トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

ひょんなことからタマムシ!

2018-07-18 | 小父のお隣さん
 暑い盛りの日中に今にも墜落しそうな飛び方の、お目にかかる事が多いタマムシなのだが、これがなかなか曲者でタモ網を振っても逃げる時は素早い。であるから目にしても手にする事は希な貴重生物でもあるのだ。

 それを会友のYさんは三匹も籠に入れている。小生はあまりの暑さに耐えかねてフイールドへ行くのをサボったからいきさつは知らず、その理由を聞いて汗も引っ込んでしまった。勿論、まだ汗疹は出来ていないものの…。

 話の内容は先日桑の樹を除伐した折り、双幹の片方だけ処理した切り口に樹液を吸いに来ていたのだと言う。言われてみれば「なるほど」納得したが、そもそも桑の樹液に集まるとは思ってもいなかった。
 クヌギの何本かの幹に傷をつけておいた部分からは樹液は一滴も出ず、傷もつけずにいた数本の木からは幹元が濡れるくらい樹液が出ている。
 人工的に支障なく樹液を出すには「ウルシ鎌」でひっかくようでないと無理なのかもしれない。

 ともかく桑の切断面で苦も無く三匹を採集できたのが分かったから小生もタモ網と虫籠を荷室に加えフイールドへ出かける事にする。山に入った当初から玉虫を樹脂封入した標本を作ってみたいのだ。高かった封入キットは10年も棚の奥だし、使えるかどうかは分からないけれど…。

                 

暑けりゃ薄くやる…

2018-07-17 | 水辺環境の保全
 上の池のオーバーフローの改修と水源地の大工事に着手したいのだが「今そこにある危機」と言う程でもないけれど時期的に先延ばしできない作業もある。
 水域内の除草もその一つで、水面が覆われてしまうとトンボの数が極端に減る。産卵し難くなるのがその理由だろうが、だからと言って一草も無くすほどの一掃も逆効果になる。

 水面を開けつつ、適度に植生を保ちつつ、席巻しやすい草本は駆除する方向で除草する。例年、長柄の貝掘り熊手などで抜き取り作業を畦から行うけれど、最終的には立ち入っての手取りになってしまう。
 動きも姿勢も楽ではないものの、指先の感覚や働きは大したもので泥の中の様子が手に取る様に分かるし満足のいく結果をもたらす。道具は便利だけれど手取りに頼るべき作業だと思い知らされる。

 しかし梅雨明けして連日の真夏日では作業前から発汗状態で泥水池1枚の除草が済まぬうちから「帰宅、帰宅、水風呂、水風呂」の誘惑が居続ける。ドクターに言われた「パンクしパッチを当てた古いチューブ」となった我が身では「もう一枚」は厳禁と認識し、早々のお帰り…。

 まあ、老骨に鞭打たない理事長退社というところでもあるが、それで快調を維持できれば老化も遅れる秋波となると期待したいものの、現実には老は厭わずやって来るし老襲の上に老愁が重なり、太平洋高気圧の上にチベット高気圧でジリジリ蒸し布団状態の日本列島に同じ「にっちもさっちもならん」からサッチモの歌でも聞くか…。

  集水路  ➡  

             泥水池3  ➡  

高圧線に届きそうな桑の木

2018-07-16 | 感じるままの回り道
 繁忙期となった刈り払いを中断して除伐二日目、高圧線下の桑の木3本を除伐した。一本は電力会社の保守作業で先端部を切り取ってあるが数年もすればまた届いてしまう。
 「株元から除伐して…」と他の立ち木の処理時にも言うのだけれど「指示違反になるので」と聞いてくれない。会友の間では「除伐してしまったら次の仕事が無くなるからなあ」と同情心もあるものの、架線管理上は望ましい対処ではない。

 小生等は、あの大学の様な利益集団の手先でも息の掛かった徒党でもないのだが高圧架線の保全のために除伐に踏み切った…となれば「カッコイイー」と声も掛かりそうだけれど小鳥の声しかかからん。ましてや電力会社からペットボトル1本のお返しも無いのだ。

