長い長い連(れん)の話が終わっても あきひは半ば呆けたように 本当は死んでいる蓮(れん)の姿をただ見ていた
どうしたって眠っているようにしか見えない 美しい女性(ひと)としか あきひには感じられない
ふわふわとした日常感の無さ
これまでの細かい事柄が連の話によって ジグソーパズルのピースが納まるように繋がっていく
祖父の克雅が 亡くなった新垣豊造(しんがき とよぞう)が そして連が抱え続けてきた秘密
この地に移り住んだ医者が始めたこと
人を死なせまいとする実験
注射された何か
それは千希良蓮(ちぎら れん)を殺されたままにはさせず 死んだままでは措かずー
「私の・・・私の夢は・・・連さんのお嫁さんになって賑やかな温かな家庭を築くことでした
いえ 連さんに愛されることでした」
病院の中庭で刺されそうなところを救われて・・・・・
新垣連なる男に相応しい女性になりたかった
知性 教養 家事 さまざまの習い事
たとえ時代遅れな生き方でもいい
連に 自分に 体の中に{何か}あるなら いるなら
連は子供をほしがらないだろう
夢見ていた家庭は持てない -ということになる
たぶん
自分は普通の人間ではなかったのかー何なのだろう
受けた衝撃が大きすぎて あきひは涙を流せないのだった
とても寒い 寒すぎる 凍り付くように
小刻みな震えが止まらない
「車の鍵を出して」と現実的なことを連が言った
「こんな状態で運転してはいけない はい運転免許と携帯も出して 預かっておく」
優しい言葉もかけない連が 実はどうしていいか分からずにいるとは あきひには気づけなかった
「部屋を用意するよ 今夜は泊まるといい 克雅さんには連絡を入れておく」
蓮の眠る地下室から別荘本館の部屋へと 連はあきひを導く
新緑色の絨毯が敷かれた部屋へと案内した「少し ここに居て」
連が部屋を出ていくと あきひは窓辺に置かれたロッキングチェアに腰かけ 椅子の上にあったブランケットにくるまった
ただただ寒い・・・・・寒くてたまらない
その時の連の克雅への電話はひどく簡単なもので 克雅を困惑させた
「あきひさんはここに居ます 二人で大事な話をしてー 明日 送っていきます」
電話が終わると暖炉に火を入れ ミルクコーヒーをたっぷりと作り フランスパンを切る
皮をむき芯を取ったリンゴをレンジで加熱する
ミルクコーヒーの入ったボウルとパンを入れたカゴ リンゴの入った皿をテーブルに乗せる
そうしておいて連はあきひを迎えに行った
ロッキングチェアの上で震えているあきひをブランケットごと抱き上げて運び 暖炉の近くへおろす
パンをミルクコーヒーに浸して あきひに勧めた
「ひと口だけでも食べてごらん」
あきひは指が震えてパンが掴めない
少し連は思案したようだった
床の上に食べ物を置く
背中から あきひを腕の中に抱え込む そして「口を開けて」食べさせ始めた
「行儀悪いけど好きな食べ方なんだ」
暖炉の熱と連の体温とで あきひの寒気は治まってきた
別の意味の震えが走る
ミルクコーヒーをたっぷり吸ったパンは甘く柔らかだ
口の中で溶けていく
「あの・・・もう・・・ お腹いっぱいです」あきひが言っても 連は彼女を抱いたままの姿勢を崩さなかった
「よく考えて いつ人間でなくなるかわからない男でもいいなら お嫁においで」
あきひの耳元で連の囁く声がする
自分の体に回された連の腕をあきひは掴む
「君が後悔しないなら 可能な限り君の傍にいるよ」
あきひを抱える連の腕は緩まなかった
『本気・・・なんですか 本物のプロポーズ?』口には出せず心の中で問いかける
ーねえ それは 私を好きだということ? 聞きたい言葉はー言ってほしい言葉は・・・・・
部屋に引き上げても あきひは眠れずにいる
いろいろありすぎて・・・・・どれから考えていいのかもわからない
ただ・・・寒気は止まっていた
「-たく あの言葉の後に一人寝ーはないよね」
いつの間にかあきひのベッドの横に連の姉の蓮が立っていた
「ああ ごめんなさい 眠れないでいるみたいだったから
はじめまして わたしは千希良蓮
