1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法 | |
山口揚平 | |
プレジデント社 |
「1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法」という本は事業家・思想家である著者が、22歳のときに書き始めた「本質思考論」という原稿を現代に合わせて書き直したものとのことです♪
本書の構成としては以下となります♪
第1章 思考力はAIを凌ぐ武器になる
・思考は情報に勝る
・考えるとは何か?
・なぜ考えるのか?
・考える新の目的とは何か?
・思考は情報に勝る
・考えるとは何か?
・なぜ考えるのか?
・考える新の目的とは何か?
第2章 短時間で成果を出す思考の技法
・日々どのように考えれば良いのか?
・物事を考えるのに役立つ4つのツール
・未来をも見通す思考の哲学
・日々どのように考えれば良いのか?
・物事を考えるのに役立つ4つのツール
・未来をも見通す思考の哲学
第3章 2020年から先の世界を生き抜く方法を考える
・2020年以降の世界
・お金はこの先どう変化するか?
・経済にお金は必要か?
・社会は溶け去り、マルチコミュニティの時代へ
・2020年以降仕事はこう変わる
・日本の産業はロボティクスに注力せよ
・個人から関係にシフトする
・2020年以降の世界
・お金はこの先どう変化するか?
・経済にお金は必要か?
・社会は溶け去り、マルチコミュニティの時代へ
・2020年以降仕事はこう変わる
・日本の産業はロボティクスに注力せよ
・個人から関係にシフトする
特に感銘を受けたのは以下となりますね♪
・あらゆる問題はそれが起こったことと同じ次元で解決することはできない。例えばお金の問題や恋愛の試練はそれ自体について悩んでいても解決はせず、それより一つ上の次元、つまり人生とという視点からお金や恋愛を捉えなおしたときに初めて氷解する
・無駄な情報を自分の意識が引き寄せないように部屋と生活をシンプルにし、新聞やテレビなどを見ない。頭の回転を維持するための食事、無駄な情報に吸着されてしまった意識を引きはがすための呼吸やヨガなどもすること。
・物事を理解するとはその輪郭を明らかにすること
・思考力を鍛えるには「考える」「書く」「話す」の3つのサイクルの確立である
・未来を推察するためには、すべては、らせん的に生成・発展していると考えること
・ひたすら考えた後は、考えるのを一度やめてみることが大切。解が浮かび上がってくるため
・お金を貯めるのではなく信用を貯める方が有効。求めないと人は信用される
・他者への貢献(価値創造)の蓄積が信用となる
・コミュニティの創業メンバーになること。コミュニティは大きくは「志を共有する」「稼ぎどころ」「心安らぐ」の3つのいずれかに属することとなる。
・人が一番お金をかけるのは、プラスのピアエフェクト(好影響)を与えてくれる人材を側に置くこと
・これからの仕事は労働から貢献へシフトするだろう
・一緒にいて気持ちの良い人になることが必要
・どんな仕事を選ぼうとマスターやメンターを持つことは必要
・職業訓練における最大の美徳は素直さ
より良い人生のためのヒントが分かりやすくたくさん書かれていて「1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法」いう本はとてもオススメです!
