「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「点滴の一滴」

2013年01月25日 | おせっかい

          

ブログを書くに当たって先ずは内容を吟味する。次にタイトルを考える。
内容の吟味より前にタイトルが決まっていることもある。そういった場合比較的スムースにペンが進む。書き上げる手間も割りとはぶけるように思う。

今夜の場合、タイトルの選定に手間がかかった。
「友の病」どうもイマイチ。「暇人」ちょっと失礼かな。「病室のクラス会」なんか不謹慎な後ろめたさがある。「天敵」怖さを感じさせるものがある。そうだ同じテンテキでもこちらの「点滴」は、まさに彼の治療そのものだ。その中でおもろい話を取り上げるなら「点滴の一滴」としよう。うまくまとまった。自画自賛。

緊急入院した同級生を見舞いに行く。「話ができるんじゃろうか」「どう言って慰めようか」「エエイ!ままよ、いつもの漫才でもやってみるか」心配がいつの間にか開き直りに変わり病室へ。案ずるよりなんとやら、大笑いしながら馬鹿話が出来るではないか。大いに安心。早速いつもの仲間何人かに電話して、連れだって改めて見舞いに行った。

いくら何でも病室で声高な話もならず、三階踊り場の面談用ソファーへ移動。
「みんなに心配かけたくなかったのに、こいつはおしゃべりじゃから・・・」と人の顔を見る。「こうやってみんなが心配してくれることを感謝して早くよくなれ」とハッパをかける。
そんな話し声は、一階まで筒抜けであったと、知人が教えてくれた。

そんな彼の「暇つぶし」ではない、自称リハビリで撮影したのがこの写真である。
『言っておきますがアタシの腕ではありません。プロの写真技術のパクリです』
かくの如く、今、自分の体内に入らんとする点滴の一滴を、あの4cmくらい落下する瞬間で捉え、見事に一滴を停止させ浮き上がらせているのである。

器械による強制落下なので、一滴垂れる間合いが早かったり遅かったり極めて不規則となる。それらを計算ずくでシャッターを切る腕前。「アーター本当に病気か・・・」と聞いてみたくなる。そこは自他共に認めるプロフェッショナル。マジに入院中のリハビリに格好の標的を見つけた思いだったのだろう。

「お陰で無事退院したよ」と連絡をもらった。やっぱり友は元気でいてくれないと。

コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

横幅を広げる

一行の文字数を増やしたい