もうーわたしの事情は知っているわね
実は わたしも眠れないでいたの 眠りすぎで」
ちょっとあきひの表情を窺う
「あ ここは笑ってくれないと 冗談だから」
「あ・・・はじめまして 緑矢あきひです」
目を開けている蓮の美しさに あきひは驚いていたのだ
連の双子の姉の蓮は あきひを笑わせようとしているらしかった
「まったくねぇ・・・・男なら押し倒すとか 好きとか愛してるとかくらい言わなきゃ」
ちょこんとベッドに腰かけて「ねえ・・・駄目な男よねえ」と蓮
「いえ・・・そんな・・・」
答えに困るあきひに
「庇おうとしなくていいの 好きってはっきり言われたい女心が まったく分かってないんだわ」
連の美しい姉は 男としての弟を歯痒がっているのだった
「それというのも・・・わたしの殺され方のせい
{男むきだし}で女性にぶつかるのは 悪だと罪だと思っているのかもしれない」
あきひが眠りにつくまで蓮は 連のことや 何か面白い話などして笑わせた
「あんなの(連)で良ければ 幸せになって」
死んでいるという蓮は 生きている人間と全く変わらず あきひは恐怖など全く感じなかった
蓮の連とは違った優しさと温かさが あきひの心の中に残った
あきひは連と結婚することで 蓮という義姉も得ることができるのだと気付く
たとえ蓮が死んでいても この世に蓮は存在している
祖父の克雅しか家族のいないあきひ
憧れていた賑やかな家族の団欒
少し形は変わるかもしれないけれど・・・・・・
連とは違う形で孤独を友として育ったあきひ
生まれつきの美しさも賢さも 彼女に自信を与えなかった
何処か他の人間とは違う 同じ感性を持つことができず
周囲に溶け込めない違和感を抱えて生きてきた
違ってても当たり前で 違っていてこそ当然
違うこと それは仕方のないことだ
そんな中で ずっとずっと憧れた 好きだった連が「-傍にいる」
そう言ったのだ
一緒にいる 生きる 生きていく たぶん 生きる それが一番大切なこと
眠りに落ちながら呟くあきひの髪を 蓮が撫でる
「そうよ・・・・・」そう囁きながらー
翌朝 まだ起きていた蓮が作った朝食を食べて 連とあきひは 連の運転する車で あきひの家に向かった
「姉さんとあきひさんが本当の姉妹みたいだ」
一夜で親しくなっているあきひと蓮に ちょっと驚いた連が言うと 蓮は微笑んで答えた
「ずっと妹がほしかったんだもの」
車の中であきひは 連の雰囲気が少し軽く明るくなっているように感じた
別荘では蓮がいたからかと思っていたがー
少し経って あきひがどうにか尋ねると連は答えた
「ずっと話さないとと思っていたことを話せたから 秘密を抱えていると心の中も眉間に縦皺状態
克雅さんも僕も 全てを知ったあきひさんの反応 受けるショックがね 何より恐ろしいことだった」
「私が・・・」
「僕は死んだらどうなるかわからないモノを抱えている身でー
誰かを好きになってはいけない 長いこと そう思ってきた」
「思ってきた?」
「うん 過去形の『きた』-だ 心が自由になるなんて何を思いあがっていたのだろうね
誰かを大切に思うこと 心配で心配で気にかかって 気になって
そう それは恋に落ちてるってことなのにねえ
守りたいだの そんなの全部 ひとっまとめだ」
「連さん?」
「僕はずっと怖かった 君は若い 今 僕のことを好きだと言ってくれていても 十代ののぼせあがりだ
そのうちきっと 他の誰かと恋愛するだろう
いつかはーなんてね
卑怯だったね 僕は」
「連さん! 連さん!」
連は車を路肩に寄せた 山の中 まだ人里は遠い
「運転しながら言うことじゃないな」
助手席のあきひへ顔を向ける
「緑矢あきひさん 君が好きです
いや・・・愛しているんだ 君を」
連の顔にかかる髪 ちょっと緩めてあるネクタイ
連の眼をまともに見ることができず あきひは視線を泳がせる
「君を送って行って 結婚の許可を克雅氏に求めてもいいだろうか」
鈴を張ったようなあきひの瞳から涙が溢れる
あきひの涙に連が焦ったような表情になる
自分に近い側にある連の手を あきひは両手で持った
