伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

証拠法の心理学的基礎

2022-05-06 22:36:34 | 人文・社会科学系
 アメリカでの裁判における証拠法、例えば不公正な予断を与えるような証拠(ぞっとするような写真とか)を陪審員に見せないとか、特定の証拠を特定の事実の認定に使用してはいけない(被告人の前科を被告人が現在訴えられている犯罪を犯したという認定に用いてはならないとか、事件後改善策がとられたことを所有者・管理者に過失があったことの認定に用いてはならないとか)とか、違法に収集された証拠は考慮してはならない(陪審員は見ても忘れるように!)とか、伝聞証拠は原則として証拠にならないとかについて、心理学者の立場から、そのルールが心理学的に妥当性を有するか、認定に使わないようにと指示された陪審員はそれに従えるか等を論じた本。
 著者の心理学者としての証拠ルールに対する意見(賛否ないし妥当性)が、それほどはっきりとした形で書かれているわけでもないので、モヤモヤした感じが残りますし、心理学研究・実験の常として実験条件の妥当性の評価は難しいところ、この本は心理学そのものの本ではないこともあって紹介されている実験の条件は詳しく説明されなかったり標本数が少なかったりでスッキリなるほどと思えるという印象はあまりありません。
 「真実を語っているかまたは嘘をついている話者のビデオ録画による信用性評価について、裁判官の正確性を(警察官や他の種類の専門家とともに)テストした数少ない研究の1つがある。テストされたすべてのグループで、概ね偶然レベルにとどまる成果しか見られなかった(つまり、コイントスによって判断した方が良かったということである)」(69ページ)という記述(同様の、より詳しい記述が155~158ページにもあります)は、ある意味で興味深く、もし裁判官が自分は証人の嘘を見抜く能力があると考えているのであればこういった研究データを知って謙虚になっていただきたいということではあります。しかし、他方で、裁判実務に携わっている者の感覚として、裁判官も弁護士も証言等の信用性を評価するときに、証言の際の態度を中心に考えることはあまりなく、客観的な証拠や前後の経緯等からみてどの程度現実的かの方に比重を置いていると思います。そのあたりで、心理学者が注目するところと裁判実務の発想・感覚のズレを感じます。
 指紋の一致について、イギリスの指紋専門家5名に、その人が過去に担当した事件で「一致する」と報告した指紋についてそうと知らせずに、「最近FBIが誤ってスペインで爆弾を仕掛けたテロリストの指紋をオレゴン州の無実のアメリカ人の指紋と結びつける判断をした」と告げて、その判断とは関係なく評価するように求めたところ、過去の見解を維持したのは1名だけだった(260ページ)というのは、注目しておきたいところです。一般に確度が高いと考えられている指紋鑑定でさえ、信頼性はその程度だったとは。
 

原題:The Psychological Foundations of Evidence Law
マイケル・J・サックス、バーバラ・A・スペルマン 訳:高野隆、藤田政博、大橋君平、和田恵
日本評論社 2022年2月28日発行(原書は2016年)
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