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【復興のためのケインズ】
ホール・クルーグマンによればケインズの『雇用、利子、貨幣の一般理論』は
下記の4つに要約されるという(“Introduction by Paul Krugman to The General
Theory of Employment, Interest, and Money, by John Maynard Keynes”山形浩生 訳)。
(1)市場経済は恒常的に需要不足と失業者を生み出す。
(2)市場経済の需要不足を補う手立ては遅効性と社会的な苦痛を伴う。
(3)これに対し政府主導による政策は失業を迅速に解消する。
(4)そのためにマネサプライ増だけでなく政府支出の関与を必要とする。
※金利が「零」に漸近すると金融政策の選択余地は少なくなる。
表 マクロ経済政策をめぐる学説毎の見解
※ 『クルーグマン マクロ経済学』P.503
ところで、前述の山形浩生はクルーグマンの『世界最小のマクロ経済モデル』
の解説で「なぜこのモデルの人々は現金を手元に置きたがるのか? それは自
分の胸に聞いてほしい。現にこれを読んでいるあなたも、現金を手元に持って
いるはずだから。そして理由はどうあれ、そこですかさず現金の量を 1,000円
増やして 1,1000 円にしたら? どう増やすかは問題じゃないけど、たとえば
失業してる 10 人に失業手当で 100円ずつあげたら?そうすればまたこの世界
は完全雇用に戻る。みんな 10 円手元に持ちつつ、100 人全員がポテチを作っ
て消費する世界に戻れる」と「みんなが現金を手元に置くと経済に需要不足が
発生する」と至極当然なことをいってのけているに過ぎない。
有効需要を喚起できず、金融緩和により利子率が一定水準以下に低下した場合、
投機的動機に基づく貨幣需要が無限大となり通常の金融政策が効力を失ない、
“流動性の罠”に嵌る。さりとて、強権で国民から徴税し、手元現金を巻き上
げ赤字補填するだけでは、経済は悪循環陥るのは必至で、増税には富裕層、国
家(地方)公務員、政治家の禊ぎなくして、マス・ゾーン(勤労国民階層)の
合意は得られない。まして、地球環境、少子超高齢、不況化に加え、東日本大
震災×福島原発禍、緊縮財政の追い打ちで‘将来不安’がより募ることはあれ
軽減されそうもない日本では、結局とのところ手元現金は動き難い。
※「古いけどマクロに首ったけ」
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しかし、批判は簡単だ。それでは妙案があるのだろうかと自問、苦闘してみよ
う。その考察に同じく山形浩生が翻訳した、ポースト・ポール著『戦争の経済
学』を使ってみた。これはまったくの偶然だ。
戦争は最大の公共事業とされる。ならばケインズ経済学の検証になぜ戦争
を使わない? 戦争は、戦時国債の発行などを通じて公共財政や資本市場
にもインパクトを与える。クラウディングアウトの話をするのに、これほ
ど大規模なプロジェクトを使わない法はないだろう。ゲーム理論は近年の
経済学に大きなインパクトを与えているけれど、これももともとは戦争の
戦略立案から生まれた理論だ。先日ノーベル経済学賞をもらったトマス・
シェリングも、核抑止をゲーム理論的に根拠づけたのが大きな業績でもあ
る。軍事産業は典型的な寡占市場だ。では市場構造の議論をするのに、こ
れを使わない理由はなかろう。軍隊は大きな雇用主でもある。労働経済を
語るのに軍は絶好の見本となるじゃないか。正規軍と傭兵の使い分けは、
現在の各種民営化議論とまったく同じものだ。そして軍関係のデータは入
手しやすい。だから実際のデータを使ってこれらを全部やってくれる。
で、結局のところ、戦争は経済に貢献するのか? 20 世紀前半にはまち
がいなく貢献したようだけれど、意外なことにベトナム戦争以降は貢献し
ていない。軍事支出は民間支出をクラウディングアウトするか? どうも
するようだ。使われているモデルや分析は、そんなに高度なものじゃない。
大学の教養レベルの経済学で使える程度の、散布図を作って相関を分析す
る程度の単純なことだ。初歩の教科書だから当然なんだけれど、その程度
の分析でもなかなかおもしろいことが言えるようだ。本気でこれを教科書
として使ったら、生徒も(戦争ときいたとたんに逆上する学生は除いて)
おもしろがるんじゃなかだろうか。世の感情的な戦争議論に対して、ちゃ
んとデータで検証できるというのは、当たり前なんだが、滅多に見ないも
のだから。
そして、挙がっているデータや小さなエピソードも、結構驚かされるもの
が多い。たとえば、戦争はどんどん高価になっていると言われるけれど、
GDP 費で見ると実はどんどん安くなってきているとか。あるいは傭兵の生
産性。シエラレオネは、リベリアに煽られた反乱軍のおかげで内戦状態と
なり、鎮圧に傭兵会社が雇われた。3,500 万ドルの支払いとたった 22 ヶ
月で事態は沈静化した。そこへコフィ・アナンが「平和は民間委託できる
ようなものではない」と大見得を切って、国連出資で西アフリカ諸国の連
合軍が乗り込んできたんだが、18 ヶ月で 4,700 万ドルかけた挙げ句にシ
