数年前から頭の片隅に棲みついている音楽論の命題が『リズムの時代』。ロック/ジャズ/ノイズ/アイドル/即興など様々なライヴ現場に日参するうちに、リズムの変革が音楽全体の刷新・改革に大きな役割を果たしていることを実感した。具体的に言えば「でんぱ組.inc」の高速電波ビート、「BiS階段」「初音階段」のリズムとノイズの融合、「デリック・ホッジ」「ロバート・クラスパー」「フライング・ロータス」の不整脈パルス、「BO NINGEN」「GEZAN」「八十八ヶ所巡礼」に於けるドラマー(それぞれMonchan, シャーク・安江,賢三)の特異性などである。簡単に言えば現代音楽革命の担い手はリズム楽器の親玉=ドラマーなのではないか、ということだ。
しかしながらこの命題を追求するには筆者のドラム愛が足りないのも事実。自分が出来ないが故にドラマーへのリスペクトは高いが、かといって特別好きなドラマーがいるわけでもなく、またスタイルによって多種多様なプレイを使い分けるドラマーは、他の楽器に比べて無節操なまでの変わり身の術を体得しているに違いない。という訳で、体系付けて分析することは能わぬが、その代わりに不定期に注目すべきドラム演奏家の紹介をさせていただくこととする。
第1回はジャズ・ドラマーのジャック・ディジョネット(Jack DeJohnette , 1942年8月9日-)。シカゴに生まれ60年代にロスコー・ミッチェルのAACMに参加、その後チャールズ・ロイド、ビル・エバンス、マイルス・デイヴィス、ジョン・アバークロンビー、キース・ジャレット、チック・コリア、マイケル・ブレッカー、パット・メセニーとジャズ界の人気者と共演してきた実力派である。注目すべきは、多岐にわたる活動の中で、一度たりともフュージョンやスムースジャズのコマーシャリズムに迎合することなく、ジャズの本道を貫いてきたこと。つまり姿勢としてのハードコアを体現しているミュージシャンなのである。
リーダー/コラボ/サイドメンと幅広いディジョネット・ワークスで特に好きなのは、スペシャル・エディションと銘打ったプロジェクトである。70年代半ばからジョこのグループ、(ニュー)ディレクションを率いてリーダー作をリリースしてきた彼が、Direction(方位・方角と指揮・監督の意)ではなく、Edition(版・編集、「同じ種類のものだが、他と少し違うもの」)編成で発表した作品は、文字通りSpecial(特別)な世界を描いている。とりわけ80年代前半の4作がお勧め。
『Special Edition』(80):デヴィッド・マレイ(ts)、アーサー・ブライス(as)、ピーター・ウォレン(b)
『Tin Can Alley』(81):チコ・フリーマン(ts,ss,fl)、ジョン・パーセル(bs,as)、ピーター・ウォレン(b)
『Inflation Blues』(83):チコ・フリーマン(ts,ss,bc)、ジョン・パーセル(bs,as,fl)、ルーファス・リード(b)、バイキーダ・キャロル(tp)
『Album Album』(84):ハワード・ジョンソン(tb)、デヴィッド・マレイ(ts)、ジョン・パーセル(as,ss)、ルーファス・リード(b)
『Special Edition』上記4作を収録した4枚組CD BOX
デビュー作は、筆者悩殺アルト吹きのひとりブラック・アーサー・ブライスに、テナーでロフトジャズ時代の同胞デヴィッド・マレイというゴールデン屋根裏コンビの参加作。ディジョネットはロフトシーンに身を置いたことは殆ど無かったが、78年にブラック・アーサーのメジャー・デビュー作『レノックス・アベニュー・ブレイクダウン』に参加したことが、陽当たりのいいサンシャイン・アベニューから裏通りの屋根裏へと導かれる運命に巻き込まれたのだろう。それが悪い訳は無く、フリージャズともロフトジャズともメインストリームともひと味もふた味も違う新構造派スタイルは、月並みだがコンテンポラリージャズと呼ぶのが一番しっくり来る。その後チコ・フリーマンを迎え、所謂ロフトジャズ・サックス三羽烏全員と絆を結ぶこととなる。
暫く間が空いて87年にゲイリー・トーマス(ts)、グレッグ・オズビー(as)、ロニー・プラクシコ(b)といった60年代生まれの若い世代のミュージシャンと共にスペシャル・エディションを復活させる。70年代ロフトジャズから80年代M-BASE派へと代替わりしたが、やはりNYの深層を流れる地下水脈がディジョネットの静脈に繋がっていることを証明した。
93年欧州ツアー以来”特別編”は開催されていない。が、ディジョネットの周りには有能かつ異能な才能が集まる特別なオーラが充満している。
Jack DeJohnette: Made in Chicago (Album EPK)
ディジョネット
心を繋ぐ
屋台骨
J.DeJohnette, C.Corea, P.Metheny, A.Braxton, L.Konitz, M.Vitous & others -full concert - (on Woodstock Jazz Festival - 1981)