肥満、若年性糖尿病(Ⅰ型糖尿病)、喘息、花粉症、食物アレルギー、胃食道逆流症と食道の腺癌、セリアック病(グルテン:小麦アレルギーによる腸の不調、下痢・腹痛等)、クローン病(炎症性腸疾患から腸閉塞に至る)や潰瘍性大腸炎、自閉症、湿疹等の近年の急速な増加が、抗生物質の多用・濫用による常在細菌の消失によるものではないかという問題提起をして、抗生物質の過剰投与に警鐘を鳴らす本。
人の身体の細胞は30兆個ほどであるのに対して人の身体に住む真菌・細菌は100兆個に達し、人は消化や代謝、人体に必要な物質の産生に当たってこれらの常在細菌の助けを受け、免疫も常在細菌に左右されている。常在細菌の構成は1人1人異なり、人はそれを経膣分娩による出生の際に母親から引き継ぎ、キスや性行為等の接触(広くは電車のつり革からなども含め)により他人と一部交換を続けているとか(もっとも他人から受けた細菌は、数日もすれば駆逐され元に戻るそうです:37ページ)。キスやセックスが常在細菌を一部交換する行為といわれて、常在細菌まで一部共有するほど仲がいいのだと喜べるか、気持ち悪いと思うかは、人生観によるのでしょうか、相手との関係性によるのでしょうか。
朝起きたときに息の匂いが強くなっているのは、歯肉頸部に住む嫌気性菌が、睡眠中の呼吸が口腔ではなく鼻腔経由で行われるために睡眠中は口腔内の換気量が減って増殖し、揮発性化学物質を産生するためだそうです(31ページ)。なるほど、歯磨きを朝食後ではなく朝起きてすぐにするよう勧める見解はそういうことに基づいているのでしょうね。
著者は、近年胃潰瘍・胃癌の原因とされて忌み嫌われているヘリコバクター・ピロリ菌についての自身の研究から、胃常在菌のヘリコバクター・ピロリ菌が高年齢者では胃潰瘍・胃癌の原因となる一方で、胃食道逆流症とその結果として生じる食道の腺癌を防ぎ(135~142ページ)、ピロリ菌感染と喘息や花粉症・アレルギー性鼻炎、アレルギー性皮膚炎の発症が逆相関になっており、ピロリ菌が免疫系に影響を与えてこれらの発症を予防しているのではないか(143~154ページ)と述べています。医師がピロリ菌を始め病原性が認められた細菌(多くは常在細菌)を駆除するために抗生物質を過剰投与することで、常在細菌が死滅して人体に有用な(必須の)作用が失われたり、常在細菌が死滅した隙に通常ならば常在菌に阻まれて人体で広範に増殖できない人体に有害な細菌が増殖し、あるいは抗生物質耐性を持つ異種株が広範に増殖することになって、新たな疾病・感染症が増え、また抗生物質耐性菌が広範に出現することを憂いています。しかも抗生物質は疾病の治療のみならず、なぜか家畜に投与すると肉量が増える効果があるので畜産家が大量購入・大量投与しており、自らが抗生物質の投薬を受けていない人までが食物を通じて抗生物質を体内に取り込むことになっている、近年の身長・体重の急速な増加の原因の一つは抗生物質の影響ではないかとも。著者は、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」になぞらえて、この事態を「抗生物質の冬」と名付けています。
他の原因も含めた複合的な機序が予測され、このテーマが話題を呼べば当然に製薬会社からの否定を目的とした研究を含めさまざまな反論が行われるでしょうし、真相の解明には多くの困難が待ち受けているとは思いますが、貴重な問題提起として受け止めておきたいところです。
原題:MISSING MICROBES
マーティン・J・ブレイザー 訳:山本太郎
みすず書房 2015年7月1日発行(原書は2014年)
人の身体の細胞は30兆個ほどであるのに対して人の身体に住む真菌・細菌は100兆個に達し、人は消化や代謝、人体に必要な物質の産生に当たってこれらの常在細菌の助けを受け、免疫も常在細菌に左右されている。常在細菌の構成は1人1人異なり、人はそれを経膣分娩による出生の際に母親から引き継ぎ、キスや性行為等の接触(広くは電車のつり革からなども含め)により他人と一部交換を続けているとか(もっとも他人から受けた細菌は、数日もすれば駆逐され元に戻るそうです:37ページ)。キスやセックスが常在細菌を一部交換する行為といわれて、常在細菌まで一部共有するほど仲がいいのだと喜べるか、気持ち悪いと思うかは、人生観によるのでしょうか、相手との関係性によるのでしょうか。
朝起きたときに息の匂いが強くなっているのは、歯肉頸部に住む嫌気性菌が、睡眠中の呼吸が口腔ではなく鼻腔経由で行われるために睡眠中は口腔内の換気量が減って増殖し、揮発性化学物質を産生するためだそうです(31ページ)。なるほど、歯磨きを朝食後ではなく朝起きてすぐにするよう勧める見解はそういうことに基づいているのでしょうね。
著者は、近年胃潰瘍・胃癌の原因とされて忌み嫌われているヘリコバクター・ピロリ菌についての自身の研究から、胃常在菌のヘリコバクター・ピロリ菌が高年齢者では胃潰瘍・胃癌の原因となる一方で、胃食道逆流症とその結果として生じる食道の腺癌を防ぎ(135~142ページ)、ピロリ菌感染と喘息や花粉症・アレルギー性鼻炎、アレルギー性皮膚炎の発症が逆相関になっており、ピロリ菌が免疫系に影響を与えてこれらの発症を予防しているのではないか(143~154ページ)と述べています。医師がピロリ菌を始め病原性が認められた細菌(多くは常在細菌)を駆除するために抗生物質を過剰投与することで、常在細菌が死滅して人体に有用な(必須の)作用が失われたり、常在細菌が死滅した隙に通常ならば常在菌に阻まれて人体で広範に増殖できない人体に有害な細菌が増殖し、あるいは抗生物質耐性を持つ異種株が広範に増殖することになって、新たな疾病・感染症が増え、また抗生物質耐性菌が広範に出現することを憂いています。しかも抗生物質は疾病の治療のみならず、なぜか家畜に投与すると肉量が増える効果があるので畜産家が大量購入・大量投与しており、自らが抗生物質の投薬を受けていない人までが食物を通じて抗生物質を体内に取り込むことになっている、近年の身長・体重の急速な増加の原因の一つは抗生物質の影響ではないかとも。著者は、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」になぞらえて、この事態を「抗生物質の冬」と名付けています。
他の原因も含めた複合的な機序が予測され、このテーマが話題を呼べば当然に製薬会社からの否定を目的とした研究を含めさまざまな反論が行われるでしょうし、真相の解明には多くの困難が待ち受けているとは思いますが、貴重な問題提起として受け止めておきたいところです。
原題:MISSING MICROBES
マーティン・J・ブレイザー 訳:山本太郎
みすず書房 2015年7月1日発行(原書は2014年)