夢見るババアの雑談室

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ほぼ身辺雑記です

「霧道谷にて」ー9ー聡一

2009-05-22 23:31:00 | 自作の小説

動けないと思い込んでいた妻が 息子の陽一がいなくなったと知るや 起き上がり 凛々しく身支度を済ませ 追いつけないほどの勢いで駆け出した

俺はどちらに驚いていたのだろう

陽一がいなくなったことと はるみが動けることと

走りながら妻は言った

「色々迷惑かけてごめんなさい

いっぱい いっぱい 本当に ごめんなさい」

俺ははるみの手を握り締め「まず陽一を 俺達の息子を見つけよう」それだけ言った

降る雨は烈しさを増し風もますます強くなっていく

そしてもう一人ここに来て人間離れしてきたのが駆け寄って来る

妹の琴子

海を見た時から ここの空気を嗅いでから 心配していた もう一つのこと

琴子は はるみに尋ねる

「海に心あたりはありませんか? 一番近い海は何処でしょう?」

「あなたは そこにいると思うのね」

「たぶん・・・」

妹の足は速かった はるみが追いつけないほどに

そして妹は荒れる海に崖から飛び込んだ

波間に銀の鱗煌く巨大な魚が見える

ところどころに緑やら青やら混じって輝く

妹はその魚に向かって泳いでいた

妻は・・・空に向かって手を広げる 雨を全身に受け止め 何か叫んでいる

妹を追ってきた探偵は 倉元は胴にロープを巻いて海に飛び込んだ

妹に追われるように魚は海から川へ上がってくる

鱗は次第に剥げ落ちて・・・

魚は・・香夜美さんだった

少なくとも香夜美さんの顔を持っていた 鱗が落ちるたびに肌が露になり 指が 手が 腕が

こちらへ近づくごとにどんどん鱗は流れ いつのまにか人魚の姿になる

腰のところが異様に膨らんでいた

そうして香夜美は水面に立つ 不思議に沈みもせず ただ・・

立ち泳ぎしながら妹は 琴子は香夜美に語りかけている

「陽一ちゃんを返して 今なら間に合う 分かっているはず あなたには陽一ちゃんを殺せない

本当にしたいのは こんなことではないはず

香夜美さん あなたはつくれる人なの 思い出して

あんなにかわいがってる陽一ちゃんを死なせることはできない

あなたは優しい人なのよ お姉さんのことも大好きなの

はるみさんは はるみさん  香夜美さんは香夜美さんなの」

ふうっと大きく香夜美は息をつく

空に両手を差し伸べ 荒れる天気を沈めようとしている姉を見る

大きな瞳から涙を溢れさせ 自分を見つめる琴子を

香夜美は腰のところに手を当てた

ぴっ 鱗が飛ぶ 裂けていく

琴子の伸ばした手の上に 陽一が転げ出た

倉元が琴子から受け取り こちらへ上がってくる

はるみが駆け寄り受け取り抱きしめる

琴子は香夜美から離れず自分が着ていたずぶ濡れのシャツを着せかけ抱きしめた

「有難う 有難う」

まるで保護者のように琴子は香夜美を抱えて連れて行く

香夜美は何故か 琴子のするがままになっていた

風雨はいつのまにかおさまっている

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