伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

休職・復職 適正な対応と実務

2016-07-18 20:02:34 | 実用書・ビジネス書
 労働者がメンタルヘルス不調を含む私傷病によって就労が困難になった場合の傷病休職を中心に、各種の休職と休職からの復職、復職できないままに休職期間満了となった場合の(当然)退職・解雇等の問題について、裁判例を紹介しつつ、使用者側(企業側)の弁護士である著者の立場からの私見を交えた企業側へのアドバイスをまとめた本。
 著者の見解は、比較的強硬な使用者側の立場からのものですが、後半では、使用者企業の労務担当者からの質問が無理筋で、著者がそこまでは無理とたしなめる答えも目に付きます。法的素養というか人権意識に乏しい企業の担当者や経営者の意識はそんなもので、使用者側の弁護士も悩ましいという思いの一端が表れているというところでしょうか。
 私傷病休職していた職種の限定がない労働者からの復職申し入れの際に、従前の業務を十分にこなせるほどには回復していないが別の業務であれば可能という場合に、労働者側で従事することが可能な業務を特定する必要があるか、言い換えれば使用者は労働者が指摘した業務についてのみ現実にその労働者に従事させる可能性を検討すればよいかという問題が、最近よく話題になります。片山組事件の最高裁判決(平成10年4月9日判決)は21年間現場監督をしてきた労働者がバセドウ氏病の診断を受けて、現場監督はできない、事務作業ならできるといったら、使用者から自宅待機を命じられて賃金が支払われなかったので賃金請求をした事案で「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」と判示しています。使用者側の弁護士は、ここで最高裁が「その提供を申し出ているならば」と判示したことを捉えて、労働者側で自ら遂行可能な社内業務をある程度指摘する必要があるなどとする傾向にあり、この本でもそういう立場を取っています(166ページ)。しかし、最高裁の片山組事件判決は休職からの復職申出の事案ではなく賃金請求の事案ですから、労務の提供(口頭の提供)が要件となるために提供を申し出ていることがポイントになっていると考えられ、復職の申出でも最高裁がそれを求めるかどうかはまだ判断されていないと考えられますし、片山組事件では、せいぜい現場監督はできない、事務作業ならできるというレベルのことしか認定されていないけれどそれで足りるとされているわけですから、労働者からの「特定」は、肉体労働はできない、事務作業ならとか、夜勤はできない、日勤ならとか程度で十分と見るべきです。さらに、片山組最高裁判決後、この法理を初めて休職の事案に適用した東海旅客鉄道(退職)事件・大阪地裁平成11年10月4日判決では、「そして、当該労働者が復職後の職務を限定せずに復職の意思表示をしている場合には、使用者から指示される配置可能な業務について労務の提供を申し出ているものというべきである。」と判示しています。この判示からすると、労働者側からの従事可能な業務の特定は実質的には不要と解されます。現実的に見ても、零細企業なら別ですが、大企業では、労働者からは自らが従事可能な業務全般を把握することは困難であることからも、そのように解することが適切だと思います。しかし、この本では、東海旅客鉄道事件の大阪地裁判決をこの問題の重要な判決と位置づけつつ(165ページ)、この判決を紹介するに際して、この判示の直前で止めて、この判示は紹介していません(189~192ページ)。
 全般的には、判決の紹介で事例の紹介がきちんとなされていることなど、法律実務家向けにはよい本だと思うだけに、このような姿勢を取っていることは残念に思えました。


渡邊岳 労務行政 2016年4月15日発行
コメント
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