コタツ評論

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軽井沢、夕暮れ、アランフェス協奏曲

2002-06-25 23:20:15 | ダイアローグ
ブラウンケーキの堅いパイ生地に
上品な造りだがへなちょこナイフで挑むように
掘り始めの砕石混じりの堅い地面には
スコップはなかなか歯が立たなかった
ツルハシがあればと思いながら辛抱強く削った
徐々に柔らかく温かな黒い土層に変わり
やがて柄の部分まで深く入るようになった
アップルパイを切り分けるように
慎重に土塊を凹部に載せて運び上げると
スコップに残り付いた土を剥ぎ落とすために
刃先を横にして何回か地面を叩く
そのリズムがクレッシェンドになり
時おり拳大の石に当たり中断すると
またアダージョからはじまる
ひとつのメロディが頭の中でリフレインしていた
二時間ほどで俺の棺桶は腰上まではかどった
長方体の内角をスコップの先で整えながら
あたふたと逃げ走る大小様々な虫を眼で追った
真新しかったスコップは土と俺の汗でまだら模様になり
光り輝いていたエナメルのスリップオンには
醜い横皺が重なっていた
「それ、こっちへ寄こせよ」
地上の男がちぎれ落ちた俺の銀のカフスを指さした
「安物だぜ」
男の合成皮革の靴も乾いた土で白く汚れていた
見上げた俺に夕日を背負ったシルエットがかぶさり
俺は俺の死神に笑いかけた
「そろそろかな」
俺たちの声が重なった

(6/25/02)



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