ラジオで、今年五月に放送された金春流「頼政」の再放送を聴く。
以仁王を奉じて平家打倒の狼煙をあげるも、宇治の平等院で敗死した老将源頼政の悲しき軍記譚。
狂言「通圓」にもパロディ化された後場が一曲の主題だが、前場の導入部で、實は頼政の亡靈であるところの老人が、旅僧に喜撰法師の 棲家を訊ねられて、
「喜撰法師本人が『人は私を宇治山に住んでゐると云ってゐるやうだ(世を宇治山と人は言ふなり)』と他人事のやうに云ってゐるくらゐだから、ワシが知るわけなかろ」
と、百人一首の古歌に引っ掛けた返事をやってのけるあたりは、狂言とはまた違った笑ひを誘ふ。
謠曲には、實はかうした人間臭ひ冩實な可笑し味が隠された曲もあり、やたら畏まって見物してゐると戸惑ふ羽目になる。

ずいぶん前になるが、忘流の能樂師が開いた初心者向け講座の席上で、「謠ひがナニを云ってゐるのかわからないのは、能樂師の怠慢ではないか?」と、いかにも正論ヅラして能樂師に喰ってかかった老人がゐたと云ふ。
その老人は、コトバの意味が分からないのと、音として聞き取れないのとを混同してゐるらしかった。
かうした勘違ひしてゐる初心者は、結構ゐる。
假にどれだけ明瞭に謠ひを發音したところで、コトバそのものが基礎知識ナシでは訳わからん日本語で書かれてゐるのが謠曲と云ふものであり、さうした理解の出来てゐないヒトが、上のやうな見當違ひな文句(ケチ)をつけたりする。
私も件の「頼政」前場の場合、『わが庵は 都の巽しかぞ住む 世を宇治山と人は言ふなり』を何となく知ってゐたので、辛うじて、ああ……、と思っただけである。
謠曲は大衆文藝ではないので、興味のある謠ひがあったら、手引書で基礎知識くらゐは學んでおいて、そこで湧いた疑問を、能樂師なり研究者なりに訊ねるべし。