「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

「平和島」滄桑の記

2006-07-23 05:57:08 | Weblog
長雨で順延になっていた母校の野球の応援に昨日、大田スタジアムへ
出かけた。まず結果から。前の試合で8つも失策をしたチームなので
負けはある程度覚悟していたのに4対3と思わぬ勝利だった。老友と
またぞろ祝杯をあげた。

大田スタジアムは京急の「大森海岸駅」から東に3キロの埋立地、今は
競艇で有名な「平和島」の先にある。「平和島」周辺は戦前からの埋立地
だが、本格的な工事は、名前の”平和”でもわかるように戦後からで
ある。大田区が所有している米軍の空撮写真を見ると、戦争中”島”は
小さな木橋で結ばれ、連合軍の捕虜収容所に使用されていた。そして
戦後は東條英機・元首相ほか48名の方々が刑が確定するまで代って
ここに収容されていた。

昭和26年いちはやく埋立人工島に競艇場が出来た。ついで34年には
「平和島温泉」が誕生した。温泉はいま、今風の名前のレクリエーション
施設に代っている。57年には”本土”と”島”を結んでいた運河も
埋立てられ「平和の森公園」が出来、”島”は事実上”島”ではなくなった。
昨日、僕はこの森で今年初めて東京で蝉の鳴き声を聞いた。
まさに「平和島」滄桑の記である。