 吐与太話はこれくらいにし本音は萌芽更新なのである。大きくなり過ぎると桑の実を食べられない。童話の台詞「あのブドウは酸っぱい」と恨めしい声でつぶやかねばならなくなる。食い意地が張っていると言うより世代的には喰い爺なのである。なんといってもおやつ代わりにも空腹を満たすためにも桑の実を食べて育ったのだ。

 南側から   ➡     これで架線は安心

             東側から  ➡    高圧架線は空の部分にあるが撮影では消えている

池に遮光する

2018-07-15 | 水辺環境の保全
 「梅雨明け十日」に違わず猛暑の予報が続いている。池の水温は手を入れれば冷たく感じるけれど28度あったから、これ以上の上昇は何としても避けたい。

 昨年夏の猛暑で、この時は水温測定はしなかったけれどカラスガイを失った。園芸用の鉢底ネットの大巻があるので、これを遮光幕代わりに池に張った。遮光率はどの程度になるか不明だが、見た感じは「木漏れ日風」に見える。

 遮光率を上げれば植物性プランクトンが減少するだろうし、給餌していても貝にとっては本来の食物ではないから高度な遮光は避けた方が無難と判断した。
 今のところは豆乳を植物性乳酸菌で発酵させたヨーグルトを植物性ヨーグルト(液状)で緩め、乳酸菌や酵母などの菌製剤を投与して維持しているが、水温だけが大敵でコントロールは困難なのだ。

 池の底に丸く見えるのは貝を入れた容器だ。今までは籠に入れたものの貝の移動で砂が排出されむき出しになってしまう。そこで深めの鉢受け皿を使ってみた。値段が安い事と深さやサイズを選びやすい事に由る。

ところ変われば 5 「ダイロウ」

2018-07-14 | 旅行記
 「ダイロウ」では辞書に載っていなかった。郷里では「ダイロウ」で通る。フランス料理のエスカルゴを知る以前から小生はフランス料理を貧しい農村部の片田舎で食していた事になり、水飲み百姓ながら結構な食生活もあったのだと知った。
 研究者によればかなりの種が存在すると記憶にあるけれど、小生が記憶するのは二種類程度で、それが全てと言う理解だ。

 ところが旅行先の庭で、こっちを見てもあっちを見ても「みんな違う!」。これでは「みんなおんなじだから…」の色紙の文句と異なるではないか、と文句の一つも言いたくなるのだが「みんな違ってそれで良い」なんて文面もあったような…。
 しかしながら「和を持って貴しと為す」の村社会の薫陶を受け成長した小生としては、そのような違いや同じを気にする傲慢不遜な傾向は有しない。ただ現実を受け入れ撮ってきたのであった。

 更なるしかしながらは「とても採って喰う」気は起らなかった。食欲が起きるような色彩でも模様でもなかったのだ。フランス料理のシェフと言う者の作ったエスカルゴ料理などは喰った事が無い小生であるからエスカルゴ自体を知らないけれど、食欲の出る外殻の色調なのであろうか。

 少年期に食べたダイロウはフライパンで醤油味、大きいものは囲炉裏の灰に埋め塩を振って食べた記憶がある。どういう訳か父と食べた記憶しかないから、寄生虫がいるとの記憶もあるから隠れて食べたのかもしれない。
 まあ、異国に行き有名観光地や名所旧跡など意に介せず、寄宿先近隣を上を見たり下を見たりと徘徊していたなど、あまり大きな声では言えない。公言すれば眠剤を処方され収容されそうだ。それでは小生が耐老になってしまう。

 イエース!狩る後…。ちっと苦しいか

         

                 


メダカで無いような…タナゴで無いような?

