<月曜はお勧めなおはなし>
栃木県日光市にある日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)へ行って来ました!
日光東照宮は、江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現を祀っていて、日本全国の東照宮の総本社的存在です。
元和2年(1616年)4月17日に徳川家康は駿府(静岡)で死去し、遺骸は遺命により直ちに駿河国の久能山へ葬られましたが、翌元和3年に下野国日光へ改葬されました。
家康が日光に祀られることになったのは、家康本人の遺言からで、家康は遺言中に「遺体は久能山におさめ、一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること。そして、八州の鎮守となろう」と述べたようです。
なお、1999年にユネスコの世界文化遺産に「日光の社寺」として登録されています。
我々は、車で行きましたが、東照宮駐車場があり駐車料金は500円でした。
駐車場から表参道を歩きます。右手に山仏堂や大護摩堂があり、地図もありました。
結構、表参道の距離は長いです。私が行った時には道路工事をしていました。
↑日光山輪王寺等の地図
↑表参道
↑大護摩堂
まず、【重文】の石鳥居(いしどりい)がありました。ご鎮座翌年の元和4年(1618)、九州筑前(福岡県)藩主黒田長政公によって奉納されたとのことです。石材は、まず九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路人力でこの日光まで運ばれたようです。
↑石鳥居
拝観料は1300円を支払いました。日光東照宮のみですが東回廊・奥社を含むものです。なお二社一寺共通拝観券は1000円と安いですが、東回廊・奥社を含まないので注意が必要です。
それから、同じく【重文】の五重塔(ごじゅうのとう)がありました。慶安3年(1648)若狭の国(福井県)小浜藩主酒井忠勝公によって奉納されましたが、文化12年火災にあい、その後文政元年(1818)に同藩主酒井忠進公によって再建されたとのことです。赤色がきれいですね。
↑五重塔
それから、神厩舎には猿の彫刻を施した8枚の浮彫画面があり、その1枚が有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」です。
↑「見ざる、言わざる、聞かざる」
猿が馬を守護する動物だという伝承から神厩舎に用いられているようです。この8枚で猿の一生が描かれており、ひいては人間の平和な一生の過ごし方を説いたものとなっているようです。詳しい説明が写真付きでありました。
なお、「見ざる、言わざる、聞かざる」は幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいいという教えとのことです。
また、この神厩舎には、白色の御神馬がいました。なかなか可愛いです。一日のうち4時間だけ、この神厩舎にいるようです。
↑御神馬
それから、 【国宝】の陽明門(ようめいもん)を見ました。日本を代表する最も美しい門で、宮中正門の名をいただいたと伝えられているようです。いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門」ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻がほどこされているとのことです。
↑陽明門
それから有名な「眠り猫」を見ました。人が多くて写真がうまく撮れません^_^;)
奥社入口を護る「眠り猫」は、前足をしっかりと踏ん張っていることから、実は家康を護るために寝ていると見せ掛け、いつでも飛びかかれる姿勢をしているともいわれていますが、もう一つの教えとして(裏で雀が舞っていても)「猫も寝るほどの平和」を表しているようです。
↑眠り猫
↑裏のスズメ
それから、長い長い207段の階段を登って、奥社へ行きます。階段の途中には家康の有名な言葉が記されていました。
↑家康の有名な言葉
そして、御宝塔がありました。御祭神のお墓所です。現在の皇居(江戸城)を向いているとのことです。
↑御宝塔
それから、近くには樹齢約600年の叶杉がありました。諸所の願い事をこの杉のほこらに向かって唱えると願い事が叶うと伝えられているようです。確かにここはパワーを感じました。というか、この御宝塔の周りは特にパワースポットのようですね^_^)
↑叶杉
それから本地堂(薬師堂)へ行き、天井に竜が描かれていました。下で拍子木を叩くと不思議な音が反響し、竜の鳴き声のようでした!鈴の音??これは感動しました!凄いです!!
以上が、約2時間の日光東照宮の観光の一部です。
日光東照宮は想像以上に気持ちが良い場所で、また行きたいと思います。
今回は時間がなくてあまり見ることができなかったので、次回はゆっくり時間を作って見てみたいと思います。
とてもオススメです!!
お勧めなお話(2009年上半期)
引越し成功法!
ホテル安く利用体験談!
格安国内航空券体験談!
<今日の独り言>
車を修理したついでに、塗装面もきれいにしてもらったのですが、新車のようにきれいになって驚きました。小さな傷がたくさんあったのですが、見事にきれいになりました^_^) 今の技術はすごいですね^_^)
栃木県日光市にある日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)へ行って来ました!