以下は本書のポイント等です♪
・メタ思考とは具体的に言えば、対象を一度抽象化して本質に迫り、再度各論に落とす思考のことである。思考の幅をできるだけ広く取り、因果・上下関係を整理することで対象を立体化し、最終的にどれだけ本質まで結晶化できたかが勝負となる。メタ思考とは抽象と具体の距離、空間軸の広さ、そして情報と知識の結合能力を競うある種の競技なのだ。メタ思考における結晶化とは言葉を再定義することである。言葉を再定義していくことで物事の本質を突く。それが思考家である私の仕事であり、読者にも目指して欲しいところである。
・以下がその言葉の再定義である。
・投資とは「価値と価格の差に賭けること」
・企業とは「価値を創造するコミュニティ」
・お金とは「外部化された信用」
・人間とは「情報に吸着した意識の集合体」
・生命とは「関係に宿る意識」
・仕事とは「才能を貢献に変える作業」
・投資とは「価値と価格の差に賭けること」
・企業とは「価値を創造するコミュニティ」
・お金とは「外部化された信用」
・人間とは「情報に吸着した意識の集合体」
・生命とは「関係に宿る意識」
・仕事とは「才能を貢献に変える作業」
・私はあらゆるミーティングに白い紙と細いペンしか持っていかない。そして最初の30分は参加者の橋を聞くことにフォーカスを当て、それぞれの発言の位置関係(抽象・具体度)、時間軸(緊急・中長期)を把握し、それを頭のキャンバスもしくは白い紙に書いて位置関係を整理していく。自分が話し始めるのは1時間のミーティングの中で、45分くらい経ってからだ。あらゆる発言内容とその発言者のインセンティブ(動機・目的)の位置関係が把握できていれば、問題のコア(本質)にあることと、それに対する解決策(効果的かつ実現可能なもの)もわかる。仮にそこで解決策が出なくても、大抵の場合、様々な問題はスパゲティのように絡み合っているので、それらを解きほぐすだけでも十分な価値を提供できる。
・「物事を理解するとはその輪郭を明らかにすること」これは私が絵の先生に教わったものだ。対象を正確に描くためには、対象そのものではなく、輪郭と周辺を描きなさいということを意味する。輪郭を明らかにするためには4つの切り口がある。
1 背景・原因を考察する
2 対象がもたらす結果・意味を考察する
3 対象の下位概念を分解して、より具体的な内容を詳しく考察する
4 対象の上位概念、またはその上位から見つめた対象と同レベルにある対象物を考察する
1 背景・原因を考察する
2 対象がもたらす結果・意味を考察する
3 対象の下位概念を分解して、より具体的な内容を詳しく考察する
4 対象の上位概念、またはその上位から見つめた対象と同レベルにある対象物を考察する
・上記の紹介した4つの切り口を「英語」の輪郭をつかむことに応用すると次のような方法が考えられる。
1 文法の本質や語彙の語源を知る
2 ネイティブの文章構成や発話を感覚的につかむことに注力する
3 分厚い文法書と辞書の内容を自分なりに整理する
4 ラテン語を勉強する。またはそこから分化した英語以外のインド・ヨーロッパ言語(スペイン語・フランス語・ドイツ語など)の違いの発見に努める
理想はこの4つの切り口をすべて考えること。それが英語習得の最短方法だと思う。何かを考えるときに最も重要なことは「垣根を設けないこと」である。
1 文法の本質や語彙の語源を知る
2 ネイティブの文章構成や発話を感覚的につかむことに注力する
3 分厚い文法書と辞書の内容を自分なりに整理する
4 ラテン語を勉強する。またはそこから分化した英語以外のインド・ヨーロッパ言語(スペイン語・フランス語・ドイツ語など)の違いの発見に努める
理想はこの4つの切り口をすべて考えること。それが英語習得の最短方法だと思う。何かを考えるときに最も重要なことは「垣根を設けないこと」である。
・英語学習のつながりで話をすると、単語の覚え方に「語源」から覚える方法がある。単語の根源的意味を知っていれば、知らない単語の意味も推察できる。たとえば「sub」の意味は「下(の)」である。「Subway(サブウェイ)」の意味は、sub(下)のway(道)で「地下鉄」、「submarine(サブマリン)」は「海の下」で潜水艦、「subliminal(サブリミナル)」が「潜在(下の)意識」と類推できる。さらに本質を考える人は、アルファベットごとの意味も知っている。たとえば、bは存在や肯定、向上、成長などを意味し、dは欠乏や否定を表す。だから単語の頭にbが使われていれば自然に「ああ、何か肯定的、前向きな意味なんだな」と感じることができるし、d~とくれば「なんとなく、悪い意味だぞ」と推測できる。抽象性は高いが、本質的であるからこそ応用がきくのである。頭の良い人は、極めてメタ(抽象的)な本質をいくつか押さえており、そこから枝葉末節の問題を難なく解決してしまうものなのだ。