2018-07-13 | 何よりの楽しみ
 浮き上げ水槽にドブガイを移して二週目に稚魚を見出した。タナゴの稚魚が産まれたのだと思いたいのだけれどメダカの稚魚と区別がつかない。というのも、池にはメダカの成魚が一匹獲り切れずにいる。
 単一生殖はしないと思っているが池から移した藻に混じってモエビも侵入しているのである。稚魚を始めて見出してから10日余り、確認のため観察水槽に入れた。眼球はサイドにあり頭頂に無いのは分かったけれど、メダカの稚魚は初めから頭頂に眼球があるのかどうかは知らないのである。
 そのうえ5匹は居たはずなのに3匹しか見いだせなかった。もしかしたらモエビに捕食された可能性もあるから、モエビ様は引っ越しさせてもらった。

 たかだか三匹と言えど、タナゴの稚魚なら小生初の稚魚である。朝8時には28℃、10時には30℃に到達したこの日はフイールドはご遠慮申し上げたけれど稚魚と池の手入れで既に汗だくの午前になった。
 涼みながら写真を眺めていると体形からメダカに似ている事を感じてしまう。タナゴの平べったさが無くウインナー状なのだ。もしかしたらメダカかも…。

今日のとんぼ「ヤンマ型だがカメラが非力」

2018-07-13 | 小父のお隣さん
 上の池にヤンマ型のトンボがいた。勿論オニヤンマでない事は止まり方で理解する。足元近くで翅を休めていたから「チャンス」とばかりケータイの電源を入れ、立ち上がりを待っているうちにシオカラトンボに追い払われてしまった。
 せっかくのチャンスをシオカラトンボのアタックでフイにする事は結構多くあるのだ。

 飛翔体を目で追っていたら池に張り出たコナラの葉先に止まった。ケータイを向けても十分なサイズにならず、デジカメに変えたら焦点が背景に行く。結局はケータイで撮った画像を拡大してみたけれど種は判明しなかった。「産卵に来た」と判断したのだが、しばらく待っても飛び立たず、小生の負け…。
                      

※ 後日、トンボをよく知るSさんが「コオニヤンマだろう」と話ししてくれた。オニヤンマでない事は確かだったが、ではどれかと言う事になると小生にはさっぱりわからんのでサッパリしないトンボの季節なのである。イャンもう・忍望・トンボ…ゥ。

倒木処理やら除伐やらで…

2018-07-12 | 今日は真面目に
 腐食して林道に落ちてきた枝で気付いた風倒木、幹本体は椎の木に隠れて分からなかった。頭上に落下の恐れもあるからと処理する事を急ぎたかったけれど断水復旧や刈り払いを優先した結果、遅れてしまった。
 この日、ようやく手数が揃い処理出来た。まずは林道へ落下確実だった倒木2本を林道上に落として処理する。この斜面は勾配がきつくスパイク付きの地下足袋に脚絆を巻き足こしらえから備えたが、それでも急斜面だと足場が弱い。転落しないよう、巻き込まれないように慎重に切断して落とした。落とした本体はYさんMさんが切断し集積、その間に小生は大きくなり過ぎた桑の樹を除伐する。

 駐車場と沢との肩に安全策として植えこんだ桑だったが、高圧架線に触れそうにまで伸びたから除伐、というより地上1mで切断し株立ちを狙っての事でもあるから萌芽更新とも言えるだろう。
 都合2本の桑を切断し、樹種名は不明の1本は片枝を切り取った。これも架線に触れていたのだが、既に何回か業者が先端部の整姿剪定を行って架線事故防止を図っている樹である。
 そのたびに幹元から切断してと要請していたものの「作業内容が異なる」と処理してくれなかった。この枝を処理すれば当分、架線に樹冠が触れる事を防げる。チェーンソーの用意があったから、これも処理した。

 結果としては「1ヵ月分の作業をしてしまった…」という程の作業量で、枝の処理と集積に労力を費やされる。この日の最高気温は32℃の真夏日、それでも処理残しの桑と茶の樹がある。翌日も更に暑くなる予報だけれど2日続きのチェーンソー作業となりそうだ。

