【社説①】:コロナの時代に考える シビックテックの挑戦
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:コロナの時代に考える シビックテックの挑戦
官が「公共」を支配し、官の都合のいいように民を利用する時代は終わった−。
早稲田大の教授だった二〇一一年三月、東日本大震災の直後に他界した寄本勝美さんは、その前月に出版した著書に、そう書き残しています。いち早く循環型社会の構築を唱え、「公共」とは官だけでなく、市民や企業との協働によって築かれ、支えられるべきだと訴えました。
◆コード・フォーの興隆
寄本さんは一九七〇年ごろからごみ問題に関わった。処分場の建設反対運動も起きる中、収集車にも乗り込んで現場の職員と語らい、大量消費社会がもたらした「ごみ戦争」に向き合ったといいます。そのゼミからは多くの学者や市民活動家、ジャーナリスト、公務員らが輩出しています。
寄本さんの言葉はいま、いっそうの説得力を持って心に響いてきます。激甚化する自然災害、待ったなしの少子高齢化、グローバリズムと富の格差、終息せぬ新型コロナ感染…。
もちろん官が手を抜いていいわけではありませんが、官の力だけでこの時代を乗り切れないことは、もはや自明の理とも言えるでしょう。
新型コロナの第一波が襲った昨春、全国の自治体が立ち上げた感染症対策サイトの作成を手助けしたのは、情報技術(IT)エンジニアらの団体でした。
その中心的な存在が東京都と連携した「コード・フォー・ジャパン(CfJ)」です。
CfJの開発手法は世間を驚かせました。「ソースコード」と呼ばれるコンピュータープログラミングの文字列をネット上で公開し、誰もがサイトの開発に参画できるようにしたのです。
互いに顔も知らないようなエンジニアが次々と仲間に加わり、新規陽性者や医療体制の現状などが一目で分かるサイトが数日で完成しました。ソースコードが公開されていたことで、各自治体ごとのサイトも容易に誕生しました。
◆「金もうけではない」
こうした手法は米国が発祥で、シビック(市民)とテクノロジー(技術)を掛け合わせたシビックテックと呼ばれています。一般の市民エンジニアらがITを使って行政サービスや地域の課題を解決することを言います。彼らの目的は決して報酬ではありません。
一三年にCfJを立ち上げた関治之さんの原体験は東日本大震災にあります。当時は別の組織や会社に属していましたが、同じ手法で、被害状況や避難所情報を地図上に順次反映するサイト「震災インフォ」を開発しました。
わが国未曽有の危機に、各地の敏腕エンジニアらが立ち上がったのです。
「コード・フォー」を冠した団体は現在、全国に百近く。一般社団法人であったり、NPOであったり、形態はそれぞれです。名乗るにはCfJに申請が必要ですが、緩いつながりで、各団体のメンバーも固定されていません。
教育や子育て、まちづくり、防災、新型コロナ対策など、それぞれのテーマに応じて、ネットを中心に時々の仲間を募ります。
例えば、愛知県内をカバーする「コード・フォー・アイチ」は元地方公務員の晝(ひる)田浩一郎さんとエンジニアの嬉野剛士さんが一七年に立ち上げました。現在はともにベンチャー企業に勤め、コード・フォーの活動も続けています。
四月上旬、オンラインで開いた会合には大学生や会社員、元商社マン、起業家ら多様なメンバーがそろいました。
彼らがこれまで手掛けたのは、学校から保護者向けに届く連絡帳のデジタル化、災害時にボランティアの役割を分担できるアプリの開発、不登校の子どもらに職業体験を提供する市民団体の支援…。
ほかに新型コロナの接触確認アプリの使用者数が一瞬で分かる装置や、色弱の人に焼き肉の食べごろを知らせるアプリなど、実用化できそうな技術もあります。
知見や仲間を広げたい、自分の力を試したい、社会に貢献したい−。参加した動機は人それぞれですが、共同代表の嬉野さんの話が印象的でした。
貧しい子ども時代を過ごし、短大を卒業後は派遣会社などを転々としたといい、「親の収入でその子の人生が決まってしまうような社会を変えたい」。その思いが根底にあるそうです。
◆花咲け、新時代の公共
冒頭に紹介した寄本さんが、公務員や市民と車座になって語り明かし、ごみ問題と格闘したころから半世紀あまり。時代とともに新たな課題が生まれ、社会のありようも時に変わらざるを得ないのでしょうが、どんな時代でも、人が人とつながることで勇気や知恵が生まれるのではないでしょうか。
新時代の「公共」が花を咲かせつつあるのだと感じます。
■「シビックテック」
「シビックテック」という言葉を聞いたことがある人は少ないだろう。シビックテックとは「市民の課題を解決する/生活をより便利にするために、ITを中心としたテクノロジーを活用するアクション全般を指すキーワード」である。
シビックテックを代表する存在となった非営利組織
Code for Americaが米国で活動を開始したのは2009年。日本国内では、2013年5月にCode for Kanazawaが石川県金沢市で立ち上がったのを最初に、さまざまな活動が広がっている。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2021年05月04日 07:27:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。