患部の写真を掲載できれば良かったのだが撮影させてもらえなかった…。小生の郷里は越後で稲作農家だから子どもの頃から水田には入っていた。特に田起こしから田植え、除草などの作業は素足で田んぼに入る。そんな環境下でも「水田皮膚炎」なんて聞いたことも見たこともない病気だった。
今回、隣接する上部の棚田までを活動圏にしているグループの3人が「水田皮膚炎」を発症したのだ。発端は6月11日の田植えに始まる。この日はグループの活動日ではなかったのだが有志3人が棚田の田植えを行った。その3人に「水田皮膚炎」が発症したのだ。
患部を18日に見せてもらったが足首からふくらはぎにかけ赤い発疹が無数にあり、見た目にも気持ちがよいとは言えない状態だ。素足で田んぼに入った人の甲の部分は少なく、地下足袋装着で田植えした方はふくらはぎ周囲だけである。苗を植えていた手の症状は少なかった。
このことから水田の水に長らく浸かっていた部分の被害が多く、抜き差しして泥との摩擦が多い足先には感染しにくかったのが見て取れる。
皮膚科受診して「水田皮膚炎」と診断され鳥が運ぶ感染症だと言う。人間には寄生しない、いわゆる「住血吸虫」なのだそうな。
ネットで調べたら「カモ類、サギ類が運ぶ感染症」で「ヒメモノアラガイ」が中間宿主貝とある。「ヒメモノアラガイ」は生息しているし、水辺に餌となる生物が増えたことでカルガモ、アオサギ、カワセミなどが頻繁に立ち寄るようになった事と関係しているのだろう。
水生生物のみならず水辺の生物も増え、捕食動物も立ち寄るようになった事を喜んでばかりいられない現実が身近に出現した。
今まで両刃の剣は人と人の関係にだけあると思っていたが、今回の事で「水辺の生き物を増やす」という目的達成する中にも存在するのが理解できた。浮世である…。と言うものの動植物の多様性向上や食物連鎖の中に自覚していない多様性や命の連鎖があると言う事に他ならなく、仰ぎ見れば大宇宙、掘り下げれば深宇宙と言う事なのだろう。吾輩は哲学者である、なんちゃって。
今回、隣接する上部の棚田までを活動圏にしているグループの3人が「水田皮膚炎」を発症したのだ。発端は6月11日の田植えに始まる。この日はグループの活動日ではなかったのだが有志3人が棚田の田植えを行った。その3人に「水田皮膚炎」が発症したのだ。
患部を18日に見せてもらったが足首からふくらはぎにかけ赤い発疹が無数にあり、見た目にも気持ちがよいとは言えない状態だ。素足で田んぼに入った人の甲の部分は少なく、地下足袋装着で田植えした方はふくらはぎ周囲だけである。苗を植えていた手の症状は少なかった。
このことから水田の水に長らく浸かっていた部分の被害が多く、抜き差しして泥との摩擦が多い足先には感染しにくかったのが見て取れる。
皮膚科受診して「水田皮膚炎」と診断され鳥が運ぶ感染症だと言う。人間には寄生しない、いわゆる「住血吸虫」なのだそうな。
ネットで調べたら「カモ類、サギ類が運ぶ感染症」で「ヒメモノアラガイ」が中間宿主貝とある。「ヒメモノアラガイ」は生息しているし、水辺に餌となる生物が増えたことでカルガモ、アオサギ、カワセミなどが頻繁に立ち寄るようになった事と関係しているのだろう。
水生生物のみならず水辺の生物も増え、捕食動物も立ち寄るようになった事を喜んでばかりいられない現実が身近に出現した。
今まで両刃の剣は人と人の関係にだけあると思っていたが、今回の事で「水辺の生き物を増やす」という目的達成する中にも存在するのが理解できた。浮世である…。と言うものの動植物の多様性向上や食物連鎖の中に自覚していない多様性や命の連鎖があると言う事に他ならなく、仰ぎ見れば大宇宙、掘り下げれば深宇宙と言う事なのだろう。吾輩は哲学者である、なんちゃって。
「駐車場所!駐車場所!」とフイールドに向かう途中焦ってしまった。フロントガラスに虫が引っ付いたからで、その虫がなんとも珍しい「何だっけ?」としか言いようのない昆虫だったのだ。
数年前に兄も出会って写真を送ってよこし名前も分かったのだが、今回、メモリーを探してもブログ内を探しても見つからなかった。ということで名前が思い出せず図鑑でも到達できず気持ちが悪い。
兄からの写真の個体は青色や赤色があったように記憶しているのだが、今回の個体はオレンジ色というか虎斑のようだ。運転中だったので腹部から見る位置になったものの「こいつだ!」と瞬時に理解できた事を見れば痴呆は進んでいないのだろう。
まあ、ともかく撮影するには停車させねばならず朝のラッシュ時に交通妨害もできない。途中のドラッグストアの駐車場にお邪魔して撮影会とした。
頭部
全身像
尾部
後日、兄から電話があって「ビロードハマキ」と判明した。図鑑の索引で当たったら掲載されていたが蛾の仲間で、羽を展開させた図で色あせていて見落とししたようだ。ネット検索でも出てきたが色彩や模様には多少は相違があるみたい。
数年前に兄も出会って写真を送ってよこし名前も分かったのだが、今回、メモリーを探してもブログ内を探しても見つからなかった。ということで名前が思い出せず図鑑でも到達できず気持ちが悪い。
兄からの写真の個体は青色や赤色があったように記憶しているのだが、今回の個体はオレンジ色というか虎斑のようだ。運転中だったので腹部から見る位置になったものの「こいつだ!」と瞬時に理解できた事を見れば痴呆は進んでいないのだろう。
まあ、ともかく撮影するには停車させねばならず朝のラッシュ時に交通妨害もできない。途中のドラッグストアの駐車場にお邪魔して撮影会とした。