     架線にかかる横枝処理 ➡  落とした ➡  細断片づけ

漏水孔を潰す…

2018-07-11 | 水辺環境の保全
 泥水池5、水系最後の水溜りなのだが漏水が絶えない。普段はオーバーフローの構造材の下から漏水する事が多く、水位が安定しない池でもある。この池は放流路へ落とす落差があるから緩衝池としての機能を持たせているのだが、漏水が続けば地下のトンネルが大きくなる一方であって放置しては置けない。

 伸びた夏草を刈り取り周囲の始末をしてから掘り込んだ。護岸丸太の下部から地中深く斜めにトンネルが伸びていた。握りこぶしが入る大きさだから、通常の流入量以上の水量を飲み込んでしまう漏水孔である。
 スコップで掘り下げ、掘り取った土を再び投入し突き固めて終了した。写真の場所以外にオーバ-フロー部の2か所も潰して作業終了。昼には早い時間だけれど次の作業をする気にもならず、木陰で涼んで帰宅する。この日の最高気温32℃、午前9時には既に30℃だったから頑張る気力も無し。頑張ったところで蔵は建たない、墓が建つ。

 まあ、フイールドの保全や手入れなどは百通りの手数をかけても、一つとして満たされ完成する事は無いのだ。あっちに行かずとも河原の石積みは際限なく続くのである。

 漏水部  ➡   漏水孔掘り下げ  ➡    補修し湛水 

今日のとんぼ「シオヤトンボ」

2018-07-10 | 小父のお隣さん
 上の池、シオカラトンボと思ってみたが何となく異なる。二匹並んで止まって確認できた。「シオヤトンボではないか?」腹節末端部の濃色部が短いのである。昨年まではシオヤトンボとシオカラトンボの判別が出来なかった。
 今季、シオカラトンボが出始めた頃、シオヤトンボも出るだろうとトンボ図鑑で相違点を探したのだった。小生的に分かりやすい違いは「末端腹節の濃色部の長短」と決め、ようやく判別する機会に遭遇したと言う次第である。

 だからどうなの?と言われればグーの音も出ずシオシオと引き下がるだけであるが…。まあ、小生、シオカラトンボの様にアタック好き、ファイト好きではないのだ。
 写真手前がシオヤトンボと判定、奥が何時も見ているからシオカラトンボ、二枚の写真で比較するより1枚に収まった方が見やすい。
 文を打ってプレビューで確認していたら「オオシオカラではないのか?」ムズムズしてきた。そうとも見えてきたし、そこで図鑑対照して更に分からなくなった…。お粗末。

 種は異なるが駐車場の空間を飛翔していた1匹はアキアカネと見た。同色に見えるマユタテも発生しているがサイズは小さいし、駐車場の空間に出るほど数がいない。

ところ変われば 4 「君の名は団子?」

2018-07-10 | 旅行記
 ところ変われば「ダンゴムシも変わっている」とばかり思っていたけれど、どうもダンゴムシでなくゾウリムシのようにも思えてきた。ゾウリムシなど林内の落ち葉腐植層に普通に生息している種だと思っていても実際は見た事が無いから印象も無いのであった。

 だから現地で鉢裏を覗きナメクジを見つけようとしていた時の出会いに於いて、経験的に「ダンゴムシ」と短絡したのは必ずしも耄碌や認知症のせいでは無く経験値によるもので小生に責任は無いのだ。

 小生的には「ダンゴムシ」と認知していても全く支障は無いはずで、「脚がばか多く平べったいや!」と思ったのは観察が適切だったと断言できる。そのうえ「ここまでバリエーションがあるのか!」との感動体験は高齢者の生きる意欲や精神的健康に必須の要素でもあろう。間違いや誤解に罵詈雑言は要らない。結論を出したと賞賛すべき事柄なのだ。
 だから「ご飯、今食べたでしょっ!」とか「さっき言ったばかりでしょっ!」なんて言ってはならない傾聴が大切である。