何も言えなかったから
言葉が出てこなかったから
どうしたって眠っているようにしか見えない 美しい女性(ひと)としか あきひには感じられない
ふわふわとした日常感の無さ
これまでの細かい事柄が連の話によって ジグソーパズルのピースが納まるように繋がっていく
祖父の克雅が 亡くなった新垣豊造(しんがき とよぞう)が そして連が抱え続けてきた秘密
この地に移り住んだ医者が始めたこと
人を死なせまいとする実験
注射された何か
それは千希良蓮(ちぎら れん)を殺されたままにはさせず 死んだままでは措かずー
「私の・・・私の夢は・・・連さんのお嫁さんになって賑やかな温かな家庭を築くことでした
いえ 連さんに愛されることでした」
病院の中庭で刺されそうなところを救われて・・・・・
新垣連なる男に相応しい女性になりたかった
知性 教養 家事 さまざまの習い事
たとえ時代遅れな生き方でもいい
連に 自分に 体の中に{何か}あるなら いるなら
連は子供をほしがらないだろう
夢見ていた家庭は持てない -ということになる
たぶん
自分は普通の人間ではなかったのかー何なのだろう
受けた衝撃が大きすぎて あきひは涙を流せないのだった
とても寒い 寒すぎる 凍り付くように
小刻みな震えが止まらない
「車の鍵を出して」と現実的なことを連が言った
「こんな状態で運転してはいけない はい運転免許と携帯も出して 預かっておく」
優しい言葉もかけない連が 実はどうしていいか分からずにいるとは あきひには気づけなかった
「部屋を用意するよ 今夜は泊まるといい 克雅さんには連絡を入れておく」
蓮の眠る地下室から別荘本館の部屋へと 連はあきひを導く
新緑色の絨毯が敷かれた部屋へと案内した「少し ここに居て」
連が部屋を出ていくと あきひは窓辺に置かれたロッキングチェアに腰かけ 椅子の上にあったブランケットにくるまった
ただただ寒い・・・・・寒くてたまらない
その時の連の克雅への電話はひどく簡単なもので 克雅を困惑させた
「あきひさんはここに居ます 二人で大事な話をしてー 明日 送っていきます」
電話が終わると暖炉に火を入れ ミルクコーヒーをたっぷりと作り フランスパンを切る
皮をむき芯を取ったリンゴをレンジで加熱する
ミルクコーヒーの入ったボウルとパンを入れたカゴ リンゴの入った皿をテーブルに乗せる
そうしておいて連はあきひを迎えに行った
ロッキングチェアの上で震えているあきひをブランケットごと抱き上げて運び 暖炉の近くへおろす
パンをミルクコーヒーに浸して あきひに勧めた
「ひと口だけでも食べてごらん」
あきひは指が震えてパンが掴めない
少し連は思案したようだった
床の上に食べ物を置く
背中から あきひを腕の中に抱え込む そして「口を開けて」食べさせ始めた
「行儀悪いけど好きな食べ方なんだ」
暖炉の熱と連の体温とで あきひの寒気は治まってきた
別の意味の震えが走る
ミルクコーヒーをたっぷり吸ったパンは甘く柔らかだ
口の中で溶けていく
「あの・・・もう・・・ お腹いっぱいです」あきひが言っても 連は彼女を抱いたままの姿勢を崩さなかった
「よく考えて いつ人間でなくなるかわからない男でもいいなら お嫁においで」
あきひの耳元で連の囁く声がする
自分の体に回された連の腕をあきひは掴む
「君が後悔しないなら 可能な限り君の傍にいるよ」
あきひを抱える連の腕は緩まなかった
『本気・・・なんですか 本物のプロポーズ?』口には出せず心の中で問いかける
ーねえ それは 私を好きだということ? 聞きたい言葉はー言ってほしい言葉は・・・・・
部屋に引き上げても あきひは眠れずにいる
いろいろありすぎて・・・・・どれから考えていいのかもわからない
ただ・・・寒気は止まっていた
「-たく あの言葉の後に一人寝ーはないよね」
いつの間にかあきひのベッドの横に連の姉の蓮が立っていた
「ああ ごめんなさい 眠れないでいるみたいだったから
はじめまして わたしは千希良蓮
もうーわたしの事情は知っているわね
