友人と「閑さや岩にしみ入る蝉の声」(松尾芭蕉)の解釈についてメールでやり取りした。私からの発信を整理してみた。
wikipediaでは、以下のように記述されている。
★1926年、歌人の斎藤茂吉はこの句に出てくる蝉についてアブラゼミであると断定し、雑誌『改造』の9月号に書いた「童馬山房漫筆」に発表した。これをきっかけに蝉の種類についての文学論争が起こった。1927年、岩波書店の岩波茂雄は、この件について議論すべく、神田にある小料理屋「末花」にて一席を設け、茂吉をはじめ安倍能成、小宮豊隆、中勘助、河野与一、茅野蕭々、野上豊一郎といった文人を集めた。
アブラゼミと主張する茂吉に対し、小宮は「閑さ、岩にしみ入るという語はアブラゼミに合わないこと」、「元禄2年5月末は太陽暦に直すと7月上旬となり、アブラゼミはまだ鳴いていないこと」を理由にこの蝉はニイニイゼミであると主張し、大きく対立した。この詳細は1929年の『河北新報』に寄稿されたが、科学的問題も孕んでいたため決着はつかず、持越しとなったが、その後茂吉は実地調査などの結果をもとに1932年6月、誤りを認め、芭蕉が詠んだ詩の蝉はニイニイゼミであったと結論付けた。
ちなみに7月上旬というこの時期、山形に出る可能性のある蝉としては、エゾハルゼミ、ニイニイゼミ、ヒグラシ、アブラゼミがいる。
なお蝉の種類とは別のことですが、俳人の長谷川櫂は、次のように述べている。
☆ここで芭蕉が詠んだ「閑さや」の句は『おくのほそ道』の中で大きな意義をもっています。西脇順三郎(詩人、1894—1982)ふうに訳すと、
何たる閑かさ
蝉が岩に
しみ入るやうに鳴いてゐる
こんなふうになりますが、蝉が岩にしみいるように鳴いているのなら「何たる閑かさ」どころか、「何たるやかましさ」ではないか。
やかましいにもかかわらず芭蕉が「閑さや」とおいたのは、この「閑さ」が蝉の鳴きしきる現実の世界とは別の次元の「閑さ」だからです。そこで本文に目をもどすと「佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ」とあって「閑さ」は心の中の「閑さ」であることがわかります。
長谷川櫂は尊敬する俳人で、現在岩波書店の「図書」に連載されている文章も勉強させてもらっている。しかし、上の引用で「蝉が岩にしみ入る」という解釈をしていることに違和感を持った。私は「しみ入る」のは「蝉の声」だと思っいる。
蝉時雨の下にいて、蝉の声を聞き分けたり、風のささやきを聞いたり、蝉の声の合間に鳥の声を探ったりしていると、ふと蝉の声か後景に退いて感じられる時があるのではないか。ましてミンミンゼミよりも声の抑揚・変化が小さいのでニイニイゼミの方が「閑づか」(「静か」よりもこちらの方がびったりと思う)のではないだろうか。
多分人間関係が煩わしいと感じたときに、自然の時間の中に自分を置いた際の「心すみ行」く心境なのではないか。
結論部分も長谷川櫂とは微妙にちがいを感じる。人間関係が煩わしくなくとも、自然の中で自分と対話する時間を持って「心すみ行」く心境を大切にしたいと私は思う。自然は私を間違いなく内省的にしてくれる。
ひょっとしたら、「岩にしみ入る」と同時に「自然の時間の流れが心にしみ入る」という心持ちを読み取ってもいいのかもしれない。
ここまで述べてきたように、私は「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句は、「蝉の声」が眼目である。ふと、「閑か」あるいは「蝉の声」が消えた瞬間、芭蕉は自分自身を取り戻し、次への活力を得たのだと思う。「蝉」が「岩にしみ込」んでいく、というのは芭蕉も岩に入り込んでしまい、現実からの逃避、ないし芭蕉の存在の希薄化につながってしまうのではないか。芭蕉という個人が希薄になる解釈だと感じる。
こんな思いをあらためて再確認した。