『今春から公立高校の授業料が無償化されたが、太田市教委は市立商業高校に3年を超えて在学している生徒の授業料については、徴収する方針を決めた。一方、県教委は、県立学校については、留年した生徒からも授業料を徴収せず、原則一律で無償化する方向。県教委管理課は「留年していても、勉強し、卒業する意思があると思われるから」としている。 7日開会する6月市議会に「授業料等徴収に関する条例」の改正案を提案する。市教委によると、現在、太田市商に対象となる生徒はいないという。岡田孝夫教育長は、「高校は3年間で卒業することが原則で、それを超える場合に無償化を適用するのはむしろ不公平だ。病気など特別な事情があった場合には免除する」と説明している。 4月に施行された高校無償化法では、「特別な事由」がある場合、授業料を徴収できると定め、事実上県教委や市町村教委に判断を委ねている。 』2010年6月8日
高校無償化されたのだから、留年しても無償にすべきです。群馬県教育委員会が、無償にしているのですから、右にならえ統一したら良いじゃないですか。今後高校無償化が廃止される訳では有りませんから。太田市の条例で決めるべきことですか。留年した生徒も教育を受ける権利は有りますから、今後起こるで有ろう生徒の留年事情も良く考えて下さい。今のような世界世界同時不況下の日本で、授業料を留年したから徴収すると退学する生徒が増えると思いますね。留年すると就職難なので不利と考え卒業を目指す生徒が方が多いと思いますが。生徒の立場に立って、教育現場の先生方の声も聞いて議論を市議会でして下さい。留年する場合は、現実的には病気になったり、大怪我をしたり交通事故に遭ったり、精神的な病気になったりする場合が多いと思いますが。
私は、ブログを書いて本日で3年8か月になりました。インターネツトの世界は、顔が見えないので書いている人の気持が十分伝わりにくい面も有ります。父と母が続けて亡くなり母の入院介護で、健康を害し駅で二回倒れ、家出で倒れ、交通事故で危うく死ぬところを助かりました。山崎宝積寺(www5a.biglobe.ne.jp/~kazu_san/<wbr></wbr>hyaku_hosyakuji.html )副住職の寺石典亮氏(元私立女子高校の先生)にプログ書き、本名で堂々と論戦を挑めと勧められました。首の椎間板ヘルニヤの治療が下手な整形外科医に当たり首の牽引で左手が動きずらしくなり椅子に長い間座って居られず、肩関節の痛みをこらえてパソコンを操作していました。一年目に一週間脅迫を受けOCNのテクニカルサポートの方に助けて頂、ヤフーに抗議しましたが拉致があかず。京都の大學法学部で教えを受けた長年人権問題で活躍されている弁護士の0先生に相談致しました。その時分はIPアドレスで分析出来ませんでしたが。国立IPセンターにメールの内容を総て証拠書類として全部フアックスで送付し調査して貰い解決しました。私は今も私を誹謗、中傷、名誉を毀損、脅迫するようなコメントは総てブリントアウトして保存しています。法律的証拠として裁判所に提出する為です。その時名古屋の「こんなんでええんか」のサイト管理者ヒロ様に助けて頂,御自分のコメント欄に直ぐに載せ頂、メールを通じて相談に載って頂きました。有名国立大学の大學院博士課程修了の学力のある方と思いました。その後4日間非難、批判され本名を暴露されてから、私の独り言から今の教育カウンセラーの独り言にニックネームを変えました。パソコンの独学の私はなかなか操作が今でも上手く行きませんでした。ヒロさんに嫌がらせや裁判訴えられてもひるむな私の書き方の悪いところを教えて頂、毎日頑張ってプログを書き続けなさいと励まして下さいました。一昨年は、ホームページを知人に紹介したところ自分のブログで勝手に批判、私が紹介者とグルになり情報漏えいしたと難癖付けられ、大阪府警本部サイバー犯罪の担当室にも相談しました。