「五節句ライブ vol.3~端午の節句~」と題した元グンジョーガクレヨンの園田游さんの舞踏ソロ。南阿豆嬢が企画・演出・照明・音響を担当。いわば"南阿豆プロデュースによる園田游"。
園田さんのダンスは暗黒舞踏の流れを汲むものだが、あそこまでドロドロした情念的なものではなく、カラッと乾いた開放感とどこか懐かしい叙情を備えており、極限まで無駄を削ぎ落とした肉体とともに、観る者の心に得も言えぬ感慨を沸き立てる。駒落しのスローモーションのようにゆっくりとした動きと時々呟くうめき声がユニークな異形の踊りは観ていて飽きることがない。
最近グンジョーガクレヨンの3枚のアルバムを聴き直しているのだが、1980年のPASSレコードからのデビュー・アルバムこそ8ビートを基本としたロック的作品であったが、1986年DIWレコードからの2nd、1994年日本カセット・テープ・レコーヂングからの3rdは完全フリーの混沌としたインプロヴィゼーションであり、その中でも非ミュージシャンである園田氏のヴォイスがジャンル分け不可能な音塊の集合体であるこのバンドの世界を象徴していたことが、この日のダンスを観て実感できた。グンジョーガクレヨンといえばギターの組原正氏ばかりが高く評価されているが、園田氏やリズム隊の二人の異形のプレイがあるからこそ日本の他のバンド/アーティストとは比較できない唯一無比の存在になり得たのである。
この予測不可能な園田氏を演出することは難しかったのではないだろうか。どこまでが演出でどこからが即興なのか判断が難しい。踊り終わった園田さんから端午の節句にちなんで笹団子をもらった。
園田さんが灰野さんに連絡を取りたがっていた。国立で共演した時の映像の件らしい。
踊りから
受け取るパワー
膨大だ
グンジョーガクレヨンの1980年代のライヴ映像を秘蔵してる人はいないだろうか。

園田さんのダンスは暗黒舞踏の流れを汲むものだが、あそこまでドロドロした情念的なものではなく、カラッと乾いた開放感とどこか懐かしい叙情を備えており、極限まで無駄を削ぎ落とした肉体とともに、観る者の心に得も言えぬ感慨を沸き立てる。駒落しのスローモーションのようにゆっくりとした動きと時々呟くうめき声がユニークな異形の踊りは観ていて飽きることがない。
最近グンジョーガクレヨンの3枚のアルバムを聴き直しているのだが、1980年のPASSレコードからのデビュー・アルバムこそ8ビートを基本としたロック的作品であったが、1986年DIWレコードからの2nd、1994年日本カセット・テープ・レコーヂングからの3rdは完全フリーの混沌としたインプロヴィゼーションであり、その中でも非ミュージシャンである園田氏のヴォイスがジャンル分け不可能な音塊の集合体であるこのバンドの世界を象徴していたことが、この日のダンスを観て実感できた。グンジョーガクレヨンといえばギターの組原正氏ばかりが高く評価されているが、園田氏やリズム隊の二人の異形のプレイがあるからこそ日本の他のバンド/アーティストとは比較できない唯一無比の存在になり得たのである。
この予測不可能な園田氏を演出することは難しかったのではないだろうか。どこまでが演出でどこからが即興なのか判断が難しい。踊り終わった園田さんから端午の節句にちなんで笹団子をもらった。
園田さんが灰野さんに連絡を取りたがっていた。国立で共演した時の映像の件らしい。
踊りから
受け取るパワー
膨大だ
グンジョーガクレヨンの1980年代のライヴ映像を秘蔵してる人はいないだろうか。
