Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

干柿・吊るし柿・柿すだれ

2019年10月30日 23時48分54秒 | 俳句・短歌・詩等関連

★干柿の山の機嫌のいまひとつ      大牧広
★柿すだれ村を離れて子を成せり     山本千之
★半日の陽を大切に吊るし柿       甲斐遊糸

 小学校5年・6年のころ、横浜市の西部で、畑の一部を造成した秋宅地に引っ越した。その20戸ほどの住宅街の傍に、その土地を手放した藁ぶきの農家があり、柿の木が3本ほどもあった。毎年見事に柿が実っていた。柿を収穫するとすぐに納屋に柿が干された。きれいにすだれ状に吊るされた柿の美しさに目を瞠った。学校の帰り道、夕陽に照らされた吊るし柿はことのほか美しいと感じたのはこのときの体験である。
 干柿というと向井潤吉の作品を思い浮かべるが、このときの体験に基づいている。そっくりな風景であった。
 是非食べたいと思っていたのだが、両親とも干柿は好まなかったので、高校を卒業するまで干柿というものを食べる機会がなかった。大学生になって仙台で初めて自分で購入してとても美味しく感じた。
 それから毎年、かならず干柿を買って食べることにしている。

 さらに登山をするようになって里山に降りて来た時に吊るし柿があるととてもホッとしたものである。吊るし柿があると、そこには人が住んでいる証である。無事下山して、間もなく温泉、あるいはバス停がすぐ傍にあるという印でもあった。



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2 コメント

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わずかだが自宅の縁側に干していた (通りがかり人)
2019-10-31 04:33:55
母と違い、祖母は几帳面で器用な人で、干し柿も、甘くて、おいしかった。それと、イカの塩辛も小さなかめにつけていた。味噌もつくっていた。明治生まれの人なので、こういうことが当たり前だったのだろうが、わが味覚はこのお婆ちゃんにより育てられ、今があります。祖母は79でトラックにはねられて亡くなるが、その歳をこえらやらnight。なあんち
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通りがかり人妻 (Fs)
2019-10-31 23:26:07
通りがかり人様が塩辛を好むのは、おばあさんの味が沁みついているのですね。
なるほど、納得です。

79歳とはいわず、もっともっと塩辛を堪能してからでも遅くはないです。
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