200万円要求され私はお世話になっている大阪弁護会所属0弁護士に相談し,指示を仰ぎ裁判の証拠書類になるようなものは皆コーピしました。インターネットに詳しい0先生の法律事務所の若手弁護士先生にお伺いし私の行為は間違ってい無いと言うことも証明されました。最後は私の住んでいる場所の消費生活センターと所轄警察に届け出て付きました。今は、警察署でも個人でもIPアドレスで発信元が解析できる時代になりましたので良かったと思っています。この3年8月を振り返りますと私への中傷、誹謗、名誉毀損、基本的人権の侵害や差別発言に当たるコメントや非難が多かったと思います。それと新聞社とマスコミ報道に対する根強い批判です。確かに憲法で表現の自由、報道の自由 は保障されていますが、無責任なテレビキャスターの言動には責任が有ります。ブロクを書く人も自由ですが自分の書き込んだ内容やコメントは、人を目の敵のように批判、非難ばかりせず、自分の言動には責任を持ち、受け取った相手の基本的人権も考えるべきでは有りませんか。自由とは、夏目漱石が言ったように責任と義務を伴います。毎日新聞社を批判するのなら、堂々と言論で私を非難しないで抗議し、筋を通したらどうですか。男らしさがまつたく有りませんね。今回の夕張市の救急患者受け入れ拒否で随分私への非難の個人攻撃が集り、言論弾圧や私への差別発言に繋がるコメントも寄せられましたが、総て法律的証拠書類扱いとして、裁判資料の準備として印刷し保存させて頂きました。平生怒らない私が怒り心頭に達するコメントです。休火山の大爆発です。救急患者の命と自殺者の命や家族の立場を考えプログ書いたら、正気か無知、情報弱者と言う低所得者や高齢者、視聴覚障害者への誹謗、中傷、名誉毀損、差別言動は許さず、糾弾されるべき人物コメントです。 情報弱者と言う差別論者の貴方様に『人の世に熱あれ、人間に光あれ。全国宣言。(大正13年3月3日制定)』を謹んでプレゼントします。 差別言動に当たるコメントも貰いや精神主義で医療崩壊を導くと患者の立場に立ったら非難されましたが。私への言論への圧殺も有りました。まさしく医療ファシズムですよ。貴方達のほうにもう物言えば唇寒し秋の風が迫っていると思いますよ。戦前のような物も自由に言えない時代が来ない様に頑張らないといつか来た道に戻りそうですね。京都大学文学部名誉教授の会田雄二さんの恩師、歴史学者井上智勇先生の亡くなられる前に『歴史は繰り返す』と言われましたように近くて遠いお隣の将軍様のお国のような独裁的暗黒時代が日本にこれから来ないように努力しないといけません。菅内閣の前原誠治国土交通相のお父さんは週刊新潮(2005年10月13日号)で、『父親は「京都家裁の庶務係長で、飛び込み自殺していた」』と告白されお母さんを責めたとも苦しかった当時の心情を吐露されているでは有りませんか。患者、人の命の尊厳や貴さが精神主義と言う人達や無駄口症候群の人達は忘れていますが。 医療関係者、医師、看護師の命も同様に貴いと私は思っていますよ。皆同じで命が1番大切と思いますよ。今回のブログでは書いてはいませんが、医療現場の勤務時間の激務による医者や看護師の過労死の問題も昨年取上げています。看護師会からトラックバツクと貴重なご意見も頂きました。二度と書くなとか教育カウンセラーは、夢理想私への言論弾圧と職業に対する差別発言と名誉毀損と侮辱、基本的人権の侵害です。私の尊敬する教えを受け、一昨年4月急死した大学法学部教授の先輩の事も思い出しました。京都府で解放運動の先頭に立ち、行動し心血注いだ人でした。亡き先輩に言えば、寄せられたコメントで私の基本的人権を侵害し、中傷誹謗、名誉を毀損し、差別発言をし脅迫したもんはまとめて告訴し、裁判に皆訴えて損害賠償を請求したれやと言われるのに決まっています。本当に暴力や不正に対して自分の危険も顧みず裁判で闘った男らしい京都の大ボスでした。