
スベルべママを実家に送り、家には上がらず歩いて目的の川へと向かう。
古い記憶をたどって歩いたが、川は思ったよりも遠くザクザクと雪を踏み、汗ばみながら探す。

山裾に懐かしい川が流れていた。
川の水の色は考えていたよりも澄んで居て川底も見えるほどだった。

護岸工で囲われて風情には多少掛けるけれども、堰堤の跡か水の落ち込みも有る。
はやる気持ちを抑えながら、仕掛けを竿先に付け、そして釣り針に「キジ」を付けて川に流し込む。

二回ほど流したところで、釣り糸の途中に付けた目印のセルロイドの矢羽根が微妙な動き。
軽く竿をあおって合わせると、軽い手ごたえと共に「山女」が姿を現せた。

自分の影が水面に映り、獲物に気付かれないように雪上に腰をかがめて仕掛けを投入する。
三回ほど流したところで目印が流れに逆らった動きをし、合わせると竿先をしならせ確かな手ごたえ。

まだ1メートルをはるかに超える雪では川岸に降り立つ事も出来ず、ぐいと魚を牛蒡抜き。
水面から顔を出し、空中に躍り出た獲物はなんと、渓流釣り師もあこがれの「尺岩魚」だった。
長い冬を過ごしたと言うのに、痩せてもいず堂々たる魚形です。
心臓は高鳴り、手先さえ震える。でも、震える手先でカメラを取り出しシャッターを押したのでした。
きっとこの川で釣りをしたのは30年以上も前の事です。
遠い記憶の彼方から、釣り上げたかのような「岩魚」は昔と変わらぬ姿をしていました。
満足な魚籠も持参せず、ポケットからレジ袋を取り出し雪を詰めて獲物を入れます。
左手にそのレジ袋を持ち、右手に竿を構えて川を登ります。
上流で竿を収め、帰途に着くまでに二回ほどの当たりを見ました。
竿を収め、またザクザクと雪を踏みしめながら歩き、舗装道路に辿り着き、
春の穏やかな日差しのもとを、満足感に浸りながら歩いて自動車まで帰ったのでした。