・メタ思考の最終的な目的は本質を見抜き、核心を突く代替案を見つけることである。では「本質的」とは何かと言うと、3つの共通する要素があることがわかる。それは「普遍性(応用がきくこと)」「不変性(時が経っても変わらないこと)」「単純性(シンプルであること)」だ。こういった本質を押さえると、その後応用できる可能性が高くなる。考えたことが本質的かどうかについては、この3点を検証してみるとはっきりするだろう。もしも考えたことがこの3つの要素を持ちえない場合は、さらに本質的なものが存在することがわかる。
・思考力を鍛えるためには何が必要かと言うと「考える」「書く」「話す」の3つのサイクルの確立である。まず思考力を鍛えるうえで意識したい習慣は、「考えることにコミットすること」だ。物事には常にその本質が存在する。考え抜くことによって誰でもいつでも、その本質に到達することができる。「(自分の分析が)何か気持ち悪い」と感じなくなるまで考え続けるのがベストである。次に「話す」うえで重要なのは、口グセだ。たかが口グセでも侮れない。「本質的には~」と口ずさむ習慣をつければ、出てくる言葉は自ずと本質的なものになる。最後は、「書く」こと。思考を形にすることだ。考えても、形にしなければ何の意味もない。紙に書いて、はじめて思考が固定される。問題を捉えたいとき、構造化をしたいときには、とにかくまず紙に正方形や縦軸・横軸を書き、図にしてみると良い。そして、違和感がなくなるまで何枚も書き、本質がどこにあるのか仮説を立て、それを検証する行動を何か一つ取ってみる。本質的であるかどうかは、その効果によって測ることができるだろう。メモを取る習慣は、決定的に重要である。
・もし効率良く知識を得たいのであれば、古典もしくは教科書を読むのが良い。私は思考に意識を集中投下するために、今では本をほとんど読まなくなったが、30歳前後をピークにあらゆるジャンルの古典を読みあさった。古典を勧めるのは、現代まで読み継がれているという点で、物事の本質を突いているからだ。また、本を読むという行為は著者の思考プロセスをたどる旅である。だから良質な本を読み流しているだけでも、自分の視野の狭さや洞察の浅さに気づかせてくれるし、読むことで自分の情報に吸着した意識を引き剥がしてもくれる。知識を得るためだけではなく、そういった視点から本を読むのも面白い。また特定の課題について体系的に学びたいときは、入門書で全体像をつかみ、専門書で深く洞察するというふうに使い分けることが大事である。
・私が普段、最も頭を使っていることは「最も頭を使える環境を作り出すこと」。具体的に日々心掛けていることは以下の通りである。
1 身体のコンディショニング
・良質な油の摂取、栄養バランス、良質な睡眠、ストレッチなど
・情報とノイズの遮断(パソコンから離れる、テレビを見ない、新聞をよまないなど)
2 ストレスの軽減
・会う人を選ぶ
・人の多いところに行かない(満員電車に乗らないなど)
3 静謐な空間の追求
・整理整頓
・雑音の遮断など
他に掃除も有効である。試験直前に無性に掃除をしたくなる現象を人は現実逃避など言うが、ある東大の教授は、掃除はリエントロピー、つまり意識の凝縮であると指摘する。机や部屋が散らかっていると意識がそこにべたべたと吸着して拡散してしまうので、肝心の思考作業に割く脳の処理能力が知らず知らずのうちに不足するのである。スティーブ・ジョブズ氏はモノがほとんど置いていない家に住んでいたことで有名だが、思考という観点で言えば、モノがない状態が一番意識を整えやすい環境であるということだ。その意味で言えば、近藤麻理恵氏の本「人生がときめく片づけの魔法」がニューヨークで大ヒットしたのもうなづける。
・本当に大事なことは思考による俯瞰的な問題解決方法だけなのである。具体的には「すべてはらせん的に生成・発展している」と考えることである。すべてがらせん的に発展するという前提に立てば、過去の事象・現在の状態から、次にどの方向に行くか、どういうレベルで上昇・進化するのかを洞察できる。これは未来を推察するための大きな手掛かりになる。