確かに私は、医療問題や救急医療問題には、碩学非才で勉強不足ですが、1つのブログを取上げて目の敵にされ、攻撃や非難を繰り返されてもされて内容を判断して貰っても困ります。非才で文才の無い私は、いつも上手く良いブログは書けません。市井の日本の正式法律学会に所属する法律研究者の端くれとして、今後『医療と人権』問題を患者の側や家族の視点から真剣に見据え、言論弾圧や妨害が有っても負けずに、挫けずに法律で対抗し患者の目線に立って研鑽し取組んで参ります。『日暮れて道遠し』ですがこれからは真摯に勉強して行きたいと思います。私も解放研究所所長の鈴木祥蔵先生に教えを受けた私への中傷、誹謗、名誉毀損、基本的人権の侵害や差別発言や差別行為に対しては黙って引き下がる訳には行きません。教えを受けた先生方に申し訳無く怒鳴られます。市井の勤務医だろうと医療関係者だろうと無かろうと私に口封じや『表現の自由』の圧殺や言論への弾圧は許されません。これを期に法律に無知な不法行為者、法律を平気で破る差別コメントを送って来た『基本的人権を侵害する』アウトローに対しては厳しく対峙し、誰で有ろうが法律に基づき今後法的手続きと法的措置きっちり取り対処して参ります。医学知識や医療問題に詳しくない私を一方的に攻撃するのでは相手を間違っているのでは有りませんか。私に対する中傷誹謗、名誉毀損、職業に対する差別発言を正し言論弾圧は、法治国家の日本で、最高法規の憲法違反で不法行為です。日本は法治国家で、法律の無い国家では有りません。私に偏向しているそれなら「患者の命や自殺者の命、自殺した家族の心情や痛みも無視し、救急患者の命は盥回しで切り捨て御免ですか。医療関係者として人間の命の尊さや人の痛みや苦しみが分からないのですか。野中広務元自民党幹事長の言われたこの頃『社会的弱者に対する暖かいまなざしが無いのではない。』は本当の事です。反対意見や素人の意見も聞くことが民主主義社会の日本では有りませんか。私への言論圧殺と刑法の適用を受ける脅迫罪です。この前もこの人が、コメントで救急患者は亡くなっても仕方が無い言われましたが。高齢者社会で、いつ悪化するか分からないお年寄りや自宅療養をしている病人を平気で見捨てるのですか。人間としての人道主義やヒューマニズムは無いのですか。私が偏向していると女性の方からコメントに書いて来られた、今月祥月命日に当たられる亡くなられた弁護士で、日中友好に活躍され尽くされ私も大學院で教えを受けた公法学者の法学博士一円一億(いちえんかずお)先生は、自分の考えだけで人を思想的に区別し、左や右やと人を判断しては行けないと言われたのを思い出します。知識人の風上にも置けません。学問研究、社会科学研究の正しい学問姿勢です。いや総ての学問研究に共通することと思います。 中国革命が成功したのは、中国共産党だけの力ではないアウトローとし言われた右派の人達の力も有ったと教えて頂きました。専門家以外は口出すなと強引に言われましたが。 聖徳太子の17条憲法に 十七曰。夫事不可独断。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事。若疑有失。故與衆相辨。辞則得理。
読み下し 十七に曰わく、それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。少事はこれ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。故(ゆえ)に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得ん。
現代語訳 十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。
[出典]金治勇『聖徳太子のこころ』、大蔵出版、1986年』
