能力別指導(習熟度別指導)

国会中継を見ていたら、野党からの質問に、総理大臣が今日多くの小中学校で実施されてる能力別指導が教育的に大変意味があると答弁をしていた。そうしなければ理解の早い子は退屈し遅い子は学校がつまらなくなるとの弁だ。野党第一党の質問者も、賛意を表明し、そのための人的条件(教員配置)を促し、要求するものだった。学校と塾の役割の違いがわかっているのだろうか。「ここまで来てるんだ。」と改めて驚いた。皆さんはどう考えますか?ここで私が教育論や学校現場における子供たちの実態を述べ,自分の考えを主張する気はない。
ただ、学校の学習の指導体制は、それなりの現場的な現実的な分析が必要なのに、いとも簡単な論理が国会の場で、人気のある一国の総理大臣の口から堂々と話されるのに、違和感以上の驚きを感じた。確かに世の中には、スポーツでも何でも、あることで
名声を得たらその力でやたらいろいろな分野で精通してるかのように用いられたりまた本人もその気になって発言している姿はテレビをはじめ身近にも多く見られる。実際に他にも精通していることはあるが、一般的にはやはり「餅屋は餅屋」
ではないか。権力の場が例外とは考えにくい。こんな非常識が、国会の場で
堂々とやられ、各家庭に流され、どこからも何の声も上がらないこの国の不思議。社会問題にもなっている今日の子供たちの現実との関係はあるのかないのか?私はこれから市内のある子供の家を訪ねる。5年生になって突然医師に「自閉症」と診断され,学校へ行くのを嫌がってる男の子の家だ。勿論、親もひどく慌て落込んでいる。子供たちに夜明けは遠いようだ。
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