・ひたすら考えた後は、「考えるのを一度やめてみる」ことが大切である。自分自身の経験から究極的に、「思考を完全にやめた後に解が浮かび上がってくる」という状況があった。考えに考え、最後に思考するのをやめたときに、答えが自然と浮かび上がってくるのだ。それを考えると本質解は、実は最初から「ある」のではないか。そしてそれに対する「気づき」を得ることのほうが重要なのではないかと思うようになった。私自身はこのような思考の哲学を使って、いつも物事を考えるようにしている。考えることは、なかなか辛い作業である。そうまでして、「考える」という作業を続けることは、ある種の「意思」であることがわかる。情報の流れに逆らい、自分の頭を使って前提や常識に立ち向かう意思こそが、今の時代に求められるリテラシーだ。考える意思と努力こそが、日々凝り固まり続ける固定観念への最後の抵抗力となり、世界を自由にする翼なのだ。
・21世紀は個人がお金の代わりになるような信用を創る時代である。これは信用主義経済と言える。信用主義経済へ向けた動きはすでに起きている。家を借りるために不動産屋に行き、車を手に入れるためにカーディーラーに行き、家具を買うために家具屋に行くのは今世紀の生き方ではない。家も車も家具も、近くの私的ネットワークで手に入れることができる。日本全土の空室率は25%に達し、乗用車は6000万台あり、この数字は10年前と変わっていない。つまりモノは世の中にあり余っているということだ。80万円のベッドも100万円の新古車も、知識を持ち、丁寧で誠実であれば、個人間取引アプリのメルカリで10万円も払えば手に入れることができるのだ。ちなみに私は2018年6月まで東京と長野の軽井沢で2拠点生活を送っていたが、軽井沢の家は、知人から破格の値段で借り受けて住まわせてもらっていた。
・わざわざ店舗まで行き、お金を払ってモノやサービスを手に入れる必要が日に日に薄れている。あえて実店舗で買う必要があるのは生活必需品だけ。欠かせないものは交通機関くらいで、中央銀行通貨を介さずに互いに価値を交換する度合いが急激に高まっているのだ。これらの変化を知らない人ほどお金に執着するが、それは旧時代のパラダイムである。クラウドファンディングやVALUなど信用を現金化するツールがこれだけ浸透して手軽に使えるようになると、お金を貯めるのではなく、信用を貯める方が有効であることは自明だろう。
・かつて信用は一つの村や島でしか流通できなかったが、今では世界のどこでも流通しうる。この変化にもっと多くの人は気づくべきだ。21世紀に行うべきことは一時的な評価や一攫千金を得ることではなく、ネットワークを広げ、その網の中に信用を編み込んでいくことに尽きる。
・SNSは個人の信用を格付けするインフラになると書いたが、まさにその通りになった。フォロワー数とつながりの密度は偏差値として換算され、個人の時価総額や時間単価の計算に使われている。厳密に言えば信用とお金の中間には「フォロワー」という存在もある。Youtuberをはじめとするいわゆるフォロワー経済がまさにそうだが、たとえば「フォロワー数が5000人以上いないとこのイベントには参加できません」といったことが、今後は様々な場面で見られるようになるだろう。言ってみれば「皆が上場している時代」である。
・繰り返すが、信用主義社会において大事なことは、現実のお金を持っていることではなく、価値と信用を創造する力だ。
・そもそもお金は稼ぐのは才覚と運だが、使うのに必要なのは品格である。世界の長寿番付に必ず登場するビル・ゲイツ氏はポリオの撲滅にコミットしているし、マーク・ザッカーバーグ氏は資産の99%を社会貢献に回している。ジェフ・ベゾス氏やイーロン・マスク氏は宇宙開発にお金を投じている。このようにお金の使い方に品格があるからこそ、彼らは信用されるのである。
・私は2010年に自分の会社を諸事情で手放した。会社を売却したので現金は残ったが、それ以外は何もかも失い、大きな喪失感の中にいた。そのときから私は徹底的に利己心をなくし、色々な案件が飛び込んできても基本的にお金を請求しないという生活を3年くらい続けた。事業の相談に乗ってほしいと言われれば手弁当で向かうし、若い起業家に出資してほしいと言われれば破格の条件でお金を出した。出資先は宇宙開発事業、有機食品、海外ビジネスインターンシップ、アニメ制作、劇団、ロボット事業など様々だ。結果的に私は無償で奉仕することで現金というマネーをいったん「価値」に交換して、その「価値」を積み重ねて「信用残高」を増やしていった。求めないと、人は信用される。結果として軽井沢で家を安く借りることも旅先で有用なネットワークを紹介してもらうことも日常品を譲ってもらうこともできた。私はこれを「信用ロンダリング」と言っているが、信用主義経済への過渡期においては重要なことだと思う。信用をお金に変えることは簡単にできても、お金を信用に変えるのは手間がかかるからである。
