シャフリサーブスは、ティムール誕生の地。
旧名ケシュ、かってのソグディアナの古都で、
7世紀には唐の玄奘三蔵法師も訪れたといわれています。
ティムールが生きていた時代の建物は壊され残骸しか残っていませんが、緑豊かな静かな街でした。
ウズベキスタンの英雄ティムールの立像より、200mぐらい後ろに「白い宮殿」という意味のアクサライ、今や入口のアーチを残すのみ。
塔に登った記事の中でウズベキスタンの旗がなびいていた所です。
★追記
なぜアクサライ宮殿の屋上にプールがあったのがわかるかというと、スペインから派遣された大使ゴンサレス デ クラビホ(Gonzales de Clavijo)が記録に残しています。
この本を旅のツアー仲間のみねさんは以前読まれたことがあるそうです。
ドルッサオダット(大いなる力の座)建築群
22歳で亡くなったティムールの長男ジャハンギールの霊廟があり、ティムールが自分が死後入る予定だった石棺もあります。
しかし実際にはティムールはサマルカンドのグリ・アミール廟に眠っています。
ドルッティロヴァット(瞑想の家)建築群
たぶんこれは裏側?
どちらが正面かわかりませんが、正面画像らしいものは、「気になる木」の記事で桑の大木を紹介した画像です。
何よりも勇敢な軍事指導者であったティムールは、
同時に学者との対話を好み、「一瞥して物事の核心を悟り」「真実と作りごとを鋭く識別する」極めて明敏な人物でもあったそうです。
朝ブハラをバスで出発しシャフリサーブスに昼頃到着したので、観光の前にとある民家レストランで昼食でした。
中庭があって、春の穏やかなランチを味わっていました。
彼らがレストランに入ってきたとたん静寂が破られました。
自分の席に着くと、セッティングされた皿に水かけさっと洗って、その水を中庭に捨てていました。
何をしているんだろうと見ていると、次にスプーン・フォークも丁寧に拭いていました。
つまりセッティングされた食器やカテラリー類は汚いものと信じているのですね。
私達日本人は清潔好きです。
しかし、まぁよしとして、よっぽどでなければ準備されたものを拭いたり洗ったりはしませんもんね。
香港からのツアー客、5カ国周遊しているらしい。
現地ガイドさんの話によると日本人の4倍は食べるそうだ。
香港へ行かれたことのある方はご承知のように、香港人はとてもエネルギッシュです。
歩くスピードも速いし、よく食べよく喋る。
サマルカンドのホテルまで一緒でした。
彼らはとてもフレンドリー、日本人とわかるのか「こんにちは~」と挨拶してくれました。