昨年の暮れ、入札談合事件によって、わずか2ヶ月の間に、15人もの知事や市長ら地方の首長が逮捕されたが、これは氷山の一角ではないかと疑いたくなります。
そもそも2003年に官製談合防止法が施行されたのに、護民官であるべき知事らが、堂々と違反していたのでは、時代劇の悪代官顔負けです。
入札制度が始まったのは、16世紀末といわれているので、江戸幕府が出来る以前からあったことになります。
徳川幕府は、江戸城を中心に江戸の町造りのために「天下普請」と称して、各藩に負担させましたが、各藩は領内に限らず、様々な業者に築城、街道整備、水路工事、橋梁建設など各種の普請、つまり建築土木工事を請け負わせたので、各業者が蟻のように群がったのは想像できます。
今日の絵は”函館” F8号
天下普請は江戸だけではなく、名古屋、京都、伏見、駿府など徳川家の城郭と街づくりが主な仕事で、大名は石高に応じて人足を出さねばならず、大きな負担になったことは間違いありません。
この普請の出来不出来が、徳川将軍家の忠誠心をはかる尺度であるため、限られた日数で、ギリギリの費用で出来る業者に任せることになり、普請請負業者に”丸投げ”するようになってきます。
そこで権力者に近くて賄賂を渡せたりする大手が強くなりましが、「こっちにも廻して下さい」となり、そこで幕府や藩の中枢に顔が利く業者が集まって談合して、持ち回りにしたり、くじ引きにしたりするようになったそうです。
ここに”根回し”の構図が生まれてきます。
やがて、藩内の経済基盤は商人が担うようになり、知恵と金を出す商人たちによって、諸国の普請が操られるようになるのは、当然の成り行きです。
そこに腐敗の構造が芽生えてくるので、幕府は寛文4年(1661年)業者に談合を禁じる命令を出しています。
どんなに時代が進んでも、江戸時代のままと言うことなのでしょうか?
「美しい日本」を唱えると同時に「美しい日本の心」であって欲しいものです。