 それはともかく、今になって「失敗した!」と思ったのは「丸まったか、丸まらなかったか」を確認しなかった事で、見かけ上の判別が出来なかったのなら、その確認くらいはすべきだったけれど「ダンゴムシ」しか頭に無かった以上、違いなど浮かぶ訳もなしで、そうなると「ダンゴムシかゾウリムシか…それが問題だ!」とハムレットの心境になって、これでは精神衛生上マイナスで眉間に皺が深く刻まれる事になる…が、小生は光り輝きが増すタイプである。

                

備えあっても憂いあり・・・

2018-07-09 | 小人閑居して憮然
 台風7号による降雨量が300mmに達するだろうと言う予報だったから「備えあれば憂い無し」と送水管内に砂泥が入り込まぬよう吐水口のバルブを閉じたのは降り出しの頃だった。
 ところが予報に及ばず最初の24時間雨量は60mmで40mm、40mmと続いた。それも集中して降るのではなく間歇的な降雨だったから沢の出水量もさほど増加しなかったはずである。

 8日の日曜日、朝方は小雨模様だったが昼前には回復し1週間ほど降雨がない予報となったから送水を開始するためにフイールドへ出向く。まずはバルブを開けるより先に水源地の導水路と集水升の点検が必要で、三本鍬、携帯スコップ、升浚渫用のザルを用意して向かった。
 降雨量が少なかったから水路の破損も集水升の砂泥堆積も少なく、あえて処理しなくても復旧出来たけれど、せっかくだから導水路の掘削と集水升の砂泥を取り除く。

 吐水口まで戻りバルブを開けたら通常量の吐水が見られた。この止水を集水升部分で行っても砂泥の侵入は防げるけれど、途中のエアーバルブから空気が入り込み送水管内に空気溜りを形成する。こうなると通水開始をしても水圧を加えないと空気溜りは消えないし送水そのものも止まったままになる。

 今回、想定より降雨量が無かったから「余計な手間暇」を掛けた事になったが、「吐水口で止水すれば再開もスムーズ」である事の確認はとれた。それにしても今回被災地となった地域の降水量は尋常ではない。すでに「備えあれば憂い無し」の水準が過去を基準にした備えでは備えにならないのを教えている。

 未曽有の気象状態だけでなく、政治・経済・教育・個人等々の分野で過去には無かったような出来事が多発するのは政の基盤崩壊に間違いなく、若い世代にしろ真面目に働きたくても将来の保障も無い、生活も出来ない政治経済の実態では次世代が育つはずもなし。水辺も水を断たれたら命の連鎖も消えるだけである。

 思うに単民族国家でありながら民の置かれている状況はマイノリティの様でもあり奴隷の様でもある。村社会での低賃金労働、慢性的な失業危機、逃散も出来ぬ島国、大黒柱が無くなった社会環境下では子育ては困難になる一方で結婚出産などは無理無理、自暴自棄になるのも極めて明快自然で、感覚的にはお隣様達と五十歩百歩。
 まあ、向こう!一軒両隣は乞食のお粥様の寄る辺で誇りなのであるが「向こう見ず」。「観ずを制する者は国を制する」と言われるがシイナのドングリ様ばっかりでは…なんちゃって。

 フイルター清掃  ➡  清掃終わり    ➡  吐水口バルブを開く

雨の日の手慰み

2018-07-08 | 今日は真面目に
 7号台風の影響で家に雪隠詰め状態である。1日程度なら快適な休息日だが「土方を殺すに刃物は要らぬ、雨の三日も降れば良い」とのざれ唄に在る様に退屈この上ない日々ともなる。
 フイールドに入れあげて庭も室内もお化け屋敷、ゴミ屋敷状態に近いが雨の日では草取りも出来ない。
 おもちゃ作りも切羽詰まらなくては身体は動かないしで、手慰みとして絞り出したのが衣服のリフォームだった。繕い物とは言え手を出すにはそれなりの覚悟が必要で、アイロンや台、ミシンやお針箱などを引っ張り出さねばならぬ。
 今回はジーンズの膝の繕いとオーバーオールの補修を行った。ジーンズは右膝が切れてしまい穿き難い。最近はわざわざ切り裂いて穿くのがお洒落のようだけれど実用には程遠いお洒落である。
 オーバーオールは右肩紐がすぐ外れてしまいうっとおしい事この上もない作業着となっていたのだ。

