やけくそ映画鑑賞である。「ロケッティア」である。三〇年代、背中にロケットをつけて飛びまわる技術をナチスとアメリカが競争していて、ちょっぴり成功していたアメリカの技術を、ハリウッド男優(←実はナチスのスパイ)が盗もうとする。そこに巻きこまれたしがない美男美女が闘う話。最後は、ギャングとFBIが団結して、なぜかアメリカに来ていたナチスの方々を虐殺。……で、そのハリウッド男優であるが、ティモシー・ダルトンがやっている。そういえば、ロチェスター様とかジェイムス・ボンドのお方ではないか……悪役なのに美男過ぎる。すなわちこの方、イギリスの俳優なんだが、この配役は無理にやってるのか?……。こんな役はアメリカ人ならやりたくないからなっ。ハリウッドでスパイ探し……と。言うまでもなく、ハリウッドではこの話題は生々しすぎて、これはなんとも。それはともかく美女は、ジェニファー・コネリー……。懐かしい。美男は……お前誰?
……あれっ?結構面白かったぞ……。
右は、レベッカ・ソルニット『災害とユートピア』。ちょっと読む。大地震や台風といった災害に襲われたときに一時的に相互扶助的なユートピアが出現したという報告。私はこれは「ユートピア」ではないと思うけど……。私が興味を持つのは、それを「ユートピア」と感じる人間の美意識の問題である。小田嶋隆が日経ビジネスのコラムで、相撲の八百長問題に触れ、「法令の遵守は、罰則による威圧や、社会的な強制よりも、美意識によって達成されるべきだ」と言っていたが、私もそう思う。もっと言えば、法の遵守はもともと美意識が保たれていなければ達成されないのではなかろうか。どこぞの会社でも大学でも法の遵守を徹底しようとかトップが呼びかけるわけだが、効果があるのかは分からない。寧ろ反作用の方が心配である。法を守れと言っている人間は、だいたい無理に言ってるせいか、「悪い」顔をしているので、聞いている方は、美意識を傷つけられるのである(笑)。そのことによる鬱屈をなめてはいかん。こらえきれる度合いは人それぞれだ。