・他者への貢献(価値創造)の蓄積が信用となるのだ。その信用をもってお金を引き出すことが可能となる。では価値(貢献)はどういう形で評価できるのか。それにも方程式がある。
価値=(専門性+正確性+親和性)/利己心
である。「専門性」わかりやすいだろう。私の場合、企業分析やファイナンスといった職務上の強みがある。「正確性」というのは生産管理で言うQCDに置き換えられる。つまり品質・約束・期日を守ること。いくら専門性が高くても、遅刻や当日キャンセルの常習犯だったらマイナスの価値にもなってしまうだろう。信用主義経済においては誠実さで食べていくことができる。「親和性」というのは、人間的な魅力、愛嬌、相性、謙虚さなどのこと。仕事も出来て真面目なのに、人間的に嫌われてしまっては価値が発揮できない。特にコミュニティが多層化し、ネットワーク型社会になっていくこれからの時代は、柔軟さが求められる。最後の「利己心」とは、自分の利益を考えれば考えるほど価値が下がり、逆に相手のことを考えれば考えるほど価値が上がるという意味だ。ここも非常に重要なポイントで、分母の利己心を限りなく小さくすれば、分子の専門性や正確性、親和性が小さくても価値は生み出せるということだ。
・ボランティアは信用主義経済や贈与経済を成り立たせる基本要素でもあるので、これからきたるべき経済を体験する良い予行演習にもなるだろう。理想を言えば、誰でもできる簡単なボランティアだけではなく、自分の専門分野や得意分野を活かしたもののほうがいい。いわゆるプロボノだ。英語ができる人は、仕事が終わったら近所の塾で無償で教えるとか、プログラマーなら無料のプログラミング教室を開くとか、タテ社会の枠組みなら金銭が発生しそうなことをあえて無償で提供してみてはどうだろう。もしくはこうしたプロボノ活動を促進させるNPOを運営するのでもいい。仮に自分の活動の5%をプロボノに割り当てることを義務化すれば、税金を徴収しなくても社会のかゆいところに手が届く社会が実現するのではないかと思う。
・21世紀、人が一番お金をかけるのは、プラスのピアエフェクト(好影響)を与えてくれる人材を側に置くことだ。おそらくあと10年以内で人々が一番お金を払う対象は「臨在(仏教用語で優れた人のそばにいることを指す)」になる。高級車でも別荘でもファーストクラスでもない。学校・会社・趣味・家族・シェアメイトを問わず、共に過ごす人の選択と継続に人はコストの大半をかけるようになるだろう。関係こそが健康と幸福のすべてだと気づくからだ。孤独は4.7兆円の損失、健康に最も不衛生と実証済みである。今はタダの人間関係は将来、最大の投資先となるということだ。これがわかっているならば、今のうちに最高の人とつながりを作っておくことだ。
・ソサエティ(社会)からコミュニティ(共同体)へシフトする中で、私たちの働き方や仕事はどのように変化するのだろうか。仕事の変化をひと言で言えば、それは労働から貢献へのシフトということになろう。それは何か時間を使って作業をすることではない。コミュニティに対して貢献することが仕事となる。作業だけではなく、その人が「存在」していること自体が仕事となる場合もある。したがってまずは、一緒にいて気持ちの良い人になる必要がある。会社組織に所属する場合でも、最も重視されるのは学歴やスキルではなく、「一緒に働きたいか?」という一点に集約される。
・一緒にいて気持ちの良い人とは、一般的にはコミュニケーション能力の高さを意味するが、コミュニケーション力とは、言ってみれば「人との距離感のマネジメント」にほかならない。嫌いな上司、尊敬する先輩、未熟な後輩、友人、親戚、あらゆる人それぞれに応じた適切な距離を10段階くらいで設定でき、それぞれに応じた接し方、言葉の使い方、語彙を増やしていくことである。相手を単にブロックするのか、仲良くなるのかといった白か黒かの選択ではない。相手との関係にグラデーション(濃淡)をつけることである。
・次に仕事の現場においては誰もが感情労働者たるべきだということだ。これは人の心の機微を敏感に知覚して、しかるべき対応をする意識を働かせるということである。
