A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

音楽革命戦士の半生~ジム・オルーク「ジムO 六デイズ」@六本木SuperDeluxe

2013年06月19日 00時40分27秒 | 素晴らしき変態音楽


ジム・オルーク
ジム0 六デイズ

SuperDeluxeが満を持してお届けする音楽の申し子「Jim O'Rourke」による珠玉の6日間ぶちぬき企画「ジムO 六デイズ」!
80年代に制作した楽曲の20年ぶりの再演にはじまり、大傑作アルバム「バッド・タイミング」と「ハッピー・デイズ」の混合バージョンの再演、世界初演となる新プロジェクト、新曲の披露まで天才の表現力を余すところなく堪能できる貴重過ぎるプログラムが並ぶこととなり、もういやが応にも期待は高まります!地球上、この6日間、東京でしか体験出来ない狂気のプログラムをどうぞお見逃し無く!



ジム・オルークに初めて会ったのは2002年3月、サーストン・ムーア、マッツ・グスタフソンとのトリオ、ディスカホリックス・アノニマス・トリオでの来日時だった。当時ジムはロック雑誌等で高く評価され注目されていたが、個人的にはノイズ・バンド、オルガナムのアルバムへ参加したことで気になる存在だった。シカゴ音響派/ポストロック出身のジムは90年代前半はK.K.Null、ヘンリー・カイザー、エディ.プレヴォスト等、実験音楽・ノイズ系のアーティストと共演していた。しかし90年代後半には友沢ミミヨのイラストが印象的なアルバム「ユリイカ」を初めとするポップ寄りの作品で人気になり興味が離れていた。しかし2001年に登場した豪腕先鋭ロックとジャズ・ミュージシャン二人と組んだディスカホリックスは、愛想の欠片もない即興ノイズにあふれたサウンドに溜飲が下がる思いがした。熱狂的なアナログ中毒の三人がレア盤探しをする為に結成したユニットで、世界中のレコード店の多い街を選んでツアーするとのこと。当時はまだ東京には多くのアナログレコード店があり、世界中のマニアの憧れだった。インターネットも普及しておらず、貴重盤・掘り出し物を探すためにはレコード箱を掘るしか方法がなかった。ディスカホリックスがワールドツアーの最初の目的地に選んだのは日本だった。当初2001年秋に来日する予定が同時多発テロの影響で延期。その時サポートに不失者が予定されていた。半年後に再アレンジされたが、スケジュールに不失者の名前はなく気落ちした覚えがある。



青山CAYで観たトリオの演奏はCD以上にドローン色が強く、欧米でドローン人気が高いことを改めて実感した。終演後バーにいたメンバーと話をした。電子雑音の故・田野幸治が一緒にいた。ノイズやフリージャズやレコード屋のことを話した。彼らの方が東京のレコ屋に詳しかった。デレク・ベイリーの1st LPを発見したらトリオは解散する予定とのこと。サーストンに頼まれて「幻野」2LPの曲目を英訳した。ディスカホリックスの私家版12インチを持参していて、友人やファンが持ってきたレコードとトレードしていた。アナログへのこだわりが共通していてとても楽しかった。



数年経ってジムからメールが来た。「キミはノイズが好きだったよね、コレクションを整理中だけど欲しいレコードはあるかい?」というメッセージと一緒にレコードリストが載っていた。てっきり売却するのかと思い値段を尋ねたら、売り物ではなくトレード用だとの返事。整理といっても別のレコードと交換じゃ意味がないのでは?と思いつつ欲しいレコードを伝えたら、WANTリストが届いた。現代音楽とフリージャズばかりで、流石に名うてのコレクターだけあり、日本でも超プレミア付きのレア盤中心だった。高柳昌行関係で何枚か手持ちのものがあったのでトレード成立。MB(マウリッツォ・ビアンキ)やBroken Flag、United Diaries関係のレコードを入手した。



さらに数年後、ジムが日本に移住。映画の勉強をしにきたらしいと聞いた。2007年秋に灰野敬二とのデュオ・ライヴで再会。日本語が上手くなっていて驚いた。以来灰野関係のセッション、中原昌也とのSucidal 10cc、坂田明や大友良英との共演、石橋英子のプロジェクトなど様々な現場でジムと会うようになり、顔を見れば挨拶する関係になったがじっくり話したことはない。幅広い演奏活動をしている割に「本当はどんな人?」という疑問符が消えない存在。以前サインにを「音楽革命」と書いていたが、今でも闘っているのだろうか?



そんなジムの集大成イベントが開催中。80年代:カセットテープ時代/大学時代の作曲/Happy Bad Timing Days/ビッグバンドとテープ/未来に向けて:その一/未来に向けて:その二、と題して6日間に亘り半生を辿るシリーズ・ライヴである。知られざる初期の作品も興味深いが、今後の活動を占うラスト二日間が気になる。残念ながら他の予定と被っており、観に行けるかどうか判らない。10年前、目のキラキラした美青年だったのが、頬髭の似合う渋い中年になったジムと、いつかじっくりレコード話でもしてみたいものだ。







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ジムさんは
日本人より
日本的

映画への思いは2008年に若松孝二監督「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」の音楽を担当することで叶ったのだろうか?








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