「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

東京初のゴルフコース跡  駒沢

2006-07-16 06:01:58 | Weblog
きょう母校の高校野球の試合が駒沢球場で行われる。旧友と一緒に
応援に駆けつけるが、僕らが卒業した当時は「高校」ではなく「中
学」(旧制)であった。58年もまえの昔のことだ。
僕らの世代には駒沢球場の名前は懐かしい。といってもきょう試合
がある球場ではなくて、同じオリンピック公園内の別の場所にあった
”東映フライヤーズ”(今の北海道日本ハム)のフランチャイズ球
場である。昭和28年から37年まで9年間、フライヤーズ主催の
試合があった。土橋正幸、山本八郎,張本勲,毒島章一らの面々がい
て”駒沢の暴れん坊”の異名があったころだ。

新婚まもない僕ら夫婦も自宅から歩いて球場へ出かけた。当時球場
周辺は畑が残っていて、僕らは野道の雑草をかきわけかきわけて
いったものだ。球場内も閑散としていて,鳴り物入りの応援もなく場内に
球音が快く響きわたった。

もともと、駒沢オリンッピク公園は、東京ゴルフ倶楽部の駒沢コース
があった場所だ。東京で初のコース(9コース)として大正3年から
昭和7年まで開業していた。テロで暗殺された井上準之助・元蔵相ら
の財界人が一口2千円で造成した手造りのコースだった。盛業中は
近くの自由が丘駅からキャデイ・バスも出ていた。

僕ら夫婦が駒沢球場に足を運んだころは、まだ昔のゴルフコースの
面影も残っていた。戦後まもないころは,旧クラブハウスも残存し、
外地からの引揚者住宅に使われていた。僕らが野道と思ったのもカー
ト道の跡だったのかもしれない。
今でも公園内を散策すれば、かってのコース跡と思われる樹木に境い
された直線道を見つけることが出来る。