【原田記者の考察】:五輪と国民との分断の日…丸川五輪相、IOCのコーツ委員長に感じた「自分ファースト」
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【原田記者の考察】:五輪と国民との分断の日…丸川五輪相、IOCのコーツ委員長に感じた「自分ファースト」
東京五輪・パラリンピックを巡り、私は5月21日、丸川珠代五輪相と国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長の記者会見で2つの質問をした。「損失の補塡は東京都」「緊急事態宣言下でも開催? イエスだ」―。2人から返ってきたのは、いずれも「自分ファースト」を前面に出した答え。私は、五輪と日本国民の分断が決定的となる瞬間に感じた。(原田遼)
記者会見するIOCのコーツ調整委員長(モニター内)。右は東京五輪・パラリンピック大会組織委の橋本聖子会長=5月21日、東京都中央区
◆「中止を選択肢に」
私はこの日、午前9時半から丸川氏の閣議後会見に、午後7時半から国際オリンピック委員会(IOC)と大会組織委員会の合同会見に出席した。
丸川氏の会見では、本紙が5月の幹事社を務めているため、慣例に従い、最初に指名された。質問はこうだ。「国民の安全を考えれば、東京五輪の中止を選択肢に入れ、どういう状況になれば中止にせざるを得ないとか、中止に伴う財政的なリスクはどれくらいあるのか、協議するべき時期に来ている。中止を選択肢に入れないのはなぜか」
この日の時点で9都道府県に新型コロナウイルス緊急事態宣言が出ており、五輪が開かれる2カ月後の感染状況や医療のひっ迫は深刻になる危険性は十分にある。中止を選択肢に入れないのは無責任と感じたからこそ、見解を求めた。
◆中止の損失「東京都が補填」
丸川氏は質問に「東京大会のあり方については主催者であるIOC、国際パラリンピック委員会(IPC)、東京都、組織委において最終的に決定される。政府としては引き続き安全安心を最優先に、関係者と緊密に連携して大会準備を着実に進める」。過去何度も聞いた受け答えをした後、突然、中止後の費用分担に言及した。
「都がIOCに提出した立候補ファイルには、組織委が財源不足に陥った際は都が補塡するとある。都の財政規模を踏まえると、補塡できないという事態はおよそ想定しがたい」と、国が損失分を補填することはないとの考えを示した。
さらに「中止しなければいけないと思っている方と、やるための努力をしている方とで物の見方が違う。同じ言葉で説明してもなかなか伝わらない」とも。私は、約4分間にわたる丸川氏の答えを虚しく感じながら聞いた。
◆小池知事へのけん制か?
実は質問は、会見の前日夕方に広報に伝えていた。これも慣例で「幹事社の質問は前日までに通達する」とされているからだ。つまり丸川氏は半日以上、回答を熟慮する時間があったにもかかわらず、質問に正面から答えず、費用分担に問題をすり替えた。
最近、「小池百合子都知事が五輪中止を言い出すのでは」という臆測が広がっている。丸川氏の発言には、中止するなら「損失補填は都の責任だ」とけん制する意味があったのかもしれない。数時間後、小池氏が補塡に対し「協議が必要」と反論し、2人の「論戦」が注目の的になった。
丸川氏の答えからは、政府としてはあくまで中止は選択肢になく、仮に中止となっても責任を取るつもりはないとの姿勢がにじみ出ていた。
◆「五輪は治外法権なのか」
IOCと組織委による共同会見はコーツ氏がオンラインで参加する形で行われた。私は質疑応答の中盤で司会者から指名され、こう聞いた。「緊急事態宣言下でも開催するのか」と。
無観客で開催された陸上の東京五輪テスト大会=5月9日、国立競技場で
コーツ氏は「宣言下で5つのテスト大会が成功裏に行われた。答えはイエスだ」と断言した。これは日本国内も含めて、初めて示された見解だ。IOCが五輪開催を目指すのは当然とは言え、日本がどんな感染状況でも開催すると明言したのには正直、驚いた。
日本の主権にまでIOCが踏み込んだとも言える。「IOCは一線を越えてしまった」と感じた。会見終了後、ベテランのスポーツ記者も「何の権限であんな事を言えるのか。五輪は治外法権なのか」と憤っていた。
私は新型コロナウイルスの感染が続くこの1年半、五輪だけでなく、厚生労働省の担当も務めてきた。厚労省で取材する相手は、政府に新型コロナウイルス感染症対策を提言する尾身茂会長ら医療や感染症の専門家たちだ。
彼らはよくジレンマを口にする。「自分たちの立場で言えば、緊急事態宣言はできるだけ長くやってほしい。しかし経済が止まれば、国民は生活できない。強い対策は最低限にしないといけない」。だから毎日、新規感染者数や病床数の動向を分析し、早朝・夜間や土日を問わずに議論し、ぎりぎりまで政府に提言するタイミングを見極めている。それだけ緊急事態宣言は重い措置なのだ。
大型連休前後にあったテスト大会。宣言下にもかかわらず、海外選手らは入国後14日間の隔離が免除され、ホテルや車両を貸し切って移動した。コーツ氏が「成功した」と胸を張るのも、政府などの「特別待遇」があってこそだ。
その期間、全国で毎日100人前後のコロナ患者の命が失われた。飲食店や映画館、ジムなどには休業要請。事業者がいくら「安全、安心」の対策を講じても…。
◆「ダブルスタンダード」への疑問
五輪の支持率が上がらないのは、感染拡大の不安だけではない。政府は国民には我慢や自粛を強いるのに、五輪に対しては中止の議論すらしない。一方で、政府が選手に入国やワクチン接種の特権を与え、「ダブルスタンダード」になっていることに、多くの国民が強い疑問を感じているからだ。
しかし、丸川氏の会見での答えは、こうした国民のいら立ちにまるで答えようとしていなかった。さらに、IOCがこうした特権を当たり前のものとして捉えているからこそ、傲慢とも思えるコーツ氏の発言につながり、五輪と国民との間に埋めようのない溝を作ってしまったように感じる。
私は5月11日の閣議後会見でも丸川氏に「誰のために何のために、なぜこの夏に開催するのか」と問い掛けた。その答えは「コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す大きな意義がある」だった。
しかしコロナ禍で分断されたのは市中の人々ではなく、市民と権力者であり、社会とスポーツだ。「物の見方が違う」と五輪中止について真剣な議論を求める声を無視して、自らの論理を振りかざす限り、例え2カ月後に開催できたとしても、五輪は祝福されないだろう。
元稿:東京新聞社 主要ニュース 社会 【話題・IOC・東京オリンピック2020・パラリンピック】 2021年05月25日 19:39:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。