【参考図書】 一部引用』に良く人の意見を聞けと書かれています。医療の独裁体制や閉鎖性は、勤皇の志士坂本龍馬さんの言葉を借りれば、今日の日本の救急医療の問題も『日本を今一度せんたく(洗濯)いたし申し候・・・」綺麗に洗濯する必要が有るのではないでしょうか。私の母が亡くなる前の救急車で入院した国立病院に準ずると言うS○○会病院の女性ケースワーカーに母の事を痴呆老人と精神科医が言いましたので抗議しましたらテープに取っていたのかと言いました。患者様と言うのはお題目だけで、実際には入院患者の基本的人権を守るという意識が病院として有りませんでした。自宅介護をすると言いますとお金はあるのかと言いました。私は出るところに出て人権侵害で裁判に訴えるぞと言いました羅、弁護士は医療に関する法律は知らないと言いましたが。この年の前に大阪弁護士会の女性弁護士が滋賀県立医科大学を相手取り3憶8千万円の損害賠償を勝ち取った弁護士として全国医療事故裁判の有名弁護士の一人掲載され紹介されていました。北陸に亀田製菓の柿の種の裏袋に『月夜の晩と米の飯』と言う諺が北陸に有るそうです。銀シャリは、昔はなかなか食べれなかったのかも分かりませんが。又戦前からの大正時代の人しか分からない諺として関西にも『月夜の晩ばかりと違うで、夜道に注意しいや!』と言う諺も有ります。新聞報道によりますと実際この諺通京都で報復した人物もいるようです。古都、京都は古い所が有るなあと静岡県の知人が言いました。昔からお年寄りの言われた通り、悪行を働き、おごり高ぶり、人の恨みを買った 医療関係者には、放って置いても時期が来れば天罰が当たり。いつか頭を打ち痛い目に会う日が、死ぬまでに必ず来ると言われています。誰が正義の天誅を下すか神様のみぞ知る誰にも分かりません。世の中、香典の2倍返しよりも、半分返しのような出来事も有ったよと昭和3年のお年寄りの長い人生経験から教えて貰いました。私は、今まで叩かれても、どつき返さない非暴力主義の合法論者ですが。亡くなられた元検事で、大阪では検やめ、判やめの弁護士と言いますが。弁護士佐賀潜氏の書かれた光文社のカッパビジネスシリーズから刊行された法律入門書は大ヒットとなり、『民法入門』『刑法入門』『商法入門』『労働法入門』『道路交通法入門』は慶応大学法学部御卒業の法学博士で国際的に御活躍されている麻生総合法律事務所代表弁護士麻生利勝先生が後を継がれ内容を改訂されています。佐賀潜さんが昔の武士は、大小の刀を腰に刺していたが、現代の武士の魂の刀に代わる物は、法律だと言われました。私は人と争うのが嫌いですが。自分を守るためには受けて立たざるを得ません。出身大学の法学部でお世話になっている弁護士の0先生に君は音無し過ぎると言われ喧嘩は、すればするほど強くなると言われましたが。これだけコメントで非難され個人攻撃されたら私の長年教えを受けて耐えに耐えた抜かない私の真剣の刀が、竹やりや竹光では無いことを皆に今こそ示さなくてはならないと今回つくづく思いました。いつも血気に流行る切れ!切れ!の若者ではなく伝家の宝刀、真剣で我が身を守るために抜かざるを得ません。新撰組副長土方歳三さんの愛刀和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)ではなくても、私の長年所持しているなまくらな鈍力の昭和の浪速守国介作でも、正義の剣で法律に無知な人権無視する不逞の輩の6人ぐらいの首は一刀両断、試し切りしなくても首は叩き落とせると思っています。今の内に首を洗って置けですよ。日本の兵隊は腰抜けで敗残兵ではない終戦まで蒋介石の率いる国民党軍相手に奮戦し、毛沢東の中国共産党の八路軍より強かったと言われる国民党軍と負け知らず戦をしていたと言った事実に基づく父の生前の実話と中支派遣軍として第十一師団嵐兵団の日本陸軍の軍歌どおり忠勇無双の我兵で、勇猛果敢に闘ったアジアの人々に鬼と言われたぐらい強かったと言われ、白人相手に闘いアジアの戦後解放にも役立った旧日本陸軍軍人の名誉を守り、戦死され英霊と皆様方敬礼! 気をつけ!