【社説②】:カンヌで脚本賞 映画「怪物」からの警告
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説②】:カンヌで脚本賞 映画「怪物」からの警告
フランスのカンヌ国際映画祭で役所広司さんが男優賞を受賞し、脚本賞は是枝裕和監督=写真=の「怪物」を担当した坂元裕二さんが受賞した。是枝作品の受賞は、二〇一八年の「万引き家族」での最高賞パルムドールなど五度目であり、今回ももちろん慶事だが、この作品が、痛々しい現実の反映である点にも留意したい。
二日から公開された「怪物」のあらすじで、一つの鍵となるのは学校での「体罰」だ。作中では、それが実際にあったのかが焦点になるが、そもそもこの国の学校や家庭などに体罰が全くなければ、生まれ得なかった作品であろう。
本来は自分たちを守り、育てるはずの大人の暴力で傷つき、命を失う子が多くいる。この映画は、体罰を根絶できない現状が前提であることを、まず心に留めたい。
さらに本作では、体罰の告発を巡って、人々の間に起きる断絶が描かれる。人々が自分の信じたい情報だけ信じ、都合の悪い情報は排除しがちな欠点を突くのだ。
そうした現代社会の傾向を助長するのが、ネットの普及だろう。人は、ものごとを判断する材料をかつてなく多く得る一方で、真偽不明の情報に踊らされてもいる。
以前は「民主主義のお手本」のように見なされていた米国でも、大統領選で敗北したトランプ氏が「選挙結果は盗まれた」と主張。それをうのみにした人々が、連邦議会議事堂を襲撃した信じがたい事件は、記憶になお新しい。
情報の過多と人々の断絶を巡る混迷は米国に限らず、日本でも、世界の各国でも起きている。その現実を深く憂える映画人の真剣な問いかけが映画「怪物」であり、またそれに共鳴した映画人からの応答が今回の贈賞であったろう。五輪か何かのように、「日本人の快挙!」と手放しで喜んでばかりではいられないゆえんだ。
洋の東西を問わず、怪物とは、昔から人間に何かを告げる役目を果たしてきた。怪物を指す英語の「モンスター」は「警告」を意味するラテン語が語源だという。
映画「怪物」が私たちに発する警告−。まずはじっくりと作品を観賞し、それを考えてみたい。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2023年06月07日 08:06:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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