2年前のお盆に、衝撃的な、お先真っ暗なことが我が身にふりかかる、、、
2021-8-28の記録に
>この記事が4600番目、ちょっとキリいい数字でしょうか。
>ブログ開始5970日目でもあります。
今日8/18のブログ編集ページ見ると、
ブログ開始から6690日、記事数5330
ということは、
ブログ日数 6690-5970=720
ブログ記事 5330-4600=730
1年365日とすれば2年で730日。
今日は18日で、2年前は28日の記録なので、10日加えてちょうど730日!
ほぼ毎日ブログ書いてたってことですね〜
まぁ閉業したリタイヤ生活ゆえ暇だったこともありますが。
2年間の膝不調との戦いの記録でもありました。
昨日たまたま、当時のことをよくご存知のブロ友さんからLINEで、
膝の調子はどうですかとお尋ねありました。
そんなこんなで、一つの区切りで記録残しておきます。
当時の痛々しい記録
2021-8-15
>いよいよ閉店ガラガラ。
それと引き換えに、膝の悪化どんどん進む。
昨日夕方から歩けなくなりました。
膝の中がどうなってるのかわかりませんが、膝のお皿の骨周りの筋が何かに引っかかってる感じ。
そのため膝を伸ばせないのです。
もう制御不能です。
右膝曲がったままロックして普通に歩けない。
上向きに寝て右足膝が伸びないと寝返りすらままならず。
足を前に投げ出して座ると、右足裏が床につかず隙間15cm‼️
週末を家で耐えて月曜朝、整形外科病院へ連れて行ってもらいました。
レントゲンはとってもMRI検査は予約詰まってる。
それまで自宅安静で、一切治療無し。
不安な日がなんと10日も続いた晩夏だった。
2021-8-28
>赤い〇で示した部分の骨の突起、ふつうはこんなのないらしい。
この突起に測靱帯が引っかかってた過去の体験を納得しました。
今回の膝皿の奥の引っ掛かった感じは、どうやら半月板無くなって骨がすれてたんだ。
当時、身内などにメールで知らせました。
>MR検査で
半月板擦り減りなくなってるから人工関節手術だとの診断。
下手なリハビリはあかんらしい。
1999年11月比良山縦走下りで痛めて20年以上、
なまじっか運動するから痛みに鈍感なってそのうち治るなんて思ってました。
まずはカメラ入れる簡単手術からだそう。
10月ごろにと思ってます。2泊3日程度の入院らしい。
店も昨日のゴミ廃棄で空っぽなって、ギリセーフ!
このブログ冒頭に示したように、
>この記事が4600番目、ちょっとキリいい数字でしょうか。
あとで数字46調べてみようと思います。
ブログ開始5970日目でもあります。
再生リスタートの記念日にしよう。
4600エンジェルナンバー調べたのかどうか、
記憶も記録も探し出せないので改めてググってみた。
次は730も調べてみよう〜
ブログカテゴリー『膝痛20年』でご覧いただけますが、
今はどんな風か、
そこまでの回復に至ったセルフケアの後半を、次回で。
私も閉店ガラガラでやっと余生を自分なりに楽しんでいました。
テレビをつけて見ることも無くなり
ほとんど3年寝太郎でしたが
ふと古いPCをWindow11にしようと思いたち
SSDをアマゾンでポチって試行錯誤しました。
色々と制約の抜け道あるようで久しぶりに脳が活性化しました。
ついでにブラウザのブックマーク閲覧もしました。
以上が簡単な近況ですが
半月板損傷の記事に思い出が蘇りました。
イギリス出張中ベン・ネヴィスという山の湖までの散策中
急に頂上に登りたくなり若気の至りで駆け足で登り
その帰りが21時ぐらいになり薄暗くなる中を駆け足で下山中に
悲劇が起こりました。
ジャンプした着地時に足がグキッとなって半月板損傷したのです。
それ以降ビッコ歩きで数ヶ月 日本で内視鏡手術をしました。
あまり覚えていませんがリハビリも大変だったような気がします。
さて1999年11月比良山縦走下りという文言が
気になっています。
行きたいと思いながら断念している山です。
比良明神のことです。
記憶がよみがえります。
2000年問題というノストラダムスの最後の予言に対峙していました。
このときまで私には確かな役目がありました。
大峠を乗り越えてそれ以降は私の人生は余命となりました。
それでは健康健全をお祈りしています。
古いPC修理されたおかげでまたアクセスいただきうれしいです。
ベン・ネヴィスって、スコットランドに最高峰なんですね〜
ウィスキーで有名なハイランド地方と調べて判明。
北緯高いから21時になって薄暗い、そんなとこで足痛くなったら最悪ですね。
さぞかし不安だったことでしょう。
膝内視鏡手術ということは、傷んだ半月板をスムーズに削られたんでしょうか。
白鷗が横綱引退される前にもそうした手術受けられてますね。
若い壮健な身体だと回復も早いと思います。
さて、比良山縦走は後にも先にもこの時限りでした。
彼の地とは相性良くないのか、もう一つ辛かった思い出ありまして。
2013-4-14 比叡山、修行の道を歩く
https://blog.goo.ne.jp/goo3820/e/43114e9bc0907c22058b89ae1dc97fa2
なんで超しんどかったか、2日後にその原因わかった旨記録してました。
抗生物質アレルギーショックでした。
比良明神さんが知らしめてくださったのでしょう、きっと。
生きて帰って来れてますから、祟られた訳では無さそうです。
あれから6年経って右手首骨折した際に、ロキソニンで薬疹出ることもわかりました。
いろいろ厄介な身体のようで、今生終えるまでぼちぼち慎重に生きてかないと。