日光東照宮は、江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現を祀っていて、日本全国の東照宮の総本社的存在です。
元和2年(1616年)4月17日に徳川家康は駿府(静岡)で死去し、遺骸は遺命により直ちに駿河国の久能山へ葬られましたが、翌元和3年に下野国日光へ改葬されました。
家康が日光に祀られることになったのは、家康本人の遺言からで、家康は遺言中に「遺体は久能山におさめ、一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること。そして、八州の鎮守となろう」と述べたようです。
なお、1999年にユネスコの世界文化遺産に「日光の社寺」として登録されています。
我々は、車で行きましたが、東照宮駐車場があり駐車料金は500円でした。
駐車場から表参道を歩きます。右手に山仏堂や大護摩堂があり、地図もありました。
結構、表参道の距離は長いです。私が行った時には道路工事をしていました。
↑日光山輪王寺等の地図
↑表参道
↑大護摩堂
まず、【重文】の石鳥居(いしどりい)がありました。ご鎮座翌年の元和4年(1618)、九州筑前(福岡県)藩主黒田長政公によって奉納されたとのことです。石材は、まず九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路人力でこの日光まで運ばれたようです。
↑石鳥居
拝観料は1300円を支払いました。日光東照宮のみですが東回廊・奥社を含むものです。なお二社一寺共通拝観券は1000円と安いですが、東回廊・奥社を含まないので注意が必要です。
それから、同じく【重文】の五重塔(ごじゅうのとう)がありました。慶安3年(1648)若狭の国(福井県)小浜藩主酒井忠勝公によって奉納されましたが、文化12年火災にあい、その後文政元年(1818)に同藩主酒井忠進公によって再建されたとのことです。赤色がきれいですね。
↑五重塔
それから、神厩舎には猿の彫刻を施した8枚の浮彫画面があり、その1枚が有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」です。
↑「見ざる、言わざる、聞かざる」
猿が馬を守護する動物だという伝承から神厩舎に用いられているようです。この8枚で猿の一生が描かれており、ひいては人間の平和な一生の過ごし方を説いたものとなっているようです。詳しい説明が写真付きでありました。
なお、「見ざる、言わざる、聞かざる」は幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいいという教えとのことです。
また、この神厩舎には、白色の御神馬がいました。なかなか可愛いです。一日のうち4時間だけ、この神厩舎にいるようです。
↑御神馬
それから、 【国宝】の陽明門(ようめいもん)を見ました。日本を代表する最も美しい門で、宮中正門の名をいただいたと伝えられているようです。いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門」ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻がほどこされているとのことです。
↑陽明門
それから有名な「眠り猫」を見ました。人が多くて写真がうまく撮れません^_^;)
奥社入口を護る「眠り猫」は、前足をしっかりと踏ん張っていることから、実は家康を護るために寝ていると見せ掛け、いつでも飛びかかれる姿勢をしているともいわれていますが、もう一つの教えとして(裏で雀が舞っていても)「猫も寝るほどの平和」を表しているようです。
↑眠り猫
↑裏のスズメ
それから、長い長い207段の階段を登って、奥社へ行きます。階段の途中には家康の有名な言葉が記されていました。
↑家康の有名な言葉
そして、御宝塔がありました。御祭神のお墓所です。現在の皇居(江戸城)を向いているとのことです。
↑御宝塔
それから、近くには樹齢約600年の叶杉がありました。諸所の願い事をこの杉のほこらに向かって唱えると願い事が叶うと伝えられているようです。確かにここはパワーを感じました。というか、この御宝塔の周りは特にパワースポットのようですね^_^)
↑叶杉
それから本地堂(薬師堂)へ行き、天井に竜が描かれていました。下で拍子木を叩くと不思議な音が反響し、竜の鳴き声のようでした!鈴の音??これは感動しました!凄いです!!
以上が、約2時間の日光東照宮の観光の一部です。
日光東照宮は想像以上に気持ちが良い場所で、また行きたいと思います。
今回は時間がなくてあまり見ることができなかったので、次回はゆっくり時間を作って見てみたいと思います。
とてもオススメです!!
お勧めなお話(2009年上半期)
引越し成功法!
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<今日の独り言>
車を修理したついでに、塗装面もきれいにしてもらったのですが、新車のようにきれいになって驚きました。小さな傷がたくさんあったのですが、見事にきれいになりました^_^) 今の技術はすごいですね^_^)