 ヘルニアのOPをしてからズボンのバンドに不快感があり、更に水筒や救急キット、蚊取り線香を付けたベルトを装着するといっそう不快になる。せめてズボンだけでもベルト無しにしたくてオーバーオールにしたのだった。
 オーバーオールの肩紐、背の部分の形を詰め、紐が広がらないようにゴムベルトを途中に付けた。これで肩甲骨上端のあたりで寄せてくれるから作業中に肩紐が外れてしまう不愉快は無くなるだろう。
 肩紐取り付け部の修正   ➡   肩紐外れ防止のゴム紐取り付け

 ジーンズはサイドの縫い目を切り解きミシンが使えるように展開させ裏布で補強と摺り切れた部分の補修をする。擦り切れの徴候も無い左側も「おっつけ擦り切れが顕在化するだろう」と同じ裏布をあて補強して終了。
 雨の日の手慰みとしても半日だけで終わってしまった。「手慰み」の用法が正しいかどうか不安だったから辞書に当たる。「手すさび」の記憶は曖昧で「ばくち」は何となく記憶にあった。
 結論から言えば「手慰み」より「手すさび」の方が表現としては正確と言えるが、童話の中の服飾はお洒落でなくてはならぬ。特に爺婆が黒っぽい服装は頂けないし危険だ。
 まあ、どっちにしろ、いい歳こいて繕い物など、今日日行う人など変人の部類で笑い者だが、由緒正しい水飲み百姓の生まれで育ちでは子どもの頃からの習い性になる…。
          裏側に補強の当て布   ➡    補修終了
 膝が当たる部分が二重になり穿き難くなるかと思っていたが窮屈さも滑りにくさも感じられず、我が腕のプロフィッショナルを実感した次第…。
 これで「爺さんは山へ草刈りにオーバーオールで、ジイジは絵本を買いにジーンズで…」と新童話が完成する。高齢者には「日日是好日」が一番なのである。「ネチネチこの口実」は頂けない…。

ところ変われば 3 「ナメクジ」

2018-07-07 | 旅行記
 「ところ変われば品変わる」の言葉通りナメクジも変わっていた。まるで三種混合ワクチンのように混在しているのであった。
 一番見たかったのは「マダラコウラナメクジ」だったのだけれど、普段は「傘もいらない雨模様」の土地柄なのに四週間に及ぶ快晴続きではナメクジ様もお出かけする気にはならなかったのは、けだし当然の日々だったのである。

 それでも早朝には在来種と侵入種は見る事が出来たものの、マダラコウラナメクジの成熟体は見つけれなかった。「普通に家の周り、プランターに出没しますよ」と家人はいとも普通に言ったのだけれどお天気は味方してくれなかった…、と言ってしまえば嘘になる。この快晴続きで連日、森や湖沼、はてまた湿地帯を彷徨でき退屈しなかったのだ。
 現地で当たり前の気象条件だったら家に閉じこもるしかなく退屈の極みだったに違いない。
 
 さてナメクジの在来種、巨大で真っ黒な種だった。体長120mmに達するのもいて胴回りは小生の親指より太いから25mmは超えただろう。何よりも「ヘェー!」と感じ入ったのは身体後方半分に縦縞が通っていた事で、プリーツズボンのようにも見える。これは綺麗だった。
 後部末端に菊座状の突起物があったのだが、排泄器なのか生殖器なのかは知る由もない。まあ、悪性腫瘍でなければどっちでも良いのである。
           在来種とマダラ


 人肌色したナメクジは「イベリア種」と呼んでいた。これは外来種で、一時期猛威を振るったのだそうで、その駆除に導入した「庭用家禽種」が野生化していた。その事に由る環境被害の報告はまだないのだそうだが、日本のマングース放生ほど馬鹿げた事態を引き起こすとは思われない。
 マングース放生や最近の登校児童圧死事例や大学運営等々を例に出すまでもなく、知識も分析能力もビジョンも無いのに権限だけを行使する輩による弊害は国の津々浦々にまで及んでしまった。まあ、立国の基盤、教育と政治・行政において顕著だから何をか言わんやではある。

