《エドフの「ホルス神殿」》
「コム・オンボ神殿」の観光を終えて船に戻り、昼食後はゆっくり休んだ。その間も船は次の停泊地に向かって航行している。
バス移動なら一定の窮屈な姿勢で座り続けなければならないが、船なら好きなことをしていていいから気分的にも身体的にも楽なのだ。
それで私は、昼食後親しくなった人達とお喋りを楽しんだり、自室で買った絵葉書(売り子から10枚1ドル=85円、切手は日本まで35円)に手紙を書いたり、船内の売店を覗いたりして過ごした。
ずっと最上階の甲板で過ごした人は、動く景色を見続けたためか「酔って気分が悪いから夕食は食べられない。」と言っていた。
17時に船がグレコローマン時代に栄えたという「エドフ」の町の船着場に着くと、私達のグループは下船して二人ずつ「観光馬車」に分乗し、「ホルス神殿」の観光に向かった。
私と友人は少年が御者の馬車があったので乗ることにした。ところが、走り出して間も無く父親が御者席に飛び乗って来て、二人で馬に鞭打ち、夕暮れ迫る街中を走らせた。
馬車が7分走ったところで「ホルス神殿」に着いた。既に陽は落ちて真っ暗になっていたので、神殿の全体像を写真に写すことはできなかったが、壁画を見るのに持参した懐中電灯が役立った。
この神殿は、プトレマイオス朝時代の紀元前237年に着工し、紀元前57年に完成した神殿で、守り神「ホルス神」とは冥界の神「オシリス神」とその妻「イシス神」が生んだ子どもで、「ハヤブサ」の頭をした神だ。
神殿は大きく、今から2060年以上前に建てられたものとしては保存状態がとても良いそうで、高さが3mはあるかと思う大きいホルス神の彫像が第二門の入り口に置かれていたり、レリーフが至る所に彫刻されていた。
しかし、紀元391年にローマ帝国の「非キリスト教崇拝禁止」が打ち出された後、燃やされたらしく、天井部分が黒く焼けていた。
この近辺の地下にも「ナイロメーター」が作られているのを見に行った。
帰りも同じ馬車に乗って暗い街の通りを抜けて船着場に戻ったが、降りる時に添乗員から言われていた額のチップを父親に渡したら、彼から「息子にもくれ。」と請求された。私は「1ドルはあなた、もう1ドルは息子です。」と言って急いで友人と降りた。