捧げ銃(つつ)、生き残られ戦後後亡くなられた方々、もう今はおられない方々や御高齢になられた方々の戦争の実戦体験の事も忘れてはなりません。戦後の食糧難の時代を生き抜き、日本の戦後復旧の礎になられ社会に貢献されたことを忘れてはなりません。御高齢な皆さんを情報弱者と笑いますか。本当の戦後の国賊、世界の国賊で非国民です。国外追放処分にすべきです。戦争には私は反対ですか。戦前には、自分の命を捨てて国の為に闘った負け戦ばかりしていなかった事実と乏しい食料で、夏場きゅうり一本を食べ、冬場夏の軍曹でクリーク、中国の運河に浸かり蛇まで食べて死体の浮いた池のドロ水すすり、戦友の屍を乗り越え勇敢に中国大陸で、最前線の野戦で戦った兵隊さんの事を忘れている今の未熟児のようなインテリ日本人達ばかりです。日本の「戦争責任や戦争犯罪」と戦後賠償ばかりを追求して上官の命令で闘った兵隊さんまで詭弁を弄して『戦争犯罪人』と言うのは大間違いでどれだけ今の知識人で、戦前戦争に反対し、勇気をもって抗議した知識人や政治家がいるか、戦前の歴史を見れば分かります。父から見れば戦争を知らない戦争体験の無い有名なソ連のKGBから資金援助を受けていた平和運動家もいたことを忘れてはなりません。多くの戦死した兵隊さんや父のように七年間最前線で命を的に闘い、口では到底表せない艱難辛苦と闘った旧軍人の皆さん今はほとんどはの野末の石の下に入られている方々を国賊扱いして欲しくは有りません。戦争体験の無い左翼インテリの文化人の過ちです。ロシヤや中華人民共和国に行き、亡くなったこの有名な評論家や旧社会党左派の人達がかつて言ったように国の為に闘い、戦死した兵隊さんのことを戦争犯罪人、戦争犯罪に加担している恩給もいらないと言ったどうですか。国の英雄と国家の名誉を毀損した国家反逆罪で収容所送りか、国外追放処分で戦前の日本のように国賊又非国民と言うレッテルを貼られ、国の全国指名手配ですよ。どこの国に洋の東西や国の政治形態を問わずに国の為に闘った人達や戦没者を大切にしていない国は有りますか。御遺骨を64年間も海外に放置し見捨てている戦没者への冒涜、人道主義に反する文明先進国、経済大国の日本で、世界の笑いものです。国民の代表の政治家や大臣こそが厚生労働省の責任者と一緒に御遺骨を荷物として扱わずに御遺骨収集すべきでは有りませんか。戦地で戦死した戦没者の皆さんの遺骨が日本の家族の元に帰して貰えず野ざらしになり放置されているのに涼しい顔をしている政治家や厚生労働省の高級官僚ばかりで、国家の責任を放棄しています。日本人として忘れてはいけない最大の日本国としての責務です。自由民主党にも旧日本社会党にも公明党にも日本共産党にも戦地で闘われた国会議員もたくさんおられたと思います。政治家で戦前、戦地で亡くなった人はいないそうです。口で言うだけで、自分達は戦争に行かないで済む人達ばかりです。是非超党派で、『いまだ戦後、平和な日本に帰れぬ百十万人と言われる戦死者の御遺骨』の収集を総て日本国が責務として完了し御高齢で、お迎えが来た人やお迎えの近い人への国家としての最期の御奉公に対する国家の至誠と思います。元陸軍軍人の子供の私からの集中砲火、非難攻撃への大和男、やまとおのこ)の武士として、日本男児として『正義の神剣』による切り込みです。もうこれからは一切手加減はしませんよ。竹槍ではなく、真剣の勝負です。今後は、皆さんの為に切って、切って切りまくりますよ。纏めて私の心からのお返しです。天に代わりて、無知な不法行為者、差別、選別主義者の不義を討つ!忠勇無双の我が兵はですよ。『平成の世に吹く嵐、受けて立つのが武士の意地、月に雄たけび、正義の剣をかざし、平成新撰組は今日も行く。月に雄たけび、正義の剣をかざし、平成新撰組は今日も行く! 』京都の出身大学の法学部を懐かしみ替え歌を本日作りました。インターネット時代だからこそ今の時代に法律学は大切で益々必要です。ドイツの法哲学者イエーリング『 [Rudolf von Jhering] (1818-1892) ドイツの法学者。