連休にレコード棚を整理していて古いLPを発掘し掃除そっちのけで懐かしさに浸ってしまった。黴臭いジャケットから盤を取り出しプレイヤーに乗せると回転に合わせて走馬灯のように記憶が蘇る。久々に聴くアナログの音の良さに感動。パンク/ニューウェイヴや自主制作盤やユーロプログレもいいが溝の中に埋もれたメモリーのリロード著しいのはフリージャズである。デレク・ベイリーやエヴァン・パーカー等70年代フリーミュージックやさらに遡るフリージャズのオリジネーターの作品の聴取体験にはデジタルよりもアナログの方が格段に相応しい。
そもそもジャズに興味を持ったのはいつだったか。中学に入った頃ラジカセ・ブームが起こり多分に漏れず買ったアイワのラジカセで手当たり次第ラジオ番組をエアチェックした。初めて洋楽ポップスを聴きのめり込むと同時に自分でも演奏したくなった。その頃はロックとジャズの区別がつかなかった。夕食時にラジオから英語の曲が流れると母親から「うるさいジャズなんか消しなさい」と注意されたものである。音楽本を探しに行った書店でタイトルだけで購入したのが「ジャズ・カントリー」という本だった。ナット・ヘントフという音楽評論家が書いた小説でジャズ・ミュージシャンを志す少年が様々な経験を経て憧れのジャズマンと共演を果たすという青春小説で人種差別問題やジャズの基礎知識が盛り込まれた秀逸な作品だった。読み進むにつれジャズとは何か?ということを徐々に理解しジャズに憧れを抱いた。しかし直後にパンクに衝撃を受け観念的なジャズよりもワイルドでラウドなロックに興味が向いた。
パンクの洗礼を受け高校に入った頃はポストパンク時代でスロッビング・グリッスル、レジデンツ、ポップ・グループなどオルタナティヴロックに夢中になった。特にポップ・グループのファンキーな実験性には感化された。彼らのサウンドでヴォーカルの次に惹かれたのは過激な音色で咆哮するサックスだった。ブラバンでバリトン・サックス担当だったので練習時間に真似てピーピーやってみたが他の部員の邪魔になり敢えなく断念。ポップ・グループごっこは辞めてまともなジャズをやろうと購入したのがバリサク繋がりのジェリー・マリガンのレコードだった。クールなウェストコーストジャズをコピーして吹いていると現代音楽好きな先輩が目を丸くしていた。もっとジャズを知りたいと参考にしたのが植草甚一のエッセイだった。植草が取り上げたのはセシル・テイラー、オーネット・コールマン、アルバート・アイラー、ドン・チェリーといった前衛ジャズ。フランク・ザッパやキャプテン・ビーフハート等の変態ロックを絡めた文章も多く心奪われた。早速購入したのがアルバート・アイラーの「スピリッツ・リジョイス」。黒人聖歌のブルージーな旋律が突如崩壊して狂おしいフリークアウトが続く世界は現在に至るまで心の中心を占める「混沌の美」への希求の原点と言える。
大学でジャズ研に入るがオーネット・コールマンが好きと言って嘲笑されチャーリー・パーカーしか認めない頑迷さに業を煮やして離脱。荻窪グッドマンの即興道場に通った。70年代フリージャズ界の有力ビッグ・バンド、ニュー・ジャズ・シンジケートのメンバーだった鎌田雄一が経営するグッドマンは当時都内のフリージャズのメッカで名だたるジャズメンから吉祥寺マイナー周辺のいかがわしい自称アーティストまで地下音楽住民が集っていた。即興道場は楽器を持って来れば誰でも参加できるセッションだった。鎌田がセッションの組み合わせを決めたが毎回アルトサックスが多かったのでアルト複数対決もざらだった。井上敬三がゲスト参加したこともあった。JOJO広重が非常階段結成前にフリージャズと対バンしジャズ奏者から散々バカにされたという有名なエピソードがあるが、荻窪グッドマンがジャズの基本のキも知らない未熟以前の者を受け入れたのが何故なのか今思えば不思議である。OTHER ROOMのパートナーの高島暁やギター・インプロヴァイザー岸野一之=K.K.Nullと出会ったのも即興道場だった。それ以来真っ当なジャズを経験しないままフリジャもどきを数年続けた。現在も「普通の」ジャズの音源は所有していない。
当時のアイドルはアルバート・アイラー、オーネット・コールマン、マーシャル・アレン、エヴァン・パーカー、ペーター・ブロッツマン、阿部薫だった。現在改めて聴くと70年代以降のフリーミュージック=「即興音楽の極北」よりも従来のジャズの型を継承しつつそれを破壊/革命すべく闘ったオリジネーターたちに音楽の本質があるように思えてならない。1960年代の音楽戦士たるフリジャの基本のキをご紹介。
●オーネット・コールマン
すべてはオーネットから始まった。1959年の話題作「ジャズ来るべきもの」収録の「ロンリー・ウーマン」は今やスタンダード・ナンバー。70年代ハーモロディック理論を打ち立てさらに革新的な世界を追求。今年1月来日予定だったが直前に中止。
Jazz Classics: Ornette Coleman - Lonely Woman
●セシル・テイラー
オーネットに先駆けフリージャズを展開したセシルも昨年秋の来日公演が中止になった。山下洋輔にも影響を与えたバトル演奏のパワーはまさにジャズ新時代の征服者(Conquistador)。
●アルバート・アイラー
サックスと駆ける男のシルエットが闘うジャズの象徴。野太い咆哮が新時代の幕開けを告げる世紀の名作「スピリチュアル・ユニティー(精霊同盟)」はフリージャズの別名スピリチュアル・ジャズの語源となった。31歳で謎の死を遂げた不遇の天才。
●ドン・チェリー
オーネットとの共闘から独自のエスノ思想へ進化したドランペットを持った音楽探検家。アミニズムに根ざした土着性豊かなサウンドは深い人類愛に彩られている。
●ファラオ・サンダース
ジョン・コルトレーンとの共演をバネに神秘主義的世界を追求。ゴスペル、ファンク、アフロビート等黒人音楽の要素をフリージャズに取り入れたスタイルはクラブDJからも評価が高い。アルバート・アイラーは三位一体になぞらえて「トレーンが父、ファラオが子、私が聖霊」と述べた。
●サン・ラー
木星から降臨した太陽神。アーケストラを率いバンド内異種格闘技戦を展開。宇宙思想を電子音に乗せて唱和するステージはサイケデリックなパラレルワールド。音楽ばかりか存在自体が無限のスケールを持つ異形人。
Sun Ra Arkestra - Face the Music / Space is the Place
自由ジャズ
自由ロック
自由ポップ
特に小編成のコンボはアナログで聴くと音の分離と抜けがよく溜まらない魅力がある。当分インドア・ジャズ喫茶状態が続く。