教育カウンセラーの独り言

今起こっている日本の教育の諸問題と受験競争の低年齢化している実態を見据えます。

<終戦記念日>産声を上げた日、恩人は帰らず--東京大空襲時に誕生の女性

2009年08月16日 13時19分33秒 | 社会・経済
 『◇「お返しできないまま」、 約300機の米軍機B29が下町を襲った1945年3月10日未明の東京大空襲。約10万人の命が奪われたその日朝、小野芳子さん(64)=埼玉県草加市=は産声を上げた。母小田切きいさん(87)から繰り返し聞かされたあの日の記憶。恩人の女性は戦火に巻き込まれ、どこで亡くなったかすら分からない。「助けてもらったのに何もお返しできていない」。64回目の夏が来てもなお、もどかしい思いは消えない。 芳子さんの一家は当時、隅田川に面した現在の江東区常盤付近に住んでいた。3月9日夜、きいさんに陣痛が訪れる。川崎市の機械工場に勤務していた父三好(みよし)さん(故人)はまだ帰らない。近くに住む親類も自分の家のことで手いっぱい。困ったところに、病院への付き添いを買って出る女性がいた。近所に引っ越してきたばかりの「小林さん」。名字しか知らない間柄だった。3歳ほどの娘「やすこちゃん」をおぶっていた。 都電を乗り継いで錦糸町の病院にいったん無事入院した。「では帰るからね」と家へ戻る小林さんを見送ってほどなく、空はB29に埋め尽くされた。次々と落下する焼夷(しょうい)弾。パニック状態となった病院から、他の妊婦と一緒にトラックに乗せられ、隅田川まで進んだところで車は動かなくなった。 橋の下に避難したきいさんは、陣痛に苦しみながら戦禍の一夜を明かした。翌朝、山と積まれた焼死体を横目に、火災の熱を残したコンクリートの建物の横で暖をとった。周りの助けで車に乗せてもらい、文京区にある別の病院に入院してすぐ芳子さんは生まれた。周りでは「お父ちゃーん、お母ちゃーん」と親を求めて泣く子供たちの声が響いていた。 一家は全員無事だった。だが小林さん親子の消息を知る人はいなかった。「帰り道でやられたのか、家に帰ってからだったのか」。芳子さんは顔を曇らせる。きいさんは桐(きり)の小箱に「小林様」と記し、毎日、水とご飯のお供えを続けてきた。戦後60年の05年、苦労しながらまとめた記憶をノート数ページにつづり、芳子さんに託した。 芳子さんは「何かが少しでも違っていたら生まれていなかったかもしれない」という思いで生きてきた。「ささやかでも感謝の気持ちを形にしたい」と昨年から千羽鶴を折るようになり、母の手記の写しは09年3月、江東区の東京大空襲・戦災資料センターに届けた。 終戦記念日の15日。空襲の夜に自分の誕生を支えてくれた恩人を思い、そっと手を合わせる。』毎日JP

人間の生き死には、時と場所を選ばないと言う昔からの教えです。 戦争中は、食料や栄養不足と空の要塞と言われた米軍のB29爆撃機の空襲の連続で、妊婦さんも命がけだったと思います。東京大空襲で被害が出て大変な時に小林さんと言う人に本当に助けられましたね。小林さんの御家族の消息が分かれば良いですね。インターネットを通じてその当時のことついてお詳しい方は、小林さんの情報を小野芳子さんに知らせて上げて下さい。毎日新聞東京本社も小林さんの情報提供に協力して上げて下さい。長年恩人の小林さんのことを思われている小野さんの肩の荷を下ろして上げて下さい。小野芳子さんも平和の大切さと悲惨な東京大空襲の体験を戦争を知らない若い人達に是非語り継いで上げて下さい。8月15日の終戦記念日の次の日にこの記事を読ませて頂き、平和の貴さと大切さを学びました。今の平和な日本で、おろそかにされている「人間の命」の大切を再認識して下さい。小林さんのご消息が分かり、小林さんの家族や御親戚が分かりますように心からお祈り申し上げます。

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行方不明:渓流釣りの親子孫3人、無事救助 青森

2009年08月16日 12時32分08秒 | 社会・経済

 『青森署は16日、青森市合子沢松森の川に釣りに出かけたまま行方不明となっていた同市千富町、坂本英治さん(75)、息子の横浜市、仁志さん(39)、孫の竜之助さん(12)を発見した。3人にけがはない。 同署によると、同日午前6時35分ごろ、3人が沢を自力で下っているところを県警のヘリが発見し、救助した。英治さんらは15日午前10時ごろに、川へ釣りに出かけた。「沢から出られなくなった」と話しているという。』毎日JP

天候条件が今年は悪いので、沢の水かさが増えたのでしょうか。沢、さわは、細い川、短い川を意味しますが。東北地方は、日照時間が短く、低温で異常気象の影響が出ていたのかも分かりません。川釣りに出かけてなぜ沢から出られなくなったのか原因が分かりませんが。本当に3人が沢を自力で下り、青森県警のヘリコプターに発見され救助され本当に良かったですね。御先祖様の御加護ですね。関西地方と関東地方ではお盆の時期が違いますが、お盆前やお盆中の水難事故がこの所多いですね。亡くなられた二代目徳風会会長の墓相研究家竹谷聴進先生の言われた言葉を思い出しました。お盆は、先祖供養をする時期で、お墓参りや家に帰って来られる御先祖様の供養に勤める時で、お盆中は海釣りや川釣りに行ったりしないで、生き物の殺生、せつしょうをしないようにしなさいと言われました。私の亡くなった父は、お盆中は野菜中心の精進料理しか食べませんでした。海や川、湖で魚を取る事を生業とする人は別ですが。関西はお盆中は、大阪の中央卸売り市場もお盆で休みです。お盆には、御先祖様を迎え家族で供養するのが日本のお盆の伝統行事と思います。この頃、生きている人間方が、亡くなった御先祖様より大事と言う人もこの頃いますね。京都では、今日8月16日は有名な「大文字の送り火」の日です。もう一度皆さんも御先祖様のことを考え下さい。

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