今日、3月3日は、雛祭りです。 上巳の節句、桃の節句とも言われています。
又、耳の日、金魚の日、結納の日など色々ありますが、この日は、日本の行き先を変えた出来事や事件がありました。
嘉永7年(1854年)3月3日は、江戸幕府とアメリカ合衆国が日米和親条約が締結されました。神奈川条約とも言われています。
この条約の締結によって日本は、下田と函館を開港し、鎖国体制が崩壊しました。
その6年後の万延元年(1860年)3月3日には、水戸藩士の浪士が大老の井伊直弼を討ち取るという事件が発生しています。
この時も雪が降っていたそうですが、あの赤穂浪士の討入りや226事件の時も雪が降っていたようです。 雪と事件は関係はありませんが、雪が事件を演出しています。
ここに、何か運命的なものを感じるのは、僕だけでしょうか?
井伊直弼 桜田門外
時の大老井伊直弼は、独断で日米修好通商条約を締結したり、安政の大獄で反対勢力を弾圧していた井伊直弼に対し、水戸藩主の父である徳川斉昭の謹慎などで反発の多かった水戸藩士が脱藩して薩摩藩と連絡して桜田門外にて討ち取りました。
先の日米和親条約とこの日米修好通商条約に続いて五カ国とも条約を締結しています。 オランダ、ロシア、イギリス、フランスの各国とも下田、函館に続いて神奈川、長崎、新潟、兵庫の各港をも開港しました。 これが、いわゆる不平等条約といわれるものです。
この”桜田門外の変”を契機に尊皇攘夷運動の激化する発端となり、明治維新へと流れが変わって行きます。