エラレオネは再び内戦に陥り、最近まで事態は改善しなかった。一般に傭
兵は、金だけ目当てで逃げ腰だから役に立たないとされることが多いんだ
けれど、これは意外。平和維持も、民営化したほうがいいのかもしれない。
日本も、自衛隊なんか派遣するより、こういう傭兵会社に外注したほうが
安上がりで効果も挙がるかも。
山形浩生著『一冊の本』(2005年12月号)
近代および現在国家戦争のもつ経済的側面を考えるとき、賠償金が取れないあ
るいは賠償利権が存在しない場合は単に消耗するだけだという。また、よしん
ば第一次世界大戦のように獲得できたとしても、再び戦争を引き起こし戦死者
が縷々として残ったという政治的側面をあからさまにしただけだ。もう少しい
うと、東西冷戦の結果、勝者の米国はドルの垂れ流しと巨大な財政赤字を残し
昨今のオバマの米国債格付け引き下げによる信用不安?を惹起させたし、敗者
のソ連は1986年のチェルノブイリ原子力発電所が引き金となり、国家そのもの
が崩壊に陥った。また、軍事技術的側面からは、インターネットに象徴される
電気通信技術の発展を促したという点では核兵器開発や宇宙ロケット開発と同
様にポジティブな評価を勘案しておく必要は言をもたない。
話を先を急ごう。“クラウディングアウト(crowding out)”とは、行政府が資
金需要をまかなうために大量の国債を発行すると、それによって市中の金利が
上昇するため、民間の資金需要が抑制されることである。また、他の状況が一
定であるとき、財政支出が増大すると利子率が上昇するため民間投資が縮小す
る。これにより、財政支出による国民所得増大効果の一部が、民間投資縮小に
よる国民所得削減効果によって相殺されることになる。クラウディングアウト
を説明するために財市場を考える。そこで、海外との輸出入はないものとする
と、国民所得Yは、家計の総消費Cと企業の総投資Iと政府の支出(財政支出)
Gの総和になるので、Y=C+I+G の式で表され、結果的に財政支出Gが
増大すれば総投資Iが減少することが証明される。
ところで、ケインズの基本的見解は(1)失業と遊休資本が存在している限り
は財政支出を増大してもクラウディングアウトによる完全な相殺は発生しない
という(ただし、政府による資金調達や財調達にともない、通貨当局が貨幣供
給量を拡大しなければ、利子率の上昇をもたらし投資を抑制する可能性がある)。
(2)また、恒常的な財政支出が、民間の期待や予測を通じて物価、資本の限
界効率(期待収益率)、流動性選好に影響をあたえ、民間投資需要と競合する
可能性を指摘している。
ケインズ以降、経済の活動水準に影響を与えるのが金融政策であるか、財政政
策であるかによって論争が起こった。マネタリストは前者に肯定的で後者には
否定的であり、ニュー・ケインジアンはどちらかといえば財政政策が有効だと
し、あわせて金融政策も重視する。つまりは、(1)増税先にありきの震災復
興という財政政策は間違いであることをケインズは教えてくれている。また、
次に“ビジョン(予言)なき民は滅ぶ”(旧約聖書箴言29条18節)ごとく政府
の明確な復興プラン、そして、(2)その後の新国民生活ビジョンの提示の必
要性を意味するのだが、説明不足は否めぬが、きょうのところはここまで。
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【アメリカから見た福島原発事故】
NHKのETV特集「アメリカから見た福島原発事故」、深刻な事故を起こし
た福島第一原発。アメリカで原発の開発・設計・研究に関わってきた技術者た
ちは、重大事故のシミュレーションを行い、メルトダウンに至るプロセスも研
究していた。彼らは福島第一原発の事故に重大な関心を寄せている。彼らは、
この事故をどう見たのか。アメリカから見た福島原発事故の取材報告を観た。
非常用ディーゼル発電装置の設計ミスで全電源喪失に至った理由に関して、元
原子力安全委員会 原子力安全基準専門部会部会長の村主進はM9の地震、津
波)は想定外だったと突っぱねたのに対し、元東京電力副社長の豊田正敏はあ
っさり認め上で、組織内部で情報操作されたため上層部まで届かなかっただろ
うと発言していた。
また、スリーマイル島原発事故から学んだ、ベントの追加工事で放射性物質除
去フィルター設置除外の経緯やベント配管も多様・多重設計されていなかった
もことも驚かされた。これから、除染作業や終末処理も本格化する。しかし、
そのことを含めた未来に対する再興ビジョンはこれからであり、ケインズの考
察でも述べたように、将来に対する不安が拭えないなら復興計画も、うまくい
かないと危惧する。国民の創意を生かすための積極的でかつクリエイティブな
政策の推進を心から願う。
※地震の発生頻度は「グーテンベルグ・リヒター則」すなわち、あるマグニチ
ュード の地震数n(M)は、logn=(a-bM)の関係に従う。積算地震数N
(M)についても同様である。logN=logNo-bM 積算地震数N(M)は大き
い方からMまで数えた地震数。Noは総地震数。bはNの対数を縦軸に、Mを
横軸に選んでグラフを描き、直線を当てはめる。その傾きである。Noは直線
と縦軸との交点(切片)として求める。最小二乗法を用いると精度がよくなる。