自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

印度人間模様

2012年12月31日 | 神秘と神の大地”インドの香り”

インド的処世術   12月31日             

 

 

バンガロールの喧騒

 私が訪れた12月4日、デリーは冬の始めを迎えていた。

夜になると、懐かしい、たき火風景がみられた。

路上で 寒い夜は蒔木をくべ、火を起こす。

毛糸の帽子をかぶり、ウールのマントをかけた男たちが 

手をかざして、暖を取っている風景は 20年前の昔も今も、

変わらない。


私の住んでいるところは、デリーの南のはずれに位置する。

サーケットという高級住宅街をさらに、5分ほど、車で南方角

に走ったところにある。

 

20年前、インドに来た当時は、日本人の住む街、いわゆる

高級住宅街といわれる、パンチシーラ区域や、GK区域に

住んでいた。

息子が高校を出て、大学(イギリス)に入学したときに、

居を今のローカルな場所に移した。

日本人の友達をたまに、自宅に案内することがある。 

車はサーケットを越えて、いわゆる、ごみごみした、 

街並みに入ると、大概の知人はこうつぶやく。

“こんなところに住んでいるの?” と。 

 

そんなところに何故、住む気になったか?

私がインドに慣れたからというわけではない。

やはり、心して、身を守るだけの知恵は必要だ。

それでも、インドの田舎町に出てくるような、ローカルな

場所が好きなのは、庶民のたくましさと素朴さ、したたかさと、

やさしさ、そして活気の中に身を置くと 

どこか、インドにいるんだという実感を感じられるからだと思う。

彼ら、本来のインド人の持つ生命力は、整然とした住宅街を

歩いていても、あまり、感じられないのだ。

ホテルのフランス料理を食べるより、居酒屋の鍋をつついた方が、

ットできる~そんな味わいに似ている。

 

実際、日常生活、自分が困ったとき、助けてくれた人たちは、

こうした、身近な人たちだった。

ラジャ(諸侯の王様)、アーティスト、外交官、軍や警察の幹部、

銀行マン、TVアナンサー、国営テレビの重鎮などなど、

多くの方たちとの親交をいただいき、有意義な時間も

過ごさせていただいた。


知的場面では、刺激をいただき、印度社会の中流層以上の

方達の生活も垣間見て興味深かった。

しかし日常生活のドタバタ劇の中では、やはり、

助っ人は近所の人たちだった。


家の鍵を忘れた、台所の棚が落ちた、チュチュチャチャの

面倒が見れない、

(ドッグホテルはないので)、水が無い、ガスがきれた、

電話がつながらない、などなど、日常の当たり前の支障時に 

駆けつけ 助けてくれた。

 

インドの金持ちはとことん金持ちだ。

ラジャスタンの国際的観光にある、有名な城の城主。 

王様の経営する、湖上ホテルは、5つ星のホテルにもなって

いるから、印度旅行した人は ガイドブックでご存知かもしれない。

そこの王様から、御人的にご招待をいただき、伺ったことがある。 

当時、アートマセラピーの、クライアント(印度人)と一緒だった。

その方は王様の古いご友人でもあった。

 

王様の経営する、湖上のホテルではなく、ご自宅用に使われている

古城に留めていただいた。

3人でのお食事の席。 大きなテーブル、壁には10人程の

召使いが並び、王様が用事あるたびにテーブルをたたく。 


叩く音にどこか違いがあるのだろうか?

それぞれの音で異なる、給仕人が サット王様のそばに来て、

御用をお伺いする。

王様はいろいろな話題を食卓の席で、お話しになったが、

印象深い話がある。


それは、王様の前生についてだった。 

その日、王様専用のシバ神の寺に皆で参拝をした。

王様自ら、祭司のように、私たちを案内してくださった。

その寺の、”お坊さん”が、前世の姿だったことをご自分でも、

記憶している~と語られた。

敬虔な僧侶が次の生で、城の城主として、転生する。 

面白い話だと思った。

洗面所は金(ゴールド)で装飾されていた。 

迷路のような廊下を抜けて、あてがわれた寝室は

ホテルのスイートのように広々とし、快適であった。

別れるとき、”自分にもアートマセラピーを所望したい”と

言われた。

其の後、デリーにいらした折など、お食事を共にする機会は

あったが、知人の手前、それ以上の深入りは避けた。

 

インドの貧乏人は、とことん貧しい。

でも、貧しいなりに、心があった。 心を感じ、心に触れあえた。

彼らの付き合い方に、損得勘定が、無いとはいえない。

何らかの形の施し、援助や金銭的助けを期待していない

とはいえない。

仏教国でもそうであるが、富める人から施しを受けるのは当然と 

貧者は思っている節もあるようだ。 

なぜなら、富める人が、自分の財産の一部を放出することで、

功徳を積むことになる、その手助けをしている~と貧者は言う。 


それも一理ある。 

施す方も、快く、施しさせてもらえば、物質への執着の踏ん切りに

一役かうこともあるだろう。

 

とはいっても、いまだに、道路の交差点に、乞食さんたちが 

たむろして、車の窓越に

“オーマダム。バッチョ ブックラグラヒヘ・”

(子供たちがお腹を空かしているんですよ)

“カナケリエ、クチュデド”

(ごはんを買うお金を少々、わけてください)

と、だみ声でまとわりつかれることは、今も昔も変わらない。 

“金くださいよ。子供が腹をすかしている。” 

と言いながら、車窓をどんどん叩く。 


運転手は”窓ガラスがこわれるよ”とでも言いたげに、

睨みつけるのだが、効き目はない。


どりあえず、私は、車の中で、目を伏せたまま、無感動を

装うことにしている。

こんな場面にたびたび遭遇していると、

”だんだん、慣れてしまうのも 怖いもんですね” と

日本から来た友人も言う、

 

続く~

印度社会はどんどん車社会になっています。 

渋滞時の大変さ、バンコクの渋滞を思い起こします 

 

 

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