毎年恒例灰野さんの59歳のバースデイ・ライヴ。今年は例年より早い16:30開場/17:00開演。長く演奏したいのと翌日が名古屋公演なので早くした、と灰野さん。
開場の1時間前に行ったら1番最初だった。階段に座り込んでJOJO広重さんの「みさちゃんのこと」を再読しながら待つ。中からはサウンド・チェックの音が漏れてくる。三味線やパーカッションの音。本に没頭していたらいつの間にか階段には長い列が出来ていた。このブログの読者の方に声をかけられた。彼は浦和から観に来たという。遠くからお疲れさまです。ほぼ予定通りに開場、一番前のテーブル席に座る。
ステージにはマーシャル3台とベース・アンプ、ドラムス、エアシンセやドラムマシーンを乗せたテーブルがセッティングしてある。雨にも関わらずお客さんは立ち見も出て満員。あとで聞いたら丁度100人の動員だったとのこと。
哀しげなヴァイオリンのBGMとお香の煙の中開演を待つ。40分押しで灰野さんがステージに登場。最初はドラムを叩く。「バシッ」という気合いの込められた打撃音に意識が覚醒する。ドラム・スティックではなく木槌を使用。そしてヴォーカル。♩決してあり得ない悲しみが起き続けている/こわい/こわい♩。3・11後の日本を生き抜く我々に対する慈愛の言葉が紡ぎ出される。今回のライヴを通じて灰野さんは歌詞を書いた紙の束をめくりながら歌っていたがテーマは一貫して慈みの祈りのようだった。ヴォイス・パフォーマンスでは幾重にも重ねられたファルセット・ヴォイスが美しい。スティール・ギター、SGによる轟音ノイズ、タンブーラ、三味線、フルート、発振器、ドラム・マシーン、エアシンセ、ハーディーガーディー、そしてまた爆音ギターと様々な楽器を使い分けながら灰野ワールドを展開して行く。筋書きのないドラマ。最近お酒を飲むと眠くなってしまうので今回はしらふで臨んだのだが、灰野マジックに魅惑されて時間の感覚を失った自分に気づきハッとすること度々。エンディングの「始まりに還りたい(Born To Be Wild)」~アンコールの「おまえ」(♩死んでしまったおまえ♩というオリジナルの歌詞が♩生き残った僕たち♩と変えられていてこれも象徴的)まで、ノンストップの4時間半。灰野さんの思うままに魂を弄ばれた至福の時間だった。
終演後楽屋へ挨拶に行くと、灰野さんのピナコテカからのデビュー・アルバム「わたしだけ」のジャケット撮影をしたカメラマンの佐藤ジンさんがいらっしゃっていた。灰野さんとはツーカーの仲で1980年当時の撮影秘話や様々な想い出話を披露してくれた。
ロックの写真-佐藤ジン
その後ケーキを囲んで誕生会を兼ねた打ち上げ。スタッフやShow Boatの差し入れのケーキを美味しそうに頬張る灰野さん。結局撤収したのは真夜中過ぎ。お疲れさまでした。名古屋も楽しんで来てくださいね。
灰野さん
来年遂に
還暦だ
灰野さんと阿部薫さんが同じ誕生日だとは驚いた。
開場の1時間前に行ったら1番最初だった。階段に座り込んでJOJO広重さんの「みさちゃんのこと」を再読しながら待つ。中からはサウンド・チェックの音が漏れてくる。三味線やパーカッションの音。本に没頭していたらいつの間にか階段には長い列が出来ていた。このブログの読者の方に声をかけられた。彼は浦和から観に来たという。遠くからお疲れさまです。ほぼ予定通りに開場、一番前のテーブル席に座る。
ステージにはマーシャル3台とベース・アンプ、ドラムス、エアシンセやドラムマシーンを乗せたテーブルがセッティングしてある。雨にも関わらずお客さんは立ち見も出て満員。あとで聞いたら丁度100人の動員だったとのこと。
哀しげなヴァイオリンのBGMとお香の煙の中開演を待つ。40分押しで灰野さんがステージに登場。最初はドラムを叩く。「バシッ」という気合いの込められた打撃音に意識が覚醒する。ドラム・スティックではなく木槌を使用。そしてヴォーカル。♩決してあり得ない悲しみが起き続けている/こわい/こわい♩。3・11後の日本を生き抜く我々に対する慈愛の言葉が紡ぎ出される。今回のライヴを通じて灰野さんは歌詞を書いた紙の束をめくりながら歌っていたがテーマは一貫して慈みの祈りのようだった。ヴォイス・パフォーマンスでは幾重にも重ねられたファルセット・ヴォイスが美しい。スティール・ギター、SGによる轟音ノイズ、タンブーラ、三味線、フルート、発振器、ドラム・マシーン、エアシンセ、ハーディーガーディー、そしてまた爆音ギターと様々な楽器を使い分けながら灰野ワールドを展開して行く。筋書きのないドラマ。最近お酒を飲むと眠くなってしまうので今回はしらふで臨んだのだが、灰野マジックに魅惑されて時間の感覚を失った自分に気づきハッとすること度々。エンディングの「始まりに還りたい(Born To Be Wild)」~アンコールの「おまえ」(♩死んでしまったおまえ♩というオリジナルの歌詞が♩生き残った僕たち♩と変えられていてこれも象徴的)まで、ノンストップの4時間半。灰野さんの思うままに魂を弄ばれた至福の時間だった。
終演後楽屋へ挨拶に行くと、灰野さんのピナコテカからのデビュー・アルバム「わたしだけ」のジャケット撮影をしたカメラマンの佐藤ジンさんがいらっしゃっていた。灰野さんとはツーカーの仲で1980年当時の撮影秘話や様々な想い出話を披露してくれた。
ロックの写真-佐藤ジン
その後ケーキを囲んで誕生会を兼ねた打ち上げ。スタッフやShow Boatの差し入れのケーキを美味しそうに頬張る灰野さん。結局撤収したのは真夜中過ぎ。お疲れさまでした。名古屋も楽しんで来てくださいね。
灰野さん
来年遂に
還暦だ
灰野さんと阿部薫さんが同じ誕生日だとは驚いた。