 とは言うものの、なにをか言いたいのが小生で、高学歴や要職、社会的地位の高い輩がナメクジの働きにさえ劣る現実は何を言ってもグチだろう。
 これらのナメクジ、どういう訳か刈り払ったタンポポに群がってくる。美味しいのか食べやすいのか知らないが、どちらにしろ食い物にする物はどちらのナメクジ様も「空洞化」がお好きなようで…。
            


 吐乱譜はさておき見たかったマダラコウジナメクジの幼体期と思われる個体は見る事が出来たが、はたしてそれが「マダラコウラナメクジ」であるとの確証はない。本邦でも確認の事例はあったとの事だけれど現在はどうなのか、所詮、ナメクジなど不快害虫の範疇で、言わばマイノリティと言ってもよいか…。いやいや、ナメクジを取り上げる小生自体がマイノリティに分類されていく…。
 本日の吐与太話はこれまで!。
             マダラとイベリヤ種

 どうせ吐与太話だから、もう1話。映画「メアリーと秘密の王国」に出てきたキャラクターにナメクジがいる。脇役ながら大事な役どころなのだが、このナメクジが本件の黒いナメクジのデザインそっくりだった。「デザイン的にも採用水準か…」と思ってみていたのだが、たまたまTVドラマ「ブロードチャーチ 最終回」を見た時、刑事の自宅の床に黒いナメクジがいた。室内にいたのも踏み潰したのもどうかと思ったけれど、同種かどうか録画を静止させても判別出来なかった。これは英国製ドラマ、映画はアメリカ製なので「海外のナメクジは黒い傾向にある」と印象付けられたものの、実態は不明で、まあ、吐与太話だからどうでもいいのだ…。

断水させぬ為の止水!

2018-07-06 | 水辺環境の保全
 台風の影響で当地も200mm以上の降雨情報がでた。一昼夜でこの雨量では取水升は埋没し断水となるだろう。
 埋没だけなら掘りだせばよいのだが、送水管内に砂泥が入り込み詰まって断水となるのが相場なので「また強制送水するのか…」と空を見げて名案が浮かんだ。まさに歌丸師匠おでこの光明のお蔭であろう。

 砂泥侵入で断水となるならば砂泥を侵入させなければ良い。これは禿にさせないためには抜け毛を防ぐより易しい課題に思えた。そこで本降りとならないうちに送水管の吐水部のバルブを閉めてきた。ついでにハンドルを外したのは「気を利かせたつもりで開けられては困る」からである。

 「元を断たねば駄目!」という格言があるけれど、今回は「元から断っては駄目!」なのである。取水升内の吸水孔に水を入れたペットボトルを差し込めば容易に塞げるけれど、これにより送水管内が陰圧となってしまう。この結果、空気抜きバルブから空気が流入し管内で空気溜りを作り、これが空気栓となり断水を引き起こす。
 結局、エンジンポンプで強制送水し排除しなくてはならない。

 吸水口でなく吐水口を閉塞すれば水圧が加わった状態で止水出来ているので空気の流入も生じない…と、皺の少なくなった脳みそで道理と理屈を考えてバルブを閉じたのだ。それでも降雨出水による取水升の埋没と河床の荒廃は避けられないけれど、取水升を清掃し導水すれば「即送水」間違いなしだろう。まあ、降雨帯が去れば水源地まで埋没状況を確認に行く要はあるけれど結果は判明する。

 水が増えれば断水の顛末で、断水させぬために止水させ断水とした我が水辺に平安は訪れる事は決して無いけれど、ここは歌丸師匠の「楽になりたいから苦労をする」が何となく伝わる部分だ。
 「水は天からもらい水」で自分ではどうにもならないが、トンボもカエルも我が手の平にあって生殺与権は小生にしかない現状では水を断つ訳にはいかぬから水を断ってみた。