「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「おひなさま」

2015年03月03日 | 家族・孫話

         
              ひな壇を飾った日、2015.2.21           自分のお家のお雛様、2015.3.3
                                       (嫁さんから届いた写メ)

1年8カ月になる姫孫。まだ片言ながら色んな言葉を発するようになった。
昔ながらの雛壇の前に来ると「きれい」という意味の言葉を発して目を丸くする。「ハイポーズ」というと、ちょっと照れが入るのか、ちゃんとまっすぐ立ってはくれない。どうやってもあっちを向いたりこっちを向いたり、勝手気ままなポーズをとる。
「おすましして・・・」といっても意味が分からんのだろう、右に左に身体をねじる。それはそれで可愛らしい仕草ではある。
男の子にはない愛嬌がある。当たり前のはなしだが、男には男の良さがある。

嫁いだ娘のひな飾りが、今も大切にわが家の押し入れにしまわれている。
毎年ではないが、虫干しも兼ねて時々出して飾ってみる。女の子に恵まれなかった娘一家であるが、三兄弟は女の子以上にひな飾りに反応を示したのをよく覚えている。今中学2年の長男君はともかく、次男坊などは興味津々、触りたくて仕方がない様子であった。
意外にクールな三男君も、最初はとても嬉しそうな笑顔を見せていた。

今年は正真正銘女の子が、得も言われぬ笑顔で雛壇を前に色んなパフォーマンスを見せる。
♪♪ 灯りをつけましょ ぼんぼりに~ ・・・ ・・・♪ のメロディが流れるオルゴールのネジを何度も何度も巻きに行く。
自分の家には、それはそれは現代風のかっこいいひな飾りがある。そちらはもちろん大喜びであろうが、こちらはこちらで楽しんでいる様子。

その手に固く握っているのは、母親のスマホである。
画面に指を当て、上下左右に自在に動かし、自分を写してくれた写真を探し出してじいちゃんに見せに来る。
こちらでさえスマホは使いにくくて、元のガラケーに戻したいというのに。
どうかしたら、お父さんとゲームを競争したりもするようである。あーぁ困ったもんだ、というべきか、やるもんじゃねー言うべきか。

桃の節句。いよいよ本格的な春が近づいている。
姫孫が「クック」と言えばもちろんお靴。「クツー」と言えばなんじゃろう、靴をはいて外に出るときの靴下のことである。
靴下穿いて、靴履いて、オンモへ出たいと待っている。

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「別れ、そしてスタート」

2015年03月01日 | 季節の移ろい・出来事

                     

弥生三月。降る雨はいかにも春を思わせる糸を引くような小雨。冷たいが柔らかに、未だ眠りから覚めない木々を濡らす。
3月の始まりは母校の卒業式参列から。
「〇〇時までに応接室にお越しください」という案内状の通り、朝から礼服に身を包みネクタイをビシッと決めて?お出かけ。

1年に1度、何とも心地よい緊張の中に身を置く母校の卒業式。
自ら経験したあの感動から、55年という歳月が流れたが、あの、ちょっとうすら寒い体育館のパイプ椅子の感触はいまだに頭の片隅に残っているような。
一人ひとりの名前が呼ばれ、クラス代表が壇上で校長先生から卒業証書を授与される。

学校長式辞、来賓祝辞、送辞、答辞、校歌斉唱と続く一連の式次第。何度味わっても心地いいものである。
この子らが5年10年たつうちに、恋を経験し、家庭を持ち、我が国を支える原動力となるころには、日本や世界の姿はどうなっているんじゃろう。
などと勝手な想像をしてみる。

いよいよ卒業生退場。入場時と同じように、ブラスバンド部の生演奏に送られて拍手の中を去って行く笑顔。
我々の時代とは違って、意外にもここでは涙は見られない。
年々工夫を凝らした送辞答辞の交換がある。美辞麗句が並べられる例が少なくない中で、自分たちの言葉、身の丈に合った言葉で心を込めた送辞答辞に心奪われた。
別れという悲しみは厳然とあるが、明日から始まる新たな未来があることに思いを馳せると、やっぱり卒業式はいい。

「今日はお別れ、明日から始発駅に立つ皆さんの前途を祝して・・・」校長先生の言葉が耳に残る。
遠い遠い昔が懐かしく思い出される。ちょっとセンチに・・・。


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