実は わたしも眠れないでいたの 眠りすぎで」
ちょっとあきひの表情を窺う
「あ ここは笑ってくれないと 冗談だから」
「あ・・・はじめまして 緑矢あきひです」
目を開けている蓮の美しさに あきひは驚いていたのだ
連の双子の姉の蓮は あきひを笑わせようとしているらしかった
「まったくねぇ・・・・男なら押し倒すとか 好きとか愛してるとかくらい言わなきゃ」
ちょこんとベッドに腰かけて「ねえ・・・駄目な男よねえ」と蓮
「いえ・・・そんな・・・」
答えに困るあきひに
「庇おうとしなくていいの 好きってはっきり言われたい女心が まったく分かってないんだわ」
連の美しい姉は 男としての弟を歯痒がっているのだった
「それというのも・・・わたしの殺され方のせい
{男むきだし}で女性にぶつかるのは 悪だと罪だと思っているのかもしれない」
あきひが眠りにつくまで蓮は 連のことや 何か面白い話などして笑わせた
「あんなの(連)で良ければ 幸せになって」
死んでいるという蓮は 生きている人間と全く変わらず あきひは恐怖など全く感じなかった
蓮の連とは違った優しさと温かさが あきひの心の中に残った
あきひは連と結婚することで 蓮という義姉も得ることができるのだと気付く
たとえ蓮が死んでいても この世に蓮は存在している
祖父の克雅しか家族のいないあきひ
憧れていた賑やかな家族の団欒
少し形は変わるかもしれないけれど・・・・・・
連とは違う形で孤独を友として育ったあきひ
生まれつきの美しさも賢さも 彼女に自信を与えなかった
何処か他の人間とは違う 同じ感性を持つことができず
周囲に溶け込めない違和感を抱えて生きてきた
違ってても当たり前で 違っていてこそ当然
違うこと それは仕方のないことだ
そんな中で ずっとずっと憧れた 好きだった連が「-傍にいる」
そう言ったのだ
一緒にいる 生きる 生きていく たぶん 生きる それが一番大切なこと
眠りに落ちながら呟くあきひの髪を 蓮が撫でる
「そうよ・・・・・」そう囁きながらー
翌朝 まだ起きていた蓮が作った朝食を食べて 連とあきひは 連の運転する車で あきひの家に向かった
「姉さんとあきひさんが本当の姉妹みたいだ」
一夜で親しくなっているあきひと蓮に ちょっと驚いた連が言うと 蓮は微笑んで答えた
「ずっと妹がほしかったんだもの」
車の中であきひは 連の雰囲気が少し軽く明るくなっているように感じた
別荘では蓮がいたからかと思っていたがー
少し経って あきひがどうにか尋ねると連は答えた
「ずっと話さないとと思っていたことを話せたから 秘密を抱えていると心の中も眉間に縦皺状態
克雅さんも僕も 全てを知ったあきひさんの反応 受けるショックがね 何より恐ろしいことだった」
「私が・・・」
「僕は死んだらどうなるかわからないモノを抱えている身でー
誰かを好きになってはいけない 長いこと そう思ってきた」
「思ってきた?」
「うん 過去形の『きた』-だ 心が自由になるなんて何を思いあがっていたのだろうね
誰かを大切に思うこと 心配で心配で気にかかって 気になって
そう それは恋に落ちてるってことなのにねえ
守りたいだの そんなの全部 ひとっまとめだ」
「連さん?」
「僕はずっと怖かった 君は若い 今 僕のことを好きだと言ってくれていても 十代ののぼせあがりだ
そのうちきっと 他の誰かと恋愛するだろう
いつかはーなんてね
卑怯だったね 僕は」
「連さん! 連さん!」
連は車を路肩に寄せた 山の中 まだ人里は遠い
「運転しながら言うことじゃないな」
助手席のあきひへ顔を向ける
「緑矢あきひさん 君が好きです
いや・・・愛しているんだ 君を」
連の顔にかかる髪 ちょっと緩めてあるネクタイ
連の眼をまともに見ることができず あきひは視線を泳がせる
「君を送って行って 結婚の許可を克雅氏に求めてもいいだろうか」
鈴を張ったようなあきひの瞳から涙が溢れる
あきひの涙に連が焦ったような表情になる
自分に近い側にある連の手を あきひは両手で持った
何も言えなかったから
言葉が出てこなかったから