歴史法学の立場からローマ法を研究、さらに法を社会における目的や利益の観点から分析・研究する必要性を説いた。著「ローマ法の精神」「権利のための闘争」「法における目的」など。 』の「権利のための闘争」の中で京都大学法学部御出身の立命館大名誉総長法学博士末川博先生が引用され『時代の逆流と闘い、社会悪と闘い、自分自身と闘う闘士であれ!』の一節を学生時代読んだのを思い出します。京都大学法学部名誉教授労働法の片岡昇先生も愛読されていたそうです。京都学派の先生に愛された本と言えます。学生時代の卒論の資料を貸し頂、脅迫されても怖がるな弁護士よりも警察に通報しなさいと言われた佐賀潜氏の大学の後輩に当たられる刑事事件、民事事件にもお強い大阪弁護士会元副会長中村康彦先生(森永砒素ミルク事件の事務局長務められました)にもお世話になり本当に感謝申し上げています。ずっと批判、中傷、非難に負けずにどんどん書きなさいと励まし続けて下った英語研究家の長沢寿夫の御助力のお陰で2555日分のブログが書けたと思います。本日は亡き母の日命日で、母の形見のパソコンを大事に使い今日も書き込んでいます。精神的に参っていた私が健康を取り戻せたのも3年間以上私の健康相談載り、飲む薬やその時、その時の症状にあわせ養生法を教えて頂、自宅まで朝御電話を頂いたケンコーコムの管理薬剤師のK先生のお力のお陰と感謝申し上げています。今後不偏不党、右顧左眄せずに社会的弱者の立場、高齢者、視力障害者、身体障害者や病気で苦しむの皆さん方の人権を擁護し、念頭に置き、法の社会正義の実現を目指し、基本的人権を護り、差別的言動や差別行為を一切許さず、差別無き明るい社会の実現を目指し、民主主義社会への悪しき挑戦者達を一切許さず、民主主義の日本を破壊する法を無視し、法を恐れぬ無知な不法行為を働く医療関係者の言論圧殺や言論の自由への妨害差別発言や差別行為には合法的な手段と法的制裁を加え決して見過ごさず、日本国憲法で保障されている表現の自由、言論の自由を護り抜き、乱れた今の平成の日本を皆様方と共に正し、在野の一法律研究家として正義の『法律の大刀』の竹光では無いこと実証するとともに実践し『正義の法的真剣』をふるい不正義働く無礼で乱暴狼藉者を認めず、許さず。日本人としての『大和魂』を示し、国民の命を軽んじ大切にしない者や自殺者の死を冒涜する悪行三昧の所業で、御天等様や神様も恐れぬ者どもで一方的に加担し偏向している思想の持ち主です。専門外の素人の意見や言論を圧殺し非難ばかりし矛盾を世に問い指摘し、改革を求め活動しない平成の御世の非国民、国民の目や市民の目から見て、国民にあらざるもので世界のどこの国に行っても政治体制違えども反国民的行為者です。平成の世の国民の敵、新しい国民の目から見た国賊の非弱な情報インテリの人間に日本男児として卑怯この上ない輩の差別言動や差別行為を法的に糾弾し、正し続け今日本人が忘れている日本古来から伝わるの『真の武士道、武士もののふの道』の魂を今こそ示し、教え、知らし目『真の憂国の士』の一人としてこれからも頑張って行きたいと思っています。今日の日本の平和と戦後の発展は、幾多の戦争犠牲者の貴い血であがなわれていることを忘れ、平和ボケしている今の日本人の姿を亡くなった戦没者はあの世からどう思っているか良く考えて欲しいと思います。情けない日本人ばかり増えて日本国は、魂の入っていない頭でっかちの未熟児のような無責任な言動を取る擬似インテリばかりで日本国は、文化や精神面でも斜陽化しやがてこのまま行けば消滅すると思います。日本人魂を売り渡した日本人は、医療関係者だろうと無かろうと日本人として許す訳には行きません。日本人としての誇りを若い人達に示さなかった大人の責任もあると思います。明日はわが身、医療関係者であろうと無かろうと、自分は健康だから大丈夫、自分は絶対死なないと思っていても無常の風は誰にでも平等に吹きます。