後日、兄から電話があって「ビロードハマキ」と判明した。図鑑の索引で当たったら掲載されていたが蛾の仲間で、羽を展開させた図で色あせていて見落とししたようだ。ネット検索でも出てきたが色彩や模様には多少は相違があるみたい。
突端部法面と原っぱの刈り払いを実施。植栽した樹木の成長を促すため葉の量を減らてしまう整姿剪定をあえて実施してこなかったのだが、これが刈り払いや通行の妨げになっていた。「樹木第一」と不便を忍んできて今回ようやく整姿剪定を実施する事にした。本来ならば整姿剪定する時期でもないのだろうけれど、刈り払い作業の具合や葉枝の込み具合を見ながら行うには刈り払い作業中が好ましい。
椿は地際から緑の円錐形に育っているが、この中にネザサのシュートや蔓草が発生し刈り刃の先が見えなくて除去しずらかった。コナラやクヌギ等の広葉樹も低く下枝が伸びて作業や通行に邪魔だった。今回、刈り払いを行いながら整姿剪定を行って結果を見れば「清々したぁー」に尽きる。
林内作業時もそうなのだが、間伐・除伐や整姿剪定も終盤になると風が入ってくる瞬間がある。林間なんて空間だらけだから通風など容易そうに思えるが、ある程度の空間割合に至らないと風の流入は感じられないので、この瞬間に出合えると健全環境を実感する。
椿の基部
原っぱ部のスッキリ感
椿は地際から緑の円錐形に育っているが、この中にネザサのシュートや蔓草が発生し刈り刃の先が見えなくて除去しずらかった。コナラやクヌギ等の広葉樹も低く下枝が伸びて作業や通行に邪魔だった。今回、刈り払いを行いながら整姿剪定を行って結果を見れば「清々したぁー」に尽きる。
林内作業時もそうなのだが、間伐・除伐や整姿剪定も終盤になると風が入ってくる瞬間がある。林間なんて空間だらけだから通風など容易そうに思えるが、ある程度の空間割合に至らないと風の流入は感じられないので、この瞬間に出合えると健全環境を実感する。


