に帰るだけです。ところが、お腹がいっぱいになり、温泉にも浸かって・・・二人とも思いっきり睡魔に襲われてしまいました。やっぱり、道の駅で食べたソフトクリームだけでは睡魔には勝てません。閉じそうになるまぶたをぐっと我慢して、ひるがの高原SAまでなんとかたどり着きました。昨夜の車中泊の宿です。時刻 は午後4時。
2列目と3列目のシートはフル・フラットになったままです。そのままごろんと横になったらすぐに眠りに就いたようで、気づいた時には5時を回っていました。1時間ほどぐっすり眠ったら、頭も目もバッチリです。
休日の夕方の高速道路も思ったよりスムーズに流れていて、7時前には豊田松平ICを出ました。
豊田市内のくるくる回るお寿司屋さんで晩ご飯を食べて帰りました。
帰ったのは土曜日の夜です。「なんて楽しい2日間だったんだろう」と思いました。それからしばらくして、「あれっ?昨日は一日中働いてたじゃん」と思ったのです。気持ちの上では、金曜日土曜日と2日間まるっと楽しんだような錯覚をしてしまっていました。その上、翌日の日曜日は休養日に充てることができ、ごく普通に月曜日には出勤しました。
そしてもう一つ、今回のドライブではほとんどお金を使わずに楽しめました。宿泊費はもちろんタダ、夕食と朝食はコンビニ、通行料金は休日1000円で、しかもすいた時間帯に走ったので燃費も伸びています。まさにいいことづくめでした。
どんなことでも、初体験というのは、いくら楽しみでも不安はあるものですが、実際には想像以上に「よかった~」と思えるものなのです。なんと言っても、「初体験!」ですから。これでどうやら、病みつきになりそうです。