明日は我が身散らば散れです。自殺した人達を精神的に弱いと笑っていると今の世の中、明日誰が切羽詰まって自殺に追い込まれるか分から無い御時世です。どこで何時誰が、大怪我や交通事故に遭いじ重症を負ったり、病気で倒れるか分かりません。「奢れる人もひさしからず、只春の夜の夢ごとし」平家物語の皆さん御存知の書き出しと人間の人生は同じです。世間で言う「奢る平家はひさしからず」ですよ。自分は健康で高い教育を受け知識も豊富だから情報弱者と言って、一人の人間差別し人を見下した貴殿も明日の事をパソコンで予言出来ますか。 人間は神様では有りませんよ。一時間後の事さえも人間には予測出来ません。健康で若くても明日倒れあの世に行くか分かりませんよ。家族が一生健康な家庭など有りませんか。生きている内に大怪我も病気もしない人はいないと思います。亡き父も二度交通事故に遭い救急病院に運ばれました。誰の命で有っても一つしかない命で、人間の命は一番大切では有りませんか。命の大切さを忘れないで欲しいと思います。
☆平成新撰組の旗は行く
花の吹雪か 死の 雨か
今宵白刃に 散るは何
「誠」一字に 命をかけて
平成新撰組は 正義の剣を執る
「誠」一字に 命をかけて
平成新撰組は 正義の剣を執る
明日はこの身が 散らば散れ
燃える命に 悔いはない
月に雄叫び 正義の刀をかざし
平成新撰組の 旗は行く
月に雄叫び 正義の刀をかざし
平成新撰組の 旗は行く
新撰組血風録 主題歌の替え歌
『福岡市教委は8日、バレーボール部の指導の合間に飲酒していた同市西区の市立中の男性教諭(53)を減給1か月(10分の1)の懲戒処分にした。 休日の練習の際、昼食時に保護者と校外でビールを飲んでいたという。 市教委によると、教諭は女子バレーボール部顧問。2008年頃から10年1月にかけ、月1、2回ほど午前の練習が終わった後、学校近くの飲食店で、中ジョッキのビール1、2杯を飲酒。そのまま指導に当たったり、車の中で寝て指導を放棄したりした。飲酒した時は、保護者が運転する車で帰宅していた。 保護者からの通報で発覚。教諭は市教委に「少しなら(酒を飲んでも)いいかと思った。認識が甘かった」と話したという。このほか練習でミスをした生徒約10人のほおをたたくなどの体罰を行っていた。2月に顧問を外れている。』(2010年6月8日21時47分 読売新聞)
昔の人は、己に厳しく 、他人に優しく有れと言われましたが。己にやさしく、他人に厳しい大人ばかりです。『教諭は女子バレーボール部顧問。2008年頃から10年1月にかけ、月1、2回ほど午前の練習が終わった後、学校近くの飲食店で、中ジョッキのビール1、2杯を飲酒。そのまま指導に当たったり、車の中で寝て指導を放棄したりした。飲酒した時は、保護者が運転する車で帰宅していた。』教育者として、中学校の先生、中ジョッキのビール1、2杯を飲酒。そのまま指導に当たったりるのは大間違いで、女子バレーボール部顧問としての生徒を指導する大切さや教師としての役目の重大さを認識していないのでは有りませんか。中学校の昼休みに学校の外に出ててビールを飲む先生は、現実にはいないのでは有りませんか。あきれた教育者としての所業で、中学校の先生としての勤務態度が悪いです。福岡市教育委員会の処分が大甘すぎるのでは有りませんか。義務教育を学校教育を何と考えているのか。飲酒した後バレーボール部の指導をしても、生徒にはビールの匂いで直ぐに分かります。酔っ払い運転ならぬ飲酒授業です。教育者として不謹慎極まりなく、『練習でミスをした生徒約10人のほおをたたくなどの体罰を行っていた。』など生徒10人のほおを叩くより、自分の頬を叩くべきでは有りませんか。このような先生を教育現場に長年放置しておいたら、中学校としの生徒への生活指導が出来ないのでは有りませんか。この先生、処分を受ける前にアルコール依存症の専門医の治療を要する身ではなかったのではないしょうか。