・どんな仕事を選ぼうと、マスターやメンターを持つことは必要だ。なぜならコミュニケーション作法や所作、考える枠組み、倫理基準などの仕事のスキルは「身体知」であり、言語化できるものではないからである(つまりビジネス書を乱読しても本質を身につけることは難しいということ)。身体知を身につけるためには仕事のロールモデル(師匠)を見つけて、じっくり観察してモデリングすることが成長への最短距離である。マスターとは職業軸のつながりのことで、メンターとはプライベートな軸のつながりのこと。前者はティーチングやコーチングをしてくれる「師匠」、後者は焼肉を奢ってくれながらメンタリングをしてくれるような「先輩」のことで、プライベートな軸のつながりを指す。マスターとメンターなキャリアはまずないだろう。地方の工場で働いていようとニューヨークのゴールドマン・サックスで働いていようとそれは変わらない。
・マスター、メンターの話に通じることとして、私は職業訓練における最大の美徳は「素直さ」だと思っている。素直ということは脳のハードディスクドライブに空きがあり、幼児の体のように思考も柔軟だということだ。実際、私の会社ではできるだけ社会人経験のない人を採用するようにしている。それは経験がないほうが仕事の「型」を教え込みやすいからである。経験のない人はそれを自分の弱みだと考えがちだが、実はそれはアピールポイントなのである。素直さは生まれ持った特性ではなく、訓練で身につけられる。
・物事を俯瞰で見る。物事をゼロイチではなくグラデーションで見る。自らの人生で否定してきたものをあえて肯定してみる。嫌いな人、苦手な領域、避けてきた勉強を肯定してみる。このような訓練を1ヶ月くらい続けると、一点に吸着していた自分の思考のパターン、すなわち偏見や固定観念を一つひとつ解きほぐすことができる。
・今の若者はどこに活路を見出せばいいのか?方策は2つある。「地方」と「海外」である。
・10代~20代は「修行期」と捉え、マスターやメンターの側で仕事の技を盗んだり、留学やインターンで海外を経験したり、大学院などでビジネスを学ぶ。特に20代は信用をどんどん作っていかなければならない。その信用を使うのは30代~40代以降。お金と同じで浪費をせず、コツコツ貯めることが大事である。信用をスピーディに貯めるためには、求められた仕事に対して必ず相手の期待値に20%上乗せしていくことが重要だ。逆に言えば、自分の思考と知識の限界から8割のレベルで十分な成果を挙げられる仕事を選ぶことが上司やクライアントへの誠意だと思う。研鑽は自分のお金で積むべきである。そうやって信用残高を増やしていくことで見えてくるモノがあるはずだ。逆に修行期間である20代にお金や地位や名誉を求めるとうまくいかない。30代,40代は「孤軍奮闘期」と捉え、起業を経験したりしながらリーダーシップとマネジメントを学ぶ。30歳前後になれば自然と新しいミッションが芽生え、一念発起する人が出てくるはずだ。但し業界をまたいで大きな挑戦をしていきたいなら40歳くらいでようやくちゃんとした価値が出せるようになる。(逆に40代にしっかり価値を作れないと50代以降で後はない)そして50代、60代は一国一城の主と也、会社を率いながら人を守る。このように武道で言う「守破離」の順番に沿って人生のうち3回は非連続的にキャリアを変えて、出世魚のように生きていくのがベストだと思う。
・プロフェッショナル人材とは、新たな商品・サービスの開発等の取り組みを通じて、企業の成長戦略を具現化していく人材のこと。オペレーション人材とは、あらかじめ定められた定型の仕事を行う人材を指す。有期雇用の派遣社員や契約社員、アルバイトなどが該当する。現状ではおそらく生産人口の80%をオペレーション人材が占めるが、2045年くらいになればその割合は60%くらいまで減り、プロフェッショナル人材が増えるのが理想的な配分だと予想している。
・ヨーロッパやアメリカでは新卒チケットというものがないので、大学を出てから世界を旅したり、NPOなどで社会経験や実績を積んで25~28歳くらいで就職したりするパターンが一般的だ。一方の日本では、一括採用文化の影響で自分の天才性に気づいていないのに就職してしまい、イメージとのギャップやモチベーションの維持に苦しむ人が絶えない。ただこうした画一的な就職間はだいぶ変わりつつある。私の会社で働くインターンを見ても、大学を休学して海外や企業で経験を積んだり、大学院に行ったりしながら20代後半でようやくどこかに腰を据えるというケースが目立つようになっている。