秋祭りへの出品作品、そろそろマンネリ化してきた様にも思え新機軸を打ち出そうと下降線にあるだろう脳みそを絞ってみた。下降線にある心身で加工せんと考えるのだから本物はまず出てこない。
今回も「ナイスアイデア」と爺我自賛で「尺八もどき」を試作した。乾燥してあった四方竹を使用したのだが、長らく日向に放置していたため割れが入っている。稈の内径まで到達していないようなので接着剤を擦り込んでひび割れを埋めた。
後は穴の位置を決め所定の穴を開ける。「尺八もどき」のミソは「音を容易に出せる」に尽き、これで運指に集中できるのである。伝統の尺八では音を出すまでに習熟が必要だ。「尺八もどき」なら甲音、乙音とも容易に出せたし「首ふり」だけは出来ないものの「首ふり〇年」なんて事に煩わされる必要も無い。運指さえ習熟して伝統管に戻れば良いのだ。
調音までは出来ないものの試作品で「君が代」を吹いてみた。多少の音程のずれはしょうがないとしても素人が伝統音に触れられることはそれなりに意義があるだろう。何より徐竹材を活用できるのがよろしい…。
素材にした四方竹だが節の周りに固い棘、外皮も細かいヤスリ状で手触りが悪い。カンナとサンドペーパーで滑らかにしエゴマ油を塗装して完成させた。枯れ色というかよい仕上がりになった。
この結果に気をよくして「ケーナもどき」も試作してみよう・・・か。
穴あけ ➡
完成
吹き口
今回も「ナイスアイデア」と爺我自賛で「尺八もどき」を試作した。乾燥してあった四方竹を使用したのだが、長らく日向に放置していたため割れが入っている。稈の内径まで到達していないようなので接着剤を擦り込んでひび割れを埋めた。
後は穴の位置を決め所定の穴を開ける。「尺八もどき」のミソは「音を容易に出せる」に尽き、これで運指に集中できるのである。伝統の尺八では音を出すまでに習熟が必要だ。「尺八もどき」なら甲音、乙音とも容易に出せたし「首ふり」だけは出来ないものの「首ふり〇年」なんて事に煩わされる必要も無い。運指さえ習熟して伝統管に戻れば良いのだ。
調音までは出来ないものの試作品で「君が代」を吹いてみた。多少の音程のずれはしょうがないとしても素人が伝統音に触れられることはそれなりに意義があるだろう。何より徐竹材を活用できるのがよろしい…。
素材にした四方竹だが節の周りに固い棘、外皮も細かいヤスリ状で手触りが悪い。カンナとサンドペーパーで滑らかにしエゴマ油を塗装して完成させた。枯れ色というかよい仕上がりになった。
この結果に気をよくして「ケーナもどき」も試作してみよう・・・か。




コシアキトンボやチョウトンボが生息しているのだが、この種はフイールドでは飛翔していない。実物を見るには多少はご足労を掛けねばならないと言う事である。コシアキトンボの飛翔は見られたが全く止まってくれず、あろうことか柳の綿毛が風に乗ってくるのにアタック三昧なのだった。恐らくハムシの仲間と思っての捕食行動なのだろうが、これでは撮影不可能だ。
そんな中、足元を見ると赤いイトトンボが居るではないか。早速1枚撮影したが図鑑と対照してみてもいつも通り???で終わる。体色が赤いので判別は容易と思ったのだが、このトンボ、体長は40mm前後あった。赤くて体長40mm程度となるとべニイトトンボが相当するが、背面は黒くない。背中が黒いのはアジアイトトンボなのだけれど体長30mm程度の表示だ。モートンイトトンボも30mm程度とあったから除外すると「後はおぼろ、後はおぼろ、調整池ブルース」よ…。
めくれども尽きぬ迷いのデクショナリー (1拍手)
今季、予定していた樹種の植栽が終わった。梅雨入りまでに終了させたいと鉢替えし、やきもきしながら苗木の世話をしてきたが、ようやくポット苗の世話から解放された。梅雨前に定植できなければ次の機会は秋口になるから、これでは苗木の水管理に気の休まるときが無くなってしまう。
早春に購入した苗木には幼すぎて直ちにフイールドに定植できかねるサイズもあったので、ロングポットに鉢替えして育てていたのだが、ようやくポットの底に白根が見えてきて定植適期と判断した次第。
植え場所のバランスも景観も考慮しながらの定植だったので一斉にはとてもできる作業では無く、場所を選択し、ようやく30本を丁寧に定植し終えた。安い苗木ではないので活着100%を目指すと他人任せには出来なくなってしまうのが貧乏性と言うものだろう。
ポット苗をフイールドに入れると日を於かずして猪の被害に遭うのが通例で、今回は忌避剤としてオ〇ト〇ン粒剤を植え付け部に散布してみた。小生でも不快な臭いに感じるから猪には更に不快に感じるだろう…と言うのが小生の希望的観測。結果は数日で判明する。
➡
早春に購入した苗木には幼すぎて直ちにフイールドに定植できかねるサイズもあったので、ロングポットに鉢替えして育てていたのだが、ようやくポットの底に白根が見えてきて定植適期と判断した次第。
植え場所のバランスも景観も考慮しながらの定植だったので一斉にはとてもできる作業では無く、場所を選択し、ようやく30本を丁寧に定植し終えた。安い苗木ではないので活着100%を目指すと他人任せには出来なくなってしまうのが貧乏性と言うものだろう。
ポット苗をフイールドに入れると日を於かずして猪の被害に遭うのが通例で、今回は忌避剤としてオ〇ト〇ン粒剤を植え付け部に散布してみた。小生でも不快な臭いに感じるから猪には更に不快に感じるだろう…と言うのが小生の希望的観測。結果は数日で判明する。



四本鍬で池の植物を除去している最中に遭遇したため、手は汚れているしメガネは汗が流れて視界不良になっていた。数枚の撮影で状態が良かったのはこの一枚だけだ。図鑑と照合してもはっきりと判断できなく体長と体色で「ホソミオツネントンボ」かなあと推定した次第。オツネントンボは確認されているが小生は現認していなく、これがホソミオツネントンボだとすれば小生の初見になる。
今日の様に稀種で繁殖行動していても翌年見出される訳でもないので自然界の厳しい一端を知る事となる。極楽とんぼはいてもトンボ極楽は難しい。

ヤマトシリアゲは肉食吸汁昆虫とばかり思っていたのだが、クワの実で吸汁しているのを度々見ているので動物の体液だけが食料なのではないのだと知った次第。それだけのことである。こんな場面を度々目撃していると言う事は、それだけクワの樹下に寄るという事で、小生の嗜好行動がバレてしまう。
昨日になって渡世に巣食う吸汁生物層もようやく尻を上げた。両友愚直では無かったが死誘同体一蓮托生ではかなわんからなあ…。

シュートの見えないところも低く株立ちで萌芽が絶えない。現在は低草地で維持しているが手入れ前はネザサの藪だった場所だから、年に数回はネザサ抑制の刈り払いを実施しないと、おっつけネザサの藪に戻ってしまう。
「里山保全」などと言ってみたところで実態は主導権がある訳でなく、植物の席巻力に押し込まれ脅迫的自転車操業の作業を止められない。例えて、戦中では「いつまで続く泥濘ぞ…」の兵隊、詩人では「じっと手を見る…」そんな感覚…。



小生の素人感想は、オオシオカラトンボの雄雌同体種…、まあ、ありえない妄想だろうが、ここで思い出したのは郷里でのヤギの出産で、出産した子ヤギをみて「般若か…」と爺様が言った場面が記憶にある。「般若」の意味が分からず尋ねたら二か所を指示して教えてくれた。子ども心に印象強く記憶された場面だった。トンボに存在するのかどうか知らないが生物である以上、可能性はあろう。
というエピソードを記憶していても、「般若」からヤギに糸を辿った事は無い。
6月ともなると窓を開けて就寝する夜が増す。午前四時前には朝の気配を感じるのだが今年はツバメのしゃべくりが全く聞こえてこない。今までだと、まだ暗いうちから何やら話し合っている風に思えるしゃべくりで目覚めたものだが、住宅も増え巣作り子育ての環境では無くなってきたのだろう。
家の玄関に巣台を取り付けて何年経つか、結局は巣作りにつながらなかった。それに比べて早朝から大声でさえずるイソヒヨドリは定着し始めて10年は経つし、今季、未明から「やけに騒々しい声だ」と思っていた主はガビチョウだった。ガビチョウは「迷惑害来種100選」に入っている…なんて記事を見たような記憶があるがイソヒヨドリと言えガビチョウにしろ逞しい種だけが姦しい郷は閉口するしか無く途方に暮れる。
たださえずっているだけの東の都での逞しい政界種には「都呆に…」としか言い様が無いが鳥に例えればオウムインコ(隠行)か…。この「信義と誠実の原則」すら持ち合わせない輩は、神仏に委ねるしかない渦中にある若い歌舞伎者の会見節度の足元にも及ばない。まあ「公僕」とか「潔く」なんて死語になってしまった連中ではあるが「セコイ」や「公私混同」なんて切り口でしか表現しない側も側である。
家の玄関に巣台を取り付けて何年経つか、結局は巣作りにつながらなかった。それに比べて早朝から大声でさえずるイソヒヨドリは定着し始めて10年は経つし、今季、未明から「やけに騒々しい声だ」と思っていた主はガビチョウだった。ガビチョウは「迷惑害来種100選」に入っている…なんて記事を見たような記憶があるがイソヒヨドリと言えガビチョウにしろ逞しい種だけが姦しい郷は閉口するしか無く途方に暮れる。
たださえずっているだけの東の都での逞しい政界種には「都呆に…」としか言い様が無いが鳥に例えればオウムインコ(隠行)か…。この「信義と誠実の原則」すら持ち合わせない輩は、神仏に委ねるしかない渦中にある若い歌舞伎者の会見節度の足元にも及ばない。まあ「公僕」とか「潔く」なんて死語になってしまった連中ではあるが「セコイ」や「公私混同